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神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

解けた呪いと恋の行方(7)

 保科くんは手早く靴を履くと、店の外にむかってぐんぐんと歩く。私は遅れないように彼の後ろを追いかけた。店を出て、繁華街をしばらく歩き、人気のない路地まで到着したところでようやく保科くんは立ち止まった。

「保科くん、流石にちょっと強引過ぎたんじゃ……」

私がそう言うと、保科くんがジロリと私を睨んだ。

「俺が連れ出さなかったら、先輩はどうしていたんですか」
「どうしていたって」
「店長に口説かれてまんざらでもなかった? あのまま、店長の家にでも行きたかったですか?」

 保科くんは苛立った口調で私を責める。店長は本気で私を口説いていたわけではないだろう。だけど、それに気づかないほど、保科くんは怒ってくれたのだろうか。
 心臓の音が早くなる。こんなの、期待してしまう。

「いくらなんでも、店長の家についていったりしないよ」
「分からないじゃないですか。先輩は俺の家にだって気軽に泊ったんでしょう?」
「気軽に泊ったつもりはないけど」
「非常事態だったからって言いたいんですか? そうだったとしても、他にやりようはあったでしょう。男の家になんて行ったら、襲われても文句なんて言えませんよ」

 保科くんは興味のない人間をこんな風に叱ったりしない。そんなお節介な性格ではないのだ。どうでも良い人が相手なら、その人がどうなろうと放っておくのが保科くんだ。
 だから、こうして私を叱っているのは、保科くんが私を気にかけてくれている証でもある。

「なんで、保科くんが怒るの?」
「え?」
「私がどうなったって、保科くんには関係ないよね」

 口から零れたのは、保科くんの想いを推しはかるような言葉だった。

「関係ない、ですか。ええそうでしょうね。先輩にとったらそうでしょうとも」

 保科くんの気持ちを知りたくて、関係なくないと否定してほしくて零れた言葉は、けれども逆効果だったようだ。保科くんの苛立ったような目が、落胆した色に変わっていく。諦めたように目を伏せて、彼はくるりと私に背を向けた。

「余計なことをしてすみません。そろそろ帰りましょう。駅まで送ります」

 そういって歩き出した保科くんの背を見て、私は自分の言葉を後悔した。この期におよんでまだ、私は保身ばっかり考えている。保科くんの気持ちがどこにあるか探って、保科くんの方からまた好きだと言ってくれないかって期待してる。

 だけど、それじゃあきっと駄目なんだ。

 私が保科くんのことを好きなら、近づきたいなら、保科くんがどう思っているかなんて関係ない。呪いに背中を押された保科くんが、なんども私に伝えてくれたみたいに。ちゃんと、今の私の気持ちを保科くんに伝えないと。

 私はぎゅっと手のひらを握った。どうすればいいか分かっているのに、気持ちを伝えるのはこんなにも怖い。保科くんの背中どんどん遠ざかっていく。私が意を決して待ってと叫ぶと、保科くんは足を止めてゆっくりと振り返った。

「関係ないなんて、思ってない」
「先輩?」
「襲われてもいいって思ったから、保科くんの家に行ったの」
「……え?」

 私の言葉を聞いて、保科くんは目を丸くした。
 私は顔をあげて、正面からまっすぐに保科くんを見つめる。緊張と羞恥で顔に熱が集まってくる。保科くんの反応が怖い。それでも、ちゃんと伝えないと。

「私、保科くんのことが好きなんだよ」

 言えた。言ってしまった。
 緊張で口から心臓が飛び出しそうだ。おそるおそる保科くんの反応をうかがうと、保科くんは茫然と目をみひらいて硬直していた。

「……は? え、ちょっと、待って下さい」

 保科くんは狼狽えた様子で口元を手で覆うと、顔を真っ赤に染める。

「え、なんですかそれ。……本当に?」
「こんな嘘なんてつかないよ」
「いやでも、先輩、俺のことなんて完全に眼中になかったじゃないですか。信じられません」

 想いをすぐに信じてもらえないというのは、こんなにもどかしいものなのか。
 保科くんにした仕打ちが返ってきたようで、私は思わず苦笑した。

「保科くんのこと、好きだよ。ひねくれているようでまっすぐなところも、古美術品を見つけると子供みたいに目が輝くところも、急に大人の男の人みたいな顔をするところも。全部好き」

 普段はすましているくせに、好きな人には急に甘くなって。ちょっとだけ強引で。格好いいのに臆病なところもあって、それでも私にたくさん好きだと伝えてくれた。
 保科くんの色んな面を見せられて、惹かれていった。いまではもう、保科くんのいない生活なんて考えられない。

「ただの先輩なんかじゃ嫌なんだよ。保科くんの特別になりたいって思ってる」

 いつか保科くんに貰った言葉を返すと、保科くんは顔をさらに赤くして狼狽えた。

「っ、先輩。それ、反則ですよ」
「ちなみに、保科くんも私を好きだって言ってくれたんだけど」
「……え?」
「他にも、あんなことやこんなことがあったんだけど。ぜーんぶ忘れちゃったんだよね」
「待って下さい。何があったんですか!?」
「教えない」

 私は口を尖らせて、意地悪く言った。
 保科くんのせいじゃないって分かっていても、全部忘れてしまったこと、本当は少し怒っているのだ。

「教えてほしかったら、保科くんの気持ちも教えてよ」

 私の思い上がりじゃなかったら、多分、そうなんだろうなって思う。保科くんの反応を見ていたら、そうなんじゃないかって期待してしまう。
だけど、ちゃんと聞かせて欲しい。

「俺も、先輩のことが好きです」

 しっかりと私の目をみて告げられた言葉を、私はじっくりと噛みしめる。

呪われていた間は、何度も好きだと言ってくれた。
だけど私はその言葉を、呪いがあったからと素直に受け取ることができなかった。
 今、保科くんの呪いは解けている。だからこれは、何にも干渉されない彼の気持ちだ。

「ずっと前から、先輩のことが気になっていました。けど、先輩は俺のことなんて何とも思ってないだろうって分かっていたから、言うつもりなんて無かったんですけど……」

 保科くんは一度言葉を切ってから、ちらりと腕に嵌めた時計を見た。終電にはまだ早い時間。帰ろうと思えば、いくらでも家に帰ることができる。

「先輩、今から俺の家に来ませんか? もっとゆっくり話がしたい」
「話だけなの?」

 私が挑発するように言うと、保科くんは面食らったように目を丸くした。それから大きく息を吐くと、欲のこもった、ぎらぎらと熱い目でじっと私を見つめる。
 ああ、この目が見たかったのだ。

「もちろん、襲われてもいい覚悟で来てください」

 覚悟というよりも期待をこめて、返事の代わりに私は保科くんの手を掴んだ。





 私たちは電車に乗って保科くんの家へと向かう。どうにも緊張してしまって、道中ほとんど会話は無かった。だけど、手だけはしっかりと繋がれていて、それが何だか心地いい。
 もう見慣れた保科くんの家に入ると、座ってくださいとソファーをすすめられた。何か飲みますか? と保科くんが冷蔵庫を開ける。お言葉に甘えてビールをお願いした。

「先輩が俺の家にいるの、変な感じです」
「そう? 私は結構慣れちゃったけど」

 そういうと、保科くんは少しだけ拗ねたような顔をした。

「記憶が無いのが本当に悔しい。俺、先輩とどんな風に過ごしていたんですか?」
「うーん。なんていうか、結構親密な感じだったよ。保科くん、呪いのせいで私にベタ惚れって感じだったし」
「ベタ惚れですか」
「うん。すぐに好きだとか言ってきて、別人かと思った」

 私が笑うと、保科くんはグラスをテーブルに置き、おもむろに私の腕を掴んだ。

「好きです、先輩」

 低い声のトーンで囁かれて、ひゅっと息を飲む。
まだ呪いが解けていないのかと思うくらいに、前と同じような甘い瞳。

「呪いなんか無くても、俺は先輩が好きですよ」
「……心臓、止まるかと思った」
「少しは俺にドキドキしてくれました?」

 少しどころのはなしではない。呪われてからこっち、保科くんにはドキドキさせられっぱなしだ。

「俺は先輩と、どこまでしたんですか? キスは?」
「キスはしたかな」
「ふぅん」

保科くんは低く唸ると私の頬に手を置いた。ゆっくりと保科くんの顔が近くなって唇が重なる。最初触れるだけだったそれは、段々と深くなっていく。記憶を失っているはずなのにキスのしかたは前と同じで、やっぱり呪われている間も保科くんは保科くんなんだなって変なことを思ってしまった。

「先輩。キス、慣れていますね?」
「え? そんなことないけど」
「そんなことあります。先輩に触れて俺の心臓は壊れそうなくらいなのに。先輩は余裕がある感じじゃないですか」

 そんなことはないのだけれど、保科くんとキスするのは初めてじゃないから、その分の余裕が出てしまったのだろうか。

「私がキスに慣れたとしたら、保科くんのせいだよ」
「……悔しいな。まさか、自分に嫉妬することになると思いませんでした」
「んっ」

 再び唇が重なる。さっきよりももと深く、保科くんが私の奥を蹂躙する。息が苦しいくらい激しいキスは、保科くんが嫉妬してくれているからだろうか。もっとひっつきたくて、私は彼の身体に腕を回した。

「先輩。したの、キスだけじゃないですよね。その先も?」
「……それは」
「あ、やっぱり言わなくて良いです。覚えてないの、めちゃくちゃ悔しくなるんで」

 自分で聞いておいて理不尽な、という文句は保科くんの唇に飲み込まれた。唇を重ねながらぐっと体重をかけられて、私の背中がソファーに埋まる。保科くんが私の上に覆いかぶさる。

「先輩、良いですよね? 襲われる覚悟、して来てくれたんですから」

 欲望のこもった目で見下ろされて、お腹の奥のあたりが切なくなる。もちろん、断る理由なんてない。私はゆっくりと頷いた。



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