神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~
解けた呪いと恋の行方(4)
病室に戻った俺の前に医者がやって来て、色々と説明をしてくれる。俺が倒れた原因は不明で、身体に異常は見つからないらしい。念のために今日一晩入院して、何事もなければ明日には家に帰ってもいいと言われた。急遽入院となって、着替えも何も持っていないが、先輩が俺の家に荷物を取りに向かってくれたらしいので、戻ってきてくるのを待つ。
先輩のことを考えると、さきほど店長と一緒に病院を出て行った姿がよぎって、俺はその映像をうち消すように首を左右にふった。
病室にいると何もすることがない。記憶の手掛かりはないかと俺はスマホを開いた。ディスプレイに表示される日付が俺の記憶している日よりも数日飛んでいる。仕事で使用しているメールの履歴をたどると、店長や門崎という知らない男とのやり取りが残っていた。内容は、呪いに関することがほとんどだ。先輩の言った通り、この数日、俺が呪われていたというのは間違いないらしい。
記憶の糸を探ろうとスマホを調べていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。先輩が戻ってきてくれたのだろうか。
「せんぱ――」
「ごめんね。三枝さんじゃあないんだ」
そう言って、紙袋を片手に病室の中に入ってきたのは店長だった。あてが外れて、俺はほんの少し肩を落とす。どうして店長が? 先輩が来てくれるのではなかったのだろうか。
「店長。すみません。三枝先輩が来てくれるとうかがっていたので、間違えました」
「ううん、良いんだよ。というか、僕でごめんね?」
「何の謝罪か分かりませんが。着替えを持ってきてくださったんですよね? ありがとうございます」
落胆を見抜かれたようで、俺は苦い感情を押し殺した。店長はいい人なのだけれど、何もかもを見透かされた気分になることがある。少し苦手だ。
「本当は三枝さんが行くって言ったんだけどね。彼女、凄く疲れていたみたいだから。家に帰したんだ」
「そうですか。色々あったようですから、良い判断だと思います」
口先でそう返答しながら、俺はなんとも言えないモヤモヤした思いが胸の中に渦巻くのを感じていた。先輩の様子がどこかおかしかったのは、俺だって気づいていた。だから先輩の後を追いかけたんだ。
だけど結局、先輩のフォローをしたのは店長なのだろう。
記憶が無い俺には先輩がどうしてあんな顔をしていたのか、その検討すらつかないのだ。
店長はベッドの傍まで歩いてきて、すぐ隣にあったチェストに紙袋を置いた。それから、はいっと俺に手を差し出した。店長の手の平には、見覚えのある小さな鍵が乗っている。
「これ、俺の家の合鍵?」
「返しておいてくれって、三枝さんから」
渡した覚えのない鍵を首をひねりながら受け取る。どうやって着替えを持ってくるのか疑問に思っていたのだが、どうやら俺はいつの間にか三枝先輩に合鍵を渡していたらしい。いったい、どういうタイミングでどういう意図があって、こんなものを彼女に渡したのだろうか。
「保科くん、呪われていた間の記憶が無いんだって?」
「そうらしいです。なので、申し訳ないのですが業務連絡も忘れていると思います」
「うん。仕事なんだけど、明後日に三枝さんともう一度群馬に向かってもらうことになってるよ。くだんの案件が全品買取りって方向で話がついたからね」
あとで買取りリストにもう一度目を通しておいてと言われて、俺は素直にうなずいた。
「重要な引継ぎはそれくらいですか?」
「保科くんは、呪いを解いてもらうためにこの期間あまり店にいなかったからね。仕事の関係では、知っておいて欲しい重要なことはないよ」
「仕事の関係では?」
含みのある店長の言葉に俺は眉根を寄せた。店長は普段の穏やかな表情を消して、挑発するような目で俺を見る。
「その様子だと、呪いの詳細も彼女から聞いてないんだよね?」
「婚約者と結婚したかった霊の念が込められていたようなことは聞きましたが……」
「具体的に、呪われてどういう状態なったとかは?」
俺は首を左右にふった。呪いについて、先輩はさらりと概要を話しただけだったのだ。
実際にどんな呪いがかかっていたか、詳しく聞かされてはいない。
「僕もそこまで詳しく聞かせてもらったわけじゃないけどね」
そう前置きしてから、店長は呪いについての詳細を説明してくれた。先輩と離れると具合が悪くなってしまうことや、呪いの影響を受けて先輩に好意を抱いてしまうことなどを聞いて、俺は目を丸くした。
「待ってください、先輩と離れたら具合が悪くなるって。じゃあ、数日間も俺はどうしていたんですか?」
「はっきりどこでどうしていたか、僕は知らないけど。三枝さんはずっと君のそばについてくれていたみたいだよ」
「ずっとって……」
どのくらいずっとだったのかと考えて、三枝先輩が俺の家の合鍵を持っていたことに思いいたる。まさかとは思うが、先輩が俺の家で寝泊まりしていたのだろうか。
そこまで考えて、かっと俺の顔に熱が灯る。
「君は全部忘れてしまったみたいだけど。彼女に対してずいぶんと親密に接していたってことは、頭に入れておいて」
「待って下さい。親密って、どのくらい?」
「そんなの、僕が知ってるわけないでしょ?」
店長の言葉に俺は頭を抱えた。この数日先輩と同棲していたとか、嘘だろう?
俺は一体、彼女に何をしたのだろうか。まさか無理やり酷いことをしてしまって、そのせいで今日、先輩の様子がおかしかった?
色々な想像が頭をよぎって顔が青くなる。そんな大変なことを、どうして俺は忘れてしまったのか。
「あんまり、従業員のプライベートに口出ししたくはないんだけどね。三枝さんを泣かさないで欲しいんだ」
店長にそう釘を刺されて、俺は眉根を寄せる。
「どうして、店長がそんなことを言うんですか?」
「さあ、どうしてだと思う?」
店長は挑発するように俺を見て、ふっと小さく笑って見せた。その含みのある言葉に、俺はぎゅっと拳を握る。店長は誰に対しても親切だけれど、三枝先輩に対しては特に目をかけているような節があった。
まさか、俺と同じように先輩に対して特別な感情を抱いている?
「店長は先輩のこと、どう思っているんですか?」
「そうだね。素直で可愛い子だなって思ってるよ。ああいう子とつき合ったらきっと楽しいだろうね」
それは、先輩に好意を持っているという意味なのだろうか。
じんわり嫌な汗が浮かぶ。店長は俺よりも先輩とつき合いが長くて、先輩よりも年上の男だ。先輩が何かと店長を頼りにしているのも知っている。それに比べて俺は、先輩よりも年下だし、先輩に欠片も男として意識してもらえていない有様だ。俺も先輩に対しては素直になれず、憎まれ口ばかり叩いているような状態である。
もし店長が先輩を好きなのだとしたら、俺に勝ち目はあるのだろうか。
「それじゃあ僕は帰るよ。明日は一日ゆっくり休んで、明後日は仕事だから忘れずに店に来てね」
店長はいつも通りの柔和な笑みを浮かべて、ひらひらと手を振って病室を出て行った。
先輩のことを考えると、さきほど店長と一緒に病院を出て行った姿がよぎって、俺はその映像をうち消すように首を左右にふった。
病室にいると何もすることがない。記憶の手掛かりはないかと俺はスマホを開いた。ディスプレイに表示される日付が俺の記憶している日よりも数日飛んでいる。仕事で使用しているメールの履歴をたどると、店長や門崎という知らない男とのやり取りが残っていた。内容は、呪いに関することがほとんどだ。先輩の言った通り、この数日、俺が呪われていたというのは間違いないらしい。
記憶の糸を探ろうとスマホを調べていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。先輩が戻ってきてくれたのだろうか。
「せんぱ――」
「ごめんね。三枝さんじゃあないんだ」
そう言って、紙袋を片手に病室の中に入ってきたのは店長だった。あてが外れて、俺はほんの少し肩を落とす。どうして店長が? 先輩が来てくれるのではなかったのだろうか。
「店長。すみません。三枝先輩が来てくれるとうかがっていたので、間違えました」
「ううん、良いんだよ。というか、僕でごめんね?」
「何の謝罪か分かりませんが。着替えを持ってきてくださったんですよね? ありがとうございます」
落胆を見抜かれたようで、俺は苦い感情を押し殺した。店長はいい人なのだけれど、何もかもを見透かされた気分になることがある。少し苦手だ。
「本当は三枝さんが行くって言ったんだけどね。彼女、凄く疲れていたみたいだから。家に帰したんだ」
「そうですか。色々あったようですから、良い判断だと思います」
口先でそう返答しながら、俺はなんとも言えないモヤモヤした思いが胸の中に渦巻くのを感じていた。先輩の様子がどこかおかしかったのは、俺だって気づいていた。だから先輩の後を追いかけたんだ。
だけど結局、先輩のフォローをしたのは店長なのだろう。
記憶が無い俺には先輩がどうしてあんな顔をしていたのか、その検討すらつかないのだ。
店長はベッドの傍まで歩いてきて、すぐ隣にあったチェストに紙袋を置いた。それから、はいっと俺に手を差し出した。店長の手の平には、見覚えのある小さな鍵が乗っている。
「これ、俺の家の合鍵?」
「返しておいてくれって、三枝さんから」
渡した覚えのない鍵を首をひねりながら受け取る。どうやって着替えを持ってくるのか疑問に思っていたのだが、どうやら俺はいつの間にか三枝先輩に合鍵を渡していたらしい。いったい、どういうタイミングでどういう意図があって、こんなものを彼女に渡したのだろうか。
「保科くん、呪われていた間の記憶が無いんだって?」
「そうらしいです。なので、申し訳ないのですが業務連絡も忘れていると思います」
「うん。仕事なんだけど、明後日に三枝さんともう一度群馬に向かってもらうことになってるよ。くだんの案件が全品買取りって方向で話がついたからね」
あとで買取りリストにもう一度目を通しておいてと言われて、俺は素直にうなずいた。
「重要な引継ぎはそれくらいですか?」
「保科くんは、呪いを解いてもらうためにこの期間あまり店にいなかったからね。仕事の関係では、知っておいて欲しい重要なことはないよ」
「仕事の関係では?」
含みのある店長の言葉に俺は眉根を寄せた。店長は普段の穏やかな表情を消して、挑発するような目で俺を見る。
「その様子だと、呪いの詳細も彼女から聞いてないんだよね?」
「婚約者と結婚したかった霊の念が込められていたようなことは聞きましたが……」
「具体的に、呪われてどういう状態なったとかは?」
俺は首を左右にふった。呪いについて、先輩はさらりと概要を話しただけだったのだ。
実際にどんな呪いがかかっていたか、詳しく聞かされてはいない。
「僕もそこまで詳しく聞かせてもらったわけじゃないけどね」
そう前置きしてから、店長は呪いについての詳細を説明してくれた。先輩と離れると具合が悪くなってしまうことや、呪いの影響を受けて先輩に好意を抱いてしまうことなどを聞いて、俺は目を丸くした。
「待ってください、先輩と離れたら具合が悪くなるって。じゃあ、数日間も俺はどうしていたんですか?」
「はっきりどこでどうしていたか、僕は知らないけど。三枝さんはずっと君のそばについてくれていたみたいだよ」
「ずっとって……」
どのくらいずっとだったのかと考えて、三枝先輩が俺の家の合鍵を持っていたことに思いいたる。まさかとは思うが、先輩が俺の家で寝泊まりしていたのだろうか。
そこまで考えて、かっと俺の顔に熱が灯る。
「君は全部忘れてしまったみたいだけど。彼女に対してずいぶんと親密に接していたってことは、頭に入れておいて」
「待って下さい。親密って、どのくらい?」
「そんなの、僕が知ってるわけないでしょ?」
店長の言葉に俺は頭を抱えた。この数日先輩と同棲していたとか、嘘だろう?
俺は一体、彼女に何をしたのだろうか。まさか無理やり酷いことをしてしまって、そのせいで今日、先輩の様子がおかしかった?
色々な想像が頭をよぎって顔が青くなる。そんな大変なことを、どうして俺は忘れてしまったのか。
「あんまり、従業員のプライベートに口出ししたくはないんだけどね。三枝さんを泣かさないで欲しいんだ」
店長にそう釘を刺されて、俺は眉根を寄せる。
「どうして、店長がそんなことを言うんですか?」
「さあ、どうしてだと思う?」
店長は挑発するように俺を見て、ふっと小さく笑って見せた。その含みのある言葉に、俺はぎゅっと拳を握る。店長は誰に対しても親切だけれど、三枝先輩に対しては特に目をかけているような節があった。
まさか、俺と同じように先輩に対して特別な感情を抱いている?
「店長は先輩のこと、どう思っているんですか?」
「そうだね。素直で可愛い子だなって思ってるよ。ああいう子とつき合ったらきっと楽しいだろうね」
それは、先輩に好意を持っているという意味なのだろうか。
じんわり嫌な汗が浮かぶ。店長は俺よりも先輩とつき合いが長くて、先輩よりも年上の男だ。先輩が何かと店長を頼りにしているのも知っている。それに比べて俺は、先輩よりも年下だし、先輩に欠片も男として意識してもらえていない有様だ。俺も先輩に対しては素直になれず、憎まれ口ばかり叩いているような状態である。
もし店長が先輩を好きなのだとしたら、俺に勝ち目はあるのだろうか。
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