神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

解けた呪いと恋の行方(2)


 病院のロビーに居たのは店長だった。彼はどこか焦った顔をしていて、私をみると大きく息を吐いた。

「どうしてじゃないよ。挙式はとっくに終わっているはずなのに、君たちから全然報告が届かないし、二人とも何度電話しても出ないし。何かあったのかと気になって、挙式するっていっていたブライダルサロンに電話して聞いてみたんだよ。そしたら、式の途中で保科くんが倒れたっていうじゃないか」
「あ……すみません。気が動転していて、連絡、気づいていませんでした」

 保科くんが倒れたことで動揺して、店長への報告をすっかり怠っていた。そのせいで、心配をかけてしまったらしい。

「そうだろうと思ったよ。保科くんは大丈夫なの?」
「はい。さっき目が覚めたみたいで……もう大丈夫だろうと思います」
「呪いも解けたんだよね?」
「はい」

 店長は私に色々と確認をしてから、うーんと口元に手を当てた。

「保科くんも無事で、呪いもとけた。それなのに、なんで三枝さんはそんな泣きそうな顔しているの?」
「え?」
「せっかく綺麗にお化粧しているのに、そんな顔していたら勿体ないよ。何があった?」

 優しい言葉をかけられて、じわりと涙腺が緩み始める。前の彼氏のときといい、店長はどうしてこう私が一番ダメになってるタイミングで表れるのだろうか。
 私が泣きそうになったことで、店長は慌てた様子で私の腕を引いて歩き始めた。

「うん、色々あったんだね。とりあえず、ちょっとこっちに行こう」

 そういって店長は私を連れて病院の駐車場まで歩き、うちの店のロゴの入った軽自動車の助手席のドアを開けた。

「あそこじゃあ目立つからね。乗って?」
「あ、でも。保科くんに会いにきたんじゃ……」
「そっちも気になるけど、こんな状態の三枝さんを放置できないし」
「すみません」

 私は店長の言葉に甘えて社用車へと乗り込んだ。みっともないところを見せてしまったが、今さらというような気もする。店長には今までいろいろな失敗を見られてきているのだ。

「病院を出るところみたいだったけど、どこかに向かおうとしていたの?」
「あ……保科くんの着替えや保険証を取りにいこうかと」
「保科くんの荷物? それって彼の自宅だよね、鍵とかあるの?」
「一応、合鍵が」

 この数日はほぼ同棲のような状態だったので、保科くんに持たされたものがある。合鍵があることを報告すると、店長がなんとも言えない表情で私を見てから、エンジンをかけた。

「じゃあ、ひとまず保科くんの家に向かおうか」
「はい」

 病院を出てしばらくすると、赤信号で停車する。そのタイミングで、店長がもの言いたげにちらちらを私を見てきた。

「どこまでつっこんで聞いていいのか迷っているんだけど。もしかして、三枝さんと保科くんってつきあってるの?」
「どうなんでしょうね」

 店長の質問に、私はあいまいな返事を返した。
 呪われた状態の保科くんに、つきあって欲しいと言われた。私も好きだと気持ちを伝えた。
 だけども、保科くんはその全てを忘れてしまったのだ。

「二人は呪いが解けるまでの間、ずっと一緒だったもんね。その間に色々あったんだ?」
「そうですね。保科くんが呪いの影響をうけて、その、私を恋愛対象として意識する……みたいな状態でして」
「うん。そんな状態の保科くんと一緒にいて大丈夫なのかなって、ちょっと心配だった。だけど、三枝さんが気にしてなさそうだったから、あまり口を出すのは止めておこうと思ったんだよね」

 三枝さんが嫌がっているようなら、何か対策を考えたけど。と、店長が笑ってつけ足した。店長の目から見ても、私は嫌がっているように見えなかったらしい。最初の方は戸惑っていたけれど、確かに嫌がるっていうのとは違った気がする。もしかして、私は自分でも気がついてないうちから、保科くんのことを気に入っていたのだろうか。

「二人が合意の上なら、あれこれ口を出して馬に蹴られるのも嫌だし。でも、三枝さんがそんな顔してるなら、話は別かな。保科くんになにか酷いことをされたの?」
「そういうわけじゃないんです。保科くんは何も悪くない」
「何があったのか聞いても良い?」

 私は口を開きかけて、閉じた。店長に相談してもいいものだろうか。

「言いたくないなら言わなくてもいいけど。まあ、うち、べつに社内恋愛禁止とかじゃないし。仕事に私情を持ち込まないなら気にしないよ?」

 ちょっと迷ってから、私は店長には事情を説明しておくことにした。自分一人で抱えているのは限界だったのだ。誰かに話を聞いて欲しかった。

「保科くんに告白されたんです。つきあって欲しいっていわれて。だけど、それは全部呪いのせいで、呪いが解けた保科くんは、その記憶も全部忘れてしまっていて……」

 話しながら声が震えた。さっき、目が覚めた保科くんが私を見る目には、なんの熱もこもっていなかった。あんなに好きだと言ってくれたのも、結局は全部、呪いのせいだったのだ。

「分かっていたはずなんです、普段の保科くんと違うって。それなのに私は……」
「保科くんを好きになっちゃった?」

 店長の言葉に、私は首を縦にふった。
 ダメだって分かっていたのに、保科くんに惹かれてしまった。こうなるかもしれないって、予想できていたのに。好きになっちゃだめだって思っていたのに。

「保科くんが私を好きだなんていうのは、呪いのせいだって分かっていたんです。だけど、私は……」

 呪われる前から好きだったという言葉を真に受けた。好きだよって言ってくれる言葉が、真実だったらいいなって思ってしまった。

「三枝さんはガードがかたいように見えて、押しに弱いよね」
「……そうかもしれません」

 思えば、前の彼氏にだって熱烈にアプローチをされてコロっと騙されてしまったのだ。保科くんは騙していたわけじゃないけど、好きだといわれて気持ちが傾いていったのは違いない。

「まあ、自分に好意を持ってくれる相手が気になるのは、自然なことだよね」
「そう……でしょうか」
「そうなんじゃない? 僕はあんまり恋愛してないから、偉そうなこと言えないけど」
「店長は恋人とかいないんですか?」
「いないねぇ。僕の恋人は古美術品だから。仕事してれば幸せだし」

 そののんびりした言い草は、実に店長らしい。

「店長、婚期を逃しますよ」
「ああ、そうかもねぇ。自分が結婚しているイメージが浮かばないや」

 店長は冗談めいてくすくす笑ったあと、ちらりと横目で私を見た。

「三枝さんは? 保科くんと結婚したいって思ったの?」
「……そうですね。今日の結婚式が、現実になったら良いのにって思いました」
「だったら、諦めなくても良いんじゃない?」

 諦めなくても、良い?
 呪いが消えて、保科くんの思いが消えてしまったのに?

「呪いが消えたなら、今度はちゃんと保科くん自身の気持ちがどこにあるのか、確かめてみればいい」
「確かめなくても、きっと保科くんは私のことなんて何とも思っていませんよ」
「三枝さんがそう思うなら、そうかもしれないけど」

 そういった店長の口調は、どこか私を責めているようでもあった。

「保科くんの気持ちがどこにあるかっていうのも大事だけど、それ以上に自分がどうしたいかっていうのが大事なんじゃない?」
「自分がどうしたいか?」
「うん。保科くんとつき合いたいなら、今度は三枝さんが頑張ればいい。もちろん、全部忘れて無かったことにするのも、自由だけど」

 店長の言葉は目からうろこだった。呪いが解けて、保科くんが私をなんとも思っていないのなら、私も諦めなければならないと思っていた。
 だけど、そうではないのだ。
 私が保科くんを好きだと思っているなら、呪いなんか無くても好きになってもらえるように頑張ればいい。

「まぁ、三枝さんが辛いって気持ちも分かるけどね。諦めるのにはまだ早いんじゃないかな」
「店長、ありがとうございます。少し、気持ちが前向きになりました」
「ならよかった。君に落ち込んだ顔をされていたら、調子が狂うから」

 そんな話をしていると、車が保科くんのマンションについた。とりあえず一日分の着替えを用意して、保科くんの家に置きっぱなしだった私の荷物を回収する。大荷物を持って車に戻ると、店長が積み込むのを手伝ってくれた。

「病院には僕が戻るよ。保科くんと話したいこともあるし。三枝さんは今日はもう家に帰ってゆっくり休んだ方が良いんじゃないかな」
「……そうですね。お願いしても構いませんか?」

 保科くんに会う前に、できれば心を落ち着ける時間が欲しい。崩れてしまった慣れないメイクも落としたいし、髪だってまだ整髪剤がついていて落ち着かない。

「じゃあ、家まで送っていくよ。保科くんのことは僕に任せて」

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