神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~
解けた呪いと恋の行方(1)
病院の受付で保科隼人の嫁ですと伝えると、すぐに病室に案内された。結婚式の途中で緊急搬送されてきた新郎は病院の中でも噂になっているらしい。お気の毒でしたねと同情されながら、私は教えられた病室へと向かった。
保科くんは心電図をつけられた状態で眠っていた。特に顔色が悪いということもなく、ただ眠っているだけのように見える。いったい、どうして倒れてしまったのか。私がやきもきしていると、医師が説明に来てくれた。
「保科さんの奥様ですね?」
「あ……はい。あの、籍はまだ入れていないのですが」
実際は妻でもなんでもないのだが、結婚式の途中で倒れたと知られているのだ。そう言っておくのが無難だろう。私の言葉に、医師は同情するような目を向けた。
「結婚式の途中で倒れられたとか。お気の毒でした」
「いえ。それで……倒れた原因は何なんでしょうか。脳卒中とかじゃないですよね?」
私が尋ねると、医師は眉根を寄せて困惑した表情をしてみせた。
「脳卒中ではありません。心臓にも問題がなかった。正直、こちらも原因が分からないのです。彼はいたって健康な状態で、眠っているだけに見える。心因性のものが原因かもしれません」
保科くんが倒れた原因は医師にも分からないらしい。私は不安になって、眠る保科くんに視線を戻した。
「大丈夫なんでしょうか」
「心電図にも乱れはありません。おそらく、しばらく待てば自然と目を覚ますと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
説明を終えると、何か変化があればナースコールを押してくれと言い残して医師は病室を出て行った。私は不安な気持ちのまま保科くんの顔をみつめる。
保科くんが倒れてしまったのは、やっぱり、呪いが原因なんだろうか。
私や簪から離れると保科くんは具合が悪くなっていた。だけど、今日倒れたのはそれが理由じゃあないだろう。簪からはもう黒いモヤは消えていた。呪いが解けたからその衝撃で倒れてしまったのだろうか。そう考えるのが一番自然な気がする。
「保科くん、早く目を覚ましてよ」
せっかく呪いが解けたかもしれないのに、こんな状況では喜べないではないか。
私は眠っている保科くんの手をそっと握った。一緒に過ごしたこの数日間で、保科くんの存在は私の中で大きく膨らんでしまっていた。
保科くんのことが好きだ。
このまま保科くんが目を覚まさなければと思うと、恐怖で身体が震える。
どうか神様、お願いします。保科くんが無事に目を覚ましますように。
私がそう祈った、そのときだった。
「ん……ここは……」
ゆっくりと、保科くんが目を開けた。私はハッと顔を上げる。
「保科くん、気がついたの!?」
「三枝先輩? なんで先輩が……っていうか、ここ、どこですか。病院?」
保科くんは私を見て顔をしかめて、困惑したようにきょろきょろと周囲を見回した。
「保科くん、式の途中で倒れて救急搬送されたんだよ。覚えてない?」
「式? 救急搬送?」
保科くんは軽く首を傾げて、身体を起こそうとした。私は慌ててそれを押しとどめる。
「まだ起きない方が良いよ! とりあえず、ナースコールで先生呼ぶ?」
「待って下さい。ちょっと記憶が混乱していて……」
保科くんはぐったりとベッドに横になって、不安げな顔で私を見上げた。
「俺、どうして病院にいるんですか? 式ってなんのことです?」
「全然覚えてないの? 保科くん、結婚式の途中でいきなり倒れちゃって」
「結婚式? 誰の?」
「え……?」
保科くんの言葉に、今度は私が凍り付く。ドクドクと心臓が早くなって、背中から嫌な汗が吹きだした。
「保科くん、どのくらい記憶が無いの?」
「先輩と群馬まで買取りの仕事に向かったのは覚えていますよ。その途中から……曖昧ですね」
「うそ」
それはつまり、保科くんが呪われていた間の記憶が一切抜け落ちているということだ。
私と一緒に過ごして、私を好きだといってくれた、その間の記憶の全てが。
ぐらりと足元がふらつくような感覚があった。
「先輩、どうしました?」
「……ううん、なんでもない」
なんでもないわけがない。
今にも泣いてしまいそうな気持ちだったが、保科くんは悪くないのだ。
むしろ、今不安になっているのは保科くんのはずだ。なにせ、ここ数日の記憶がまるでなくて、気づいたら病院なのだから。
気をしっかり持って。私が、保科くんに説明しないと。
私は気持ちを落ち着けるために大きく息を吸い込む。それでも動揺は収まらなかったけど、震えを止めることはできた。
「蔵にあった簪のこと、覚えてる? 保科くんはこの数日、その簪に呪われていたんだよ」
私は保科くんの状況を簡単に説明した。簪には大正時代に死んだ顕正さんの呪いが込められていたこと。顕正さんの願いは、婚約者だった民さんと結婚することだったこと。その呪いを解くために、保科くんと私が簪をつけて偽の結婚式を行ったこと。
説明が終わると、保科くんは呆気にとられた顔で私を見つめていた。
「俺と先輩が結婚式を挙げたんですか?」
「うん。その途中で呪いが解けて、多分そのせいで保科くんは昏倒しちゃったんだけど」
私が言い終わると、保科くんは片手で顔を抑えて、はぁぁぁと大きく息を吐いた。
「信じられない。呪いを解くためとはいえ、先輩と結婚式?……酔狂な」
冷めた物言いは、まさに呪われる前の保科くんのものだった。
けれども、その一言で私の心はナイフで切りつけられたような傷を負った。
今の彼の目には、呪われていたときのような甘い熱はどこにも見当たらない。
ああ、そうか。そう……だよね。
もう呪いは解けたのだ。保科くんの心は何に操られてもいない。
保科くんがあんな風に私を口説いてくるなんて、おかしいと思っていたじゃないか。
全部、全部、呪われていたからだったんだ。
そんなの、私だって分かっていた。分かっていたはずなのに。
「先輩、どうしました?」
「触らないで!」
保科くんが心配したように伸ばした手を、思わず払いのける。
「……ごめん。私、先生を呼んでくる」
「先輩!?」
これ以上、保科くんの顔を見ていられなかった。私はそれだけ言い残すと、逃げるように病室を出る。
ナースコールをすればいいだけの話なのに、ナースステーションまで行って保科くんの目が覚めたことを伝えると、荷物を取りに行ってくるので伝えてくれと伝言を頼んで、病院の出口へ向かう。
「私……なにやってるんだろう」
やらなきゃいけないことは山ほどある。
店長や門崎さんに呪いが解けたことを報告しなきゃいけないし、ブライダルプランナーさんに心配をかけたお詫びと保科くんの目が覚めた連絡をしなければならない。入院した保科くんの着替えとか保険証も持ってきてあげなきゃいけないし、なにより、記憶のない保科くんをひとりで放置していいはずが無い。
だけど、気持ちがまるで追いつかない。あのまま保科くんのそばにいたら、彼に酷い言葉を言ってしまいそうだった。
こんな場所で泣いてはいけない。せめて、ひとりになれる場所を探さないと。
そう思ってロビーに降りたら、思いがけない人に声をかけられた。
「三枝さん?」
「え、店長。どうしてここに?」
保科くんは心電図をつけられた状態で眠っていた。特に顔色が悪いということもなく、ただ眠っているだけのように見える。いったい、どうして倒れてしまったのか。私がやきもきしていると、医師が説明に来てくれた。
「保科さんの奥様ですね?」
「あ……はい。あの、籍はまだ入れていないのですが」
実際は妻でもなんでもないのだが、結婚式の途中で倒れたと知られているのだ。そう言っておくのが無難だろう。私の言葉に、医師は同情するような目を向けた。
「結婚式の途中で倒れられたとか。お気の毒でした」
「いえ。それで……倒れた原因は何なんでしょうか。脳卒中とかじゃないですよね?」
私が尋ねると、医師は眉根を寄せて困惑した表情をしてみせた。
「脳卒中ではありません。心臓にも問題がなかった。正直、こちらも原因が分からないのです。彼はいたって健康な状態で、眠っているだけに見える。心因性のものが原因かもしれません」
保科くんが倒れた原因は医師にも分からないらしい。私は不安になって、眠る保科くんに視線を戻した。
「大丈夫なんでしょうか」
「心電図にも乱れはありません。おそらく、しばらく待てば自然と目を覚ますと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
説明を終えると、何か変化があればナースコールを押してくれと言い残して医師は病室を出て行った。私は不安な気持ちのまま保科くんの顔をみつめる。
保科くんが倒れてしまったのは、やっぱり、呪いが原因なんだろうか。
私や簪から離れると保科くんは具合が悪くなっていた。だけど、今日倒れたのはそれが理由じゃあないだろう。簪からはもう黒いモヤは消えていた。呪いが解けたからその衝撃で倒れてしまったのだろうか。そう考えるのが一番自然な気がする。
「保科くん、早く目を覚ましてよ」
せっかく呪いが解けたかもしれないのに、こんな状況では喜べないではないか。
私は眠っている保科くんの手をそっと握った。一緒に過ごしたこの数日間で、保科くんの存在は私の中で大きく膨らんでしまっていた。
保科くんのことが好きだ。
このまま保科くんが目を覚まさなければと思うと、恐怖で身体が震える。
どうか神様、お願いします。保科くんが無事に目を覚ましますように。
私がそう祈った、そのときだった。
「ん……ここは……」
ゆっくりと、保科くんが目を開けた。私はハッと顔を上げる。
「保科くん、気がついたの!?」
「三枝先輩? なんで先輩が……っていうか、ここ、どこですか。病院?」
保科くんは私を見て顔をしかめて、困惑したようにきょろきょろと周囲を見回した。
「保科くん、式の途中で倒れて救急搬送されたんだよ。覚えてない?」
「式? 救急搬送?」
保科くんは軽く首を傾げて、身体を起こそうとした。私は慌ててそれを押しとどめる。
「まだ起きない方が良いよ! とりあえず、ナースコールで先生呼ぶ?」
「待って下さい。ちょっと記憶が混乱していて……」
保科くんはぐったりとベッドに横になって、不安げな顔で私を見上げた。
「俺、どうして病院にいるんですか? 式ってなんのことです?」
「全然覚えてないの? 保科くん、結婚式の途中でいきなり倒れちゃって」
「結婚式? 誰の?」
「え……?」
保科くんの言葉に、今度は私が凍り付く。ドクドクと心臓が早くなって、背中から嫌な汗が吹きだした。
「保科くん、どのくらい記憶が無いの?」
「先輩と群馬まで買取りの仕事に向かったのは覚えていますよ。その途中から……曖昧ですね」
「うそ」
それはつまり、保科くんが呪われていた間の記憶が一切抜け落ちているということだ。
私と一緒に過ごして、私を好きだといってくれた、その間の記憶の全てが。
ぐらりと足元がふらつくような感覚があった。
「先輩、どうしました?」
「……ううん、なんでもない」
なんでもないわけがない。
今にも泣いてしまいそうな気持ちだったが、保科くんは悪くないのだ。
むしろ、今不安になっているのは保科くんのはずだ。なにせ、ここ数日の記憶がまるでなくて、気づいたら病院なのだから。
気をしっかり持って。私が、保科くんに説明しないと。
私は気持ちを落ち着けるために大きく息を吸い込む。それでも動揺は収まらなかったけど、震えを止めることはできた。
「蔵にあった簪のこと、覚えてる? 保科くんはこの数日、その簪に呪われていたんだよ」
私は保科くんの状況を簡単に説明した。簪には大正時代に死んだ顕正さんの呪いが込められていたこと。顕正さんの願いは、婚約者だった民さんと結婚することだったこと。その呪いを解くために、保科くんと私が簪をつけて偽の結婚式を行ったこと。
説明が終わると、保科くんは呆気にとられた顔で私を見つめていた。
「俺と先輩が結婚式を挙げたんですか?」
「うん。その途中で呪いが解けて、多分そのせいで保科くんは昏倒しちゃったんだけど」
私が言い終わると、保科くんは片手で顔を抑えて、はぁぁぁと大きく息を吐いた。
「信じられない。呪いを解くためとはいえ、先輩と結婚式?……酔狂な」
冷めた物言いは、まさに呪われる前の保科くんのものだった。
けれども、その一言で私の心はナイフで切りつけられたような傷を負った。
今の彼の目には、呪われていたときのような甘い熱はどこにも見当たらない。
ああ、そうか。そう……だよね。
もう呪いは解けたのだ。保科くんの心は何に操られてもいない。
保科くんがあんな風に私を口説いてくるなんて、おかしいと思っていたじゃないか。
全部、全部、呪われていたからだったんだ。
そんなの、私だって分かっていた。分かっていたはずなのに。
「先輩、どうしました?」
「触らないで!」
保科くんが心配したように伸ばした手を、思わず払いのける。
「……ごめん。私、先生を呼んでくる」
「先輩!?」
これ以上、保科くんの顔を見ていられなかった。私はそれだけ言い残すと、逃げるように病室を出る。
ナースコールをすればいいだけの話なのに、ナースステーションまで行って保科くんの目が覚めたことを伝えると、荷物を取りに行ってくるので伝えてくれと伝言を頼んで、病院の出口へ向かう。
「私……なにやってるんだろう」
やらなきゃいけないことは山ほどある。
店長や門崎さんに呪いが解けたことを報告しなきゃいけないし、ブライダルプランナーさんに心配をかけたお詫びと保科くんの目が覚めた連絡をしなければならない。入院した保科くんの着替えとか保険証も持ってきてあげなきゃいけないし、なにより、記憶のない保科くんをひとりで放置していいはずが無い。
だけど、気持ちがまるで追いつかない。あのまま保科くんのそばにいたら、彼に酷い言葉を言ってしまいそうだった。
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コメント
瑠璃
結婚式で、顕正さんと民さんがやっと結ばれて、呪いが解け天国へ昇っていく姿までありありと想像できて感無量だったのに。
保科くん〜〜!!!
「酔狂な」なんて言わないで!
胸が締め付けられ痛いデス。
これから、どうなる?続きが待ちきれない!