神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

いにしえの想いと結婚式(5)

 色々な不安を払拭するためにも、まず呪いを解かなければということで私達の意見は一致した。

 インターネットを使って挙式をしてくれる業者を探す。できるだけ早く呪いを解きたいので、最短で挙式が出来るところを二人で調べると、平日ならばと来週の火曜日に挙式できるところが見つかった。
 業者に検討をつけてから、現状の報告と相談のために店長にも連絡する。保科くんと結婚式を挙げることになったと伝えると、随分面白いことになっているねと笑われてしまった。結婚式を見に行きたいと言われたが、丁寧におことわりをした。そもそも私達が抜けた穴を埋めるため、店長が休める余裕もないだろう。店を休む許可を取ってから、改めてブライダル会社に予約を申し込む。

 挙式日まで時間が無いので、今日はさっそくブライダル会社に行って打ち合わせを行うことになった。ご結婚おめでとうございますと笑顔で挨拶され、私は苦笑する。隣で保科くんが平然とありがとうございます、なんて挨拶をしているのがすごい。

「よくそんなに堂々としていられるね」

 小声で保科くんにそういうと、彼はにやりと笑って見せた。

「いつか先輩と、本番を行うときの予行練習だと思うことにしました」

 堂々と言われて顔が赤くなる。それってつまり、私と結婚したいと思ってくれているってことだ。保科くんと結婚。想像したら、頭に花が咲いたみたいにぽわぽわした気持ちになる。顔がにやけそうになって、私は慌てて気を引き締めた。

 招待客はゼロなので、打ち合わせもそう複雑なものではなかった。挙式の内容も最低限でいいから、決めることといえば当日の衣装くらいだ。衣装の相談に入ったところで、保科くんが鞄から例の簪を取り出した。

「すみません。当日はこれを使用したいんです」

 これはあらかじめ決めていたことだった。ブライダルプランナーさんは、簪を見て軽く頷いた。

「美しいべっ甲の簪ですね。ただ、この飾りだけでは少し寂しいので、他の飾りと合わせて使用しましょう」

 簪を使用してもらえるなら不満はない。言われるままに私たちは衣装を決めていった。仮初の式とはいえ、婚礼衣裳を見るのは気分が弾む。色鮮やかな打掛に、美しい刺繍の清楚な白無垢。仮の挙式だしと一番安い白無垢を選らぼうとした私を、保科くんが止めた。

「せっかくなんで、先輩が好きな衣装を選んでください」
「え、でも、勿体ないよ」
「勿体なくないです。俺の隣で着飾った先輩が見られるんですから」

 それでも気が引けて安めの衣装を選ぼうとしたのだけれど、保科くんに誘導されるまま、結局それなりに値段のする衣装になってしまった。選んだ白無垢は正絹で肌触りが良く、生なりの生地が光によってきらきらと輝く美しい品だ。勿体ないような気もしたけれど、こんな素敵な着物を着れるのかと思うと嬉しくもあった。

 衣装を決めて、当日の流れの説明を受ける。打ち合わせが終わったところで、店長から連絡があった。私達に今から店に来て欲しいとのことだ。

「保科くん、店長が店に来て欲しいって。今から簪のクライアントが来るらしいよ」
「そうですか。では、急いで店に向かいましょう」

 私たちは電車を乗り継いで店へと向かった。保科くんと並んで出勤すると、店長がにやにやと笑って、生暖かい視線を向けてくる。

「おかえり、二人とも。挙式準備は順調?」
「店長、からかわないでください」
「ごめん、ごめん。でも、大変なことになってるね。挙式して呪いが解けるといいけど」

 店長のデスクには買い取ったのであろう品物が小山になっていた。私達が抜けた穴をフォローしてくれているのだ。早く呪いを解いて業務に戻らないと。

「それで、今日は例のクライアントが来店されるんですよね?」
「うん。三枝さんが出してくれた見積りをみせて、売却するかどうかを決めるって。もし破談になっても例の簪だけは買い取りたいと思う」

 店長の言葉に私たちは頷いた。今、あの簪を返却することはできない。事情を説明したとして、果たして信じてもらえるだろうか。品物を安く買いたたきたいから難癖をつけているなどと判断されてはたまらない。

「今回は僕が対応するよ。その間、二人は店をお願い。あと、どうしても呪いについて説明しなきゃいけなくなったときは、呼ぶかもしれない」
「分かりました。店長、よろしくお願いします」

 それから三十分ほど後に例のお客様が来店して、店長と二人で相談室へ入って行った。お客様にお茶を出したあと、私は買取りカウンターへと戻る。今日は土曜だからか普段よりも来店者が多い。私がカウンター業務をする後ろで、保科くんは店長の鑑定を引き継いでいた。

 いくつか買取りを済ませると、相談室から店長とクライアントが出てきた。店長はクライアントを店の出口まで送っていく。私は慌てて立ち上がってお辞儀をした。軽く会釈を返してから、彼女が店を出て行った。
 戻ってきた店長に私は駆け寄る。

「どうなりました?」
「うん。三枝さんが出してくれた見積りの内容で買取りにまとまったよ。一部だけ価格の修正があったけど、まぁ誤差の範囲」
「ということは、あの簪も?」
「うん。無事に適正価格で買い取りできたよ」

 店長の言葉に私はほっと息を吐き出した。

「他の品はいつ引き取りに?」
「次の木曜日。できれば二人に行って欲しいんだけど、もし呪いが解けてなくても大丈夫かな?」

 店長の言葉に私と保科くんは頷いた。
 上手くいけば火曜日に呪いが解けるし、もし無理だったとしても二人で行く分には問題ない。

「良かった。月曜は定休日だし、火曜は休みで良いから明日は二人とも店舗勤務ってことでいい?」
「わかりました。色々と調整してもらってすみません」
「労災だからねぇ。保険は下りないけど」

 店長の言葉に私は苦笑した。流石に呪いでは保険は適用されない。
 その日は一日店舗で仕事をして、昨日と同じように保科くんの家へと帰宅した。



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