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神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

いにしえの想いと結婚式(4)

 私がシャワーを浴びてリビングに戻ると、保科くんはソファーに座ってビールを飲んでいた。私を見つけて、保科くんは手元のグラスを軽く揺らす。

「先輩も飲みますか?」
「よばれようかな」

 私はそういって保科くんの隣に座った。保科くんはすぐさま空いたグラスにビールを注いでくれる。白い泡が消えないうちにコップに口をつけた。

「さっきはすみません。呪いが解けるまで待つって言ったのに、あんなことをして」

 保科くんに謝罪されてしまい、私は首を左右に振った。
 違うのだ。保科くんに触れられるのが嫌なんじゃない。好きだって言われるのだって嬉しい。保科くんは何も悪くない。悪いのは、素直にその気持ちを受け止められない私だ。

「ちゃんと分かっているんです。先輩の元彼の話を聞いて、先輩が簡単に好きだって言葉を信じられないんだろうって。だけどなんていうか、早くこの時間を確かなものにしたくなってしまいました」
「確かなものに?」
「情けない話ですが、俺も不安なんですよ。もし呪いが解けてこの関係が終わって、先輩が離れて行ってしまったらって思ったら、怖いんです」

 微かに震えた声で紡がれた言葉に、私はハッと身体を固くする。私は自分の不安ばかり考えて、気持ちを口にしないようにしていた。だけどそのことで、保科くんを不安にさせていたのだ。

「保科くんも怖いって思ったりするの?」
「怖いですよ。俺だって臆病なところもあるんです。きっと、呪いがなかったらこんな風に先輩にアプローチなんて出来なかった」
「本当に? 保科くん、思ったことはすぐに口に出しそうなのに」

 歯に衣着せない、誰が相手でも思ったことをズバズバ言えるのが保科くんだ。その保科くんが、呪われる前は私を好きだなんてそぶりを見せなかった。だからこそ、私は彼の言葉をいまひとつ信用できないでいるのだ。

「先輩ほど酷い体験はしていませんが、俺もあまり恋愛って得意じゃないんですよ」
「何かあったの?」
「学生の時に少し良い感じになったコがいて、その子と一緒に美術館にデートに行ったんです。そこでまぁ、俺はいつもの調子で展示に夢中になって。でも彼女は嫌味ひとつ言わないで、ずっと笑って俺のウンチクにつきあってくれていたんですよね」
「それはすごいね」

 保科くんは美術品について語り出すとなかなか止まらない。美術館ともなれば、つきあうのは大変だっただろう。

「そうなんですよね。だから俺は彼女もそういうモノに興味があるんだと思い込んで……でも結局、彼女は無理していただけだったんですよ」

 さもありなんと私は心の中で合掌した。要は保科くんに気に入られたくて、保科くんの趣味に合わせていたのだろう。

「保科くんのことが好きだったから、良く思われたかったんじゃないの?」
「純粋な好意ならまだよかったんです。でもなんていうか、俺、実家がそこそこ金持ちだったんで。あとは俺の外見とか、結局はそういうのを気に入ったらしいんですよね。俺の趣味は最悪で、俺の性格はイマイチらしいですよ。デリカシーが無いらしいです。そんな風に友達に愚痴っているのを聞いてしまって」
「ああ、それは……」
「間が悪かったんですよね。いや、逆に良かったのかな」

 陰口を言われているのを聞いてしまって、保科くんはその子に幻滅してしまったらしい。

「それ以来、あんまり真面目に恋愛ってしてこなかったんです。告白されて何人かつきあったことはあったんですけど、どうも本気にもなれず長続きしなくて。向いてないなって」
「何がダメだったの? やっぱり、趣味が合わないから?」

 私が尋ねると、保科くんは首を左右にふって否定した。

「そう思って、同じように美術品が好きだって人とつきあったこともあるんです。だけど、やっぱり合わなかったんですよね。なんていうか、俺、自分に媚びてくる相手が無理みたいで。俺がこれを好きだって言ったら、そんなに興味持っていないくせに、自分もってあわせってくる相手とか」
「ああ、女性はそういうの多いかもね」

 男性よりも女性は共感を大事にする人が多いらしい。それゆえに、たいして興味がない事柄でも、相手がそれを褒めていたらまず共感して肯定するタイプが多いとか。
 相手が自分の好きな人ならば、嫌われたくないと思うだろうから、なおさらだろう。

「そういうものなんですかね。でも、先輩は結構、俺のこと雑に扱うでしょう?」
「え、うそ。後輩としてそこそこ丁寧に面倒みてきたつもりなんだけど」

 面倒くさい後輩だと何度かため息を吐きたくなることもあったが、雑に扱ったつもりはない。私が心外だと告げると、保科くんは軽く笑った。

「そういうのじゃなくて、俺に媚びるようなところが全くないっていうか。俺が何かを好きだっていっても、意見が違ったら堂々と言うじゃないですか」
「そうだっけ?」
「俺が明時代の虫草図をベタ褒めしていたとき、そんな気持ち悪い絵のどこが良いの?って言ったのは忘れませんよ」

 そんなことを言っただろうか。いや、言ったかもしれない。
 名画をけなしてしまったエピソードを持ち出されて、私は目を泳がせた。

「いやほら、中国絵画でしょ? いや、好きなものは好きなんだよ。花鳥図とか見事だなぁって思うやつもあるし。でもさ、題材が虫とか怪物とか、すんごいのもあるじゃない?」
「虫なんかは細部がよく観察されていて、細かい部分まで緻密に描かれているのが見事だったり、妖獣なんかがモチーフの画は、今にも動き出しそうな迫力が素晴らしかったりするんですけどね」
「いや、ごめんってば。うっかり名画を悪く言ったの、根に持ってるの?」

 私がおっかないと肩を竦めると、違いますよと保科くんは首を左右に振った。

「俺が良いと思ったものが万人に共感されるわけじゃない。価値ある名画だって、それが別の時代、別の人によって描かれたものなら無価値になったりもするんです。人によって感じかたが違うのは当然ですよ。当然なんですけど、俺に向かって反対意見を言う人ってあんまりいないんですよね」
「それはそうでしょう。保科くんはその道のプロなわけだし」

 鑑定できるほど知識を持った人間が褒めた作品に向かって、あれこれ意見を言うのは難しい。たとえ内心は違っても、とりあえず頷いておきたくなるものだ。

「でも、先輩はけっこう意見を言うんですよね。これは好きだとか、嫌いだとか」
「言っておくけど、本当に個人的な嗜好だからね? 美術品の価値とは関係ない意見だし」

 私は美術品の鑑定はほとんどできない。基礎知識として価値がつきやすい作家や、買い取れる作品の特長などは知っているけれど、美術品そのものの善し悪しはさっぱりだ。私が慌ててそういうと、それで良いんですと保科くんは笑った。

「先輩なら、贋作や価値のない画でも、自分が気に入ったものは堂々と好きだって言いそうですよね。そういうの、心地いいなって思ったんです。それが、先輩を気になりだしたきっかけ」

 懐かしむような保科くんの言葉を聞いて、私は目をまたたいた。保科くんが私のことをそんな風に思ってくれていたなんて、思ってもみなかった。

「そうやって先輩のことが気になりだして観察していると、色々と見えてくるんですよね。先輩の仕事の姿勢とか。先輩、ワケありで物を売りに来た客には、親身になって相談に乗っているでしょう? お人よしですよね。でも、そういうところが良いなって思って、ますます好きになりました」

 確かに、自分の経験があったから、特に恋愛がらみで品物を売りに来たお客様には親身になってしまっていた。ときには相談室に連れて行って、一緒になって泣いてしまうこともあった。そういうのを保科くんに見られていたのだと思うと、なんだか恥ずかしい。

「俺が前から先輩を好きだったって、少しは信じてもらえましたか?」
「……うん」

 保科くんが言ってくれたのは、全部、彼が呪われる前の話だ。そんな風にどうして好きになったかと挙げられると、それが本当なんじゃないかって思える。

「さっきも言った通り、あんまり恋愛で上手くいったことがなくて。恋人ができても本気で好きだって思えなかったんですよね。だけど、先輩のことだけは自分から良いなって思っていたんです。だけど、本気になればその分だけ、どうしていいか分からなくなった」

 小さく息を吐きながら、保科くんは手に持ったグラスを手の中で揺らした。

「先輩後輩でいるのが心地よかったし、先輩も俺をそういう対象に見て無いのは明白でした。下手に色気を出して関係が壊れるのも怖いなって思ったら、何も出来なかったんです」

 保科くんの言葉を、私は自分の体験に照らし合わせていた。過去、恋愛が上手くいったことがないのは私も同じだ。元彼とのことがあって、私は恋愛に臆病になってしまった。
保科くんが強引に迫ってくれなければ、あるいは呪いという口実で肌を合わせるような機会がなければ、こんな風にもう一度恋愛について考えることもしなかっただろう。もし好きな人ができても、きっと自分からアプローチなんて出来なかったに違いない。

「本気で恋愛なんてしてこなかったから、自分がこんなにも臆病だと思っていませんでした。だけど、そうやって押し込めていた気持ちを呪いが全部解放してくれて……一度先輩に触れたら、もう前みたいな関係じゃあいられないって思ったんです。先輩後輩じゃなくて、俺は先輩のただひとりの相手になりたい」

 押し込めていた感情を吐露すると、保科くんはどこか苦し気な目で私を見つめた。

「先輩が好きです。どうか、俺の気持ちが本物だって信じて欲しい」

 まっすぐ保科くんに見つめられて、締めつけられるように胸が苦しくなる。

 保科くんは不安だって言っていた。恋愛が怖いのはきっと私だけじゃない。誰だって相手の気持ちがどこにあるか、自分のことをどう思っているのかを探って、嬉しくなったり不安になったりする。

 それでも気持ちを伝えてくれるのは、どれだけ勇気がいることなんだろう。

 だけど、私は保科くんの気持ちをたくさん否定した。呪いがあるから、嘘かもしれないから、そんな言葉を重ねて信じようとしなかったのだ。

「私は……」

 口を開きかけてまた閉じる。保科くんの気持ちに応えたい。だけど、気持ちを口にするのは怖い。相手を信じて裏切られた、あの時のみじめな思いが湧き上がる。

「……私も、好きだよ」

 微かに震えながら、どうにか言葉を絞り出した。声が少し震えてしまったかもしれない。それでも、伝えないわけにはいかないって思った。
 呪いが消えて、もし保科くんが変わってしまっても。それでも、今、保科くんが私にくれている想いに応えたかった。

「私も保科くんのことが好き」

 今度はもう少しはっきりと声が出た。
 気持ちを伝えるのは怖いことだ。保科くんの反応が気になって、私はうかがうように彼の顔を見る。保科くんは目を丸くして、信じられないという様子で私を見つめていた。

「先輩……ほんと、ですか?」
「本当だよ。保科くんの呪いが解けたらって思うと、怖くて……なかなか言えなかったけど」

 今だって本当は怖い。保科くんが私に甘いぶん、これが全部幻みたいに消えてしまったらと思うと怖くてたまらない。だけど、いくら誤魔化したって私はもう保科くんを好きになってしまったのだ。だったらもう、怖くても前に進むしかない。

 私の言葉を受けて、保科くんは嬉しそうに笑った。
 この笑顔が見られただけで、言って良かったという気持ちが沸きあがる。

「先輩。俺も好きです。先輩が好き……」
「んっ……」

 保科くんはぎゅっと私の身体を抱き寄せると、唇を重ね合わせた。

「呪いが解けるのなんて待てません。先輩、俺の彼女になって下さい」
「でも、それで呪いが解けて、やっぱり勘違いだったってなったらどうするの」

 私は呪いの影響を受けていない。だから、きっと保科くんの呪いが解けてもこの気持ちは残る。だけど、保科くんはそうだと限らないのだ。

「そんなことにはなりませんよ。自信があります」
「なんの根拠もないよね、それ」
「もしこの気持ちが消えて無くなるなら、もう一度俺を呪ってくれてもいいです」

 呪いを解いてしまえば、もう一度呪うことなんてできないだろう。だから、やっぱりなんの保証もない言葉だ。

「もしそうなったら、今度は私が保科くんを呪ってやるから」
「はは、それ良いですね。先輩に呪われるなら本望です」
「ん……」

 再び唇が重なる。絡まる舌がとても甘くて心地よい。
 保科くんの期待に応えるように、私も彼の背中に腕を回した。


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