神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~
いにしえの想いと結婚式(2)
道子さんにお礼を告げて、私たちは梶原家を後にした。念のために梶原家の墓の場所も教えてもらい、墓参りをする許可も得ている。
西に傾いた太陽が道路に長く影を伸ばす。少しだけ暑さが和らいだ道を駅に向かって歩きながら、私は口を開いた。
「どうする? お墓、向かってみる?」
幸い、梶原家の墓があるのも都内でここから遠い場所ではない。けれども乗り気がしないのは、お墓に簪を供えたところで呪いが解けるような気がしなかったからだ。
「顕正さんの霊には意識があったのかな。だったら、民さんが兄弟と結婚したって知って、どんな気持ちだったんだろうね」
「さあ。俺なら絶対に嫌ですけどね。好きな人が自分以外の相手と幸せになるところなんて、見たくありません」
「幸せになったって感じでもなかったけどね」
「……だったら、なおさら嫌ですよ。死んでも死に切れません」
保科くんが視線をアスファルトに落として言った。私も保科くんに同意だ。
民さんの気持ちは手紙には綴られていない。民さんが顕正さんを愛していたのか、それともただの婚約者と思っていたのかで気持ちは変わるだろうが、結婚後の手紙を見る限り顕正さんの死に悲しみを覚えていたのだろう。それでも、顕正さんの兄弟と結婚するしかなかった。
「もしかして、それで簪が届かなかったのかな」
「それでって?」
「顕正さんの親は、顕正さんが死んだあと、別の兄弟と民さんを結婚させようとしたわけでしょう? だったら、未練になるものはない方が良いって思ったのかも。だから、簪を民さんに渡さず別の人にあげたとか、売ったとか」
どうしてそうなったか、百年も前のことを確かめる術はないから想像の域をでないが、そんな風に考えてしまった。
なんともやりきれない気持ちが渦巻く。呪いを残した本人だというのに、顕正さんに同情してしまいそうだ。
「お墓に高級なお線香でもお供えしようか」
「そうですね」
私たちはお線香とお花を買って、道子さんに教えてもらったお墓へと向かった。寺院に併設されている墓地の一角だ。虫の声に混じって、ごーんと遠くで鐘の鳴る音が聞こえる。こんな時間だからか、他に参拝客の姿はない。空は暗くなりはじめていて、蒸し暑く湿気た夜の匂いに線香の残り香が混じる。墓石は状態が良く、比較的新しい石が使われているようだったから、どこかで修理かリフォームが行われたのだろう。
お花を供えて、ろうそくとお線香に火をつけてから、お墓の前に簪の入った箱を置いた。保科くんと並んでお墓に向かって手を合わせる。
「民さん、顕正さん。簪を届けにきました」
語りかけるようにそう言って、目をつぶって二人の冥福を祈った。数秒して目をあけて、簪の入った箱を見る。箱からはまだ黒いモヤが出たまま、保科くんに繋がっていた。
「保科くん、何か変化あった?」
「残念ながら」
私たちは顔を見合わせてため息を吐いた。なんとなくダメな気はしていた。だけど、これで呪いが解けないのであれば、いったいどうすれば良いのだろうか。
「顕正さんの未練って、どうすればなくなるんだろうね」
顕正さんが好きだった民さんも、もう亡くなってしまっている。想いを伝えることも、恨み言を伝えることもできないのだ。
もう一度、門崎さんに相談してみるのが良いかもしれない。あるいは、危険と言われた強引な手段で除霊するのも一つの方法だ。
「顕正さーん。どうしたら成仏してくれるんですか?」
私は桐箱に向かって話しかけてみた。箱からはモヤが出るばかりで、言葉が返ってくることはない。
「なにやってるんですか、先輩」
「うーん。顕正さんが簪に憑りついてるなら、答えをくれないかなっておもって」
「そんな風に喋れるものでもないでしょう」
保科くんはくすくすと笑って、桐箱を持ち上げた。
「顕正さん、もしかして、民さんを恨んでいるのかな」
「それはないと思いますよ」
私の呟きを保科くんがきっぱりと否定した。
「なんでそう思うの?」
「呪われているからですかね。なんとなく、顕正さんの気持ちが分かるんです」
保科くんは言ってから、手の中の桐箱に視線を落とした。
「この簪の呪いは、先輩のことが好きでたまらなくなる――というものです。多分この感情って、顕正さんが民さんに向けていたものだと思うんですよ」
もし顕正さんが民さんを恨んでいたのなら、呪いの効果はもっと別のものになっただろうと保科くんは言った。
「恨んでいるとか憎いとか、そういう感情って無いんです。ただ俺が――顕正さんが思うのは、好きな人と一緒になりたいってことです。好きな人のそばにいて、愛していると伝えたい。二度と離れたくない、そういう感情です」
「最終的に同じお墓に入ったのに、一緒にいることにはならないのかな」
「戦争で命を落としたのだとしたら、顕正さんが亡くなったのは中国でしょう? 遺体が戻ってきたとは限りませんよ」
そうか。もしかしたらこのお墓には顕正さんの遺骨が無い可能性もあるのか。
「多分、顕正さんが民さんに気持ちを伝えるか、一緒になれれば呪いは解けるんでしょう。だけど、顕正さんも民さんも亡くなっている。その二人を物理的にどうこうするのは不可能だ」
「そうだよね」
「だから、俺が代わりに、顕正さんの念願を叶えれば良いんじゃないかって思うんです」
保科くんの言いたいことが分からず、私は首を傾げた。
「えっと、つまりどういうこと?」
「顕正さんが民さんへ向けていた思いは、俺が今先輩に抱いている思いです。だから、俺と先輩が顕正さんと民さんの代理として願いを叶えてあげれば、満足するのではないかと」
なるほど。それは一理あるのかもしれない。
「だけど、何をすれば願いを叶えたことになるの? 一緒にいたいって言っているけど、保科くんが呪われてからこっち、私たちはずっと一緒にいるよね」
なんなら、キスやそれ以上のこともした。これ以上ないってくらいひっついていたのに、呪いは解けていないのだ。これ以上どうしろというのか。
「ひとつだけ、叶えていないことがありますよ」
保科くんはそう言うと、真剣な顔をして私の手を握って口を開き――
「三枝先輩、俺と結婚してください」
私に向かって、プロポーズをしたのだった。
西に傾いた太陽が道路に長く影を伸ばす。少しだけ暑さが和らいだ道を駅に向かって歩きながら、私は口を開いた。
「どうする? お墓、向かってみる?」
幸い、梶原家の墓があるのも都内でここから遠い場所ではない。けれども乗り気がしないのは、お墓に簪を供えたところで呪いが解けるような気がしなかったからだ。
「顕正さんの霊には意識があったのかな。だったら、民さんが兄弟と結婚したって知って、どんな気持ちだったんだろうね」
「さあ。俺なら絶対に嫌ですけどね。好きな人が自分以外の相手と幸せになるところなんて、見たくありません」
「幸せになったって感じでもなかったけどね」
「……だったら、なおさら嫌ですよ。死んでも死に切れません」
保科くんが視線をアスファルトに落として言った。私も保科くんに同意だ。
民さんの気持ちは手紙には綴られていない。民さんが顕正さんを愛していたのか、それともただの婚約者と思っていたのかで気持ちは変わるだろうが、結婚後の手紙を見る限り顕正さんの死に悲しみを覚えていたのだろう。それでも、顕正さんの兄弟と結婚するしかなかった。
「もしかして、それで簪が届かなかったのかな」
「それでって?」
「顕正さんの親は、顕正さんが死んだあと、別の兄弟と民さんを結婚させようとしたわけでしょう? だったら、未練になるものはない方が良いって思ったのかも。だから、簪を民さんに渡さず別の人にあげたとか、売ったとか」
どうしてそうなったか、百年も前のことを確かめる術はないから想像の域をでないが、そんな風に考えてしまった。
なんともやりきれない気持ちが渦巻く。呪いを残した本人だというのに、顕正さんに同情してしまいそうだ。
「お墓に高級なお線香でもお供えしようか」
「そうですね」
私たちはお線香とお花を買って、道子さんに教えてもらったお墓へと向かった。寺院に併設されている墓地の一角だ。虫の声に混じって、ごーんと遠くで鐘の鳴る音が聞こえる。こんな時間だからか、他に参拝客の姿はない。空は暗くなりはじめていて、蒸し暑く湿気た夜の匂いに線香の残り香が混じる。墓石は状態が良く、比較的新しい石が使われているようだったから、どこかで修理かリフォームが行われたのだろう。
お花を供えて、ろうそくとお線香に火をつけてから、お墓の前に簪の入った箱を置いた。保科くんと並んでお墓に向かって手を合わせる。
「民さん、顕正さん。簪を届けにきました」
語りかけるようにそう言って、目をつぶって二人の冥福を祈った。数秒して目をあけて、簪の入った箱を見る。箱からはまだ黒いモヤが出たまま、保科くんに繋がっていた。
「保科くん、何か変化あった?」
「残念ながら」
私たちは顔を見合わせてため息を吐いた。なんとなくダメな気はしていた。だけど、これで呪いが解けないのであれば、いったいどうすれば良いのだろうか。
「顕正さんの未練って、どうすればなくなるんだろうね」
顕正さんが好きだった民さんも、もう亡くなってしまっている。想いを伝えることも、恨み言を伝えることもできないのだ。
もう一度、門崎さんに相談してみるのが良いかもしれない。あるいは、危険と言われた強引な手段で除霊するのも一つの方法だ。
「顕正さーん。どうしたら成仏してくれるんですか?」
私は桐箱に向かって話しかけてみた。箱からはモヤが出るばかりで、言葉が返ってくることはない。
「なにやってるんですか、先輩」
「うーん。顕正さんが簪に憑りついてるなら、答えをくれないかなっておもって」
「そんな風に喋れるものでもないでしょう」
保科くんはくすくすと笑って、桐箱を持ち上げた。
「顕正さん、もしかして、民さんを恨んでいるのかな」
「それはないと思いますよ」
私の呟きを保科くんがきっぱりと否定した。
「なんでそう思うの?」
「呪われているからですかね。なんとなく、顕正さんの気持ちが分かるんです」
保科くんは言ってから、手の中の桐箱に視線を落とした。
「この簪の呪いは、先輩のことが好きでたまらなくなる――というものです。多分この感情って、顕正さんが民さんに向けていたものだと思うんですよ」
もし顕正さんが民さんを恨んでいたのなら、呪いの効果はもっと別のものになっただろうと保科くんは言った。
「恨んでいるとか憎いとか、そういう感情って無いんです。ただ俺が――顕正さんが思うのは、好きな人と一緒になりたいってことです。好きな人のそばにいて、愛していると伝えたい。二度と離れたくない、そういう感情です」
「最終的に同じお墓に入ったのに、一緒にいることにはならないのかな」
「戦争で命を落としたのだとしたら、顕正さんが亡くなったのは中国でしょう? 遺体が戻ってきたとは限りませんよ」
そうか。もしかしたらこのお墓には顕正さんの遺骨が無い可能性もあるのか。
「多分、顕正さんが民さんに気持ちを伝えるか、一緒になれれば呪いは解けるんでしょう。だけど、顕正さんも民さんも亡くなっている。その二人を物理的にどうこうするのは不可能だ」
「そうだよね」
「だから、俺が代わりに、顕正さんの念願を叶えれば良いんじゃないかって思うんです」
保科くんの言いたいことが分からず、私は首を傾げた。
「えっと、つまりどういうこと?」
「顕正さんが民さんへ向けていた思いは、俺が今先輩に抱いている思いです。だから、俺と先輩が顕正さんと民さんの代理として願いを叶えてあげれば、満足するのではないかと」
なるほど。それは一理あるのかもしれない。
「だけど、何をすれば願いを叶えたことになるの? 一緒にいたいって言っているけど、保科くんが呪われてからこっち、私たちはずっと一緒にいるよね」
なんなら、キスやそれ以上のこともした。これ以上ないってくらいひっついていたのに、呪いは解けていないのだ。これ以上どうしろというのか。
「ひとつだけ、叶えていないことがありますよ」
保科くんはそう言うと、真剣な顔をして私の手を握って口を開き――
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