神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~
京都にて(4)
私たちは経過を店長に報告して、店長から引き続き調査の依頼を門崎さんに出してもらうことになった。ひとまず京都に来た目的は達して、これからどうするかという話になる。
「思ったんだけど、やっぱり、私達も簪の持ち主のことを調べようよ」
「調べるっていっても、どうするつもりですか?」
もちろん、私たちはそういった調査に慣れていない。だけど、私達だからこそできる調べかたがあると思うのだ。
「簪を手掛かりにして、情報を集められないかって思うの。ほら、これってべっ甲でしょ?」
べっ甲はタイマイというウミガメの甲羅を加工して造った素材で高級品だ。特にあめ色をした白甲は、甲羅のごくわずかな白い部分を重ね合わせて作るため希少価値が高い。すべてが白甲で作られた本べっ甲であれば、数十万から中には数百万する品物もある。現在気軽に買えるべっ甲製品はほとんどがべっ甲張りで、べっ甲以外の素材の上にべっ甲を張った品なのだ。とくに貧富の差が激しい大正時代では、庶民が気軽に買える品物ではなかったはず。
しかもこの簪は婚礼用の特別なものではなく、普段使いにできる形をしている。この簪が白甲の本べっ甲であれば、この送り主はかなりの富豪……もしかしたら、財閥や華族階級だった可能性もある。それでも特定の人物を探すのは大変だが、財閥や華族階級の人間であればまだ名前が残っているかもしれない。
「でも、送り主が庶民なら擬甲の可能性もありますよね」
擬甲は高級なべっ甲を模して造られた代替品だ。当時、べっ甲は人気製品であったので、江戸時代の中頃あたりから擬甲が作られ始めた。本物そっくりなものから、卵を使ったもの、セルロイド製のものまで様々だ。
「ちらっとしか見てなかったもんね。しっかり鑑別してみようか」
「鑑別するって、ここでですか?」
喫茶店を見回して私は首を左右にふった。鑑別をするには、一度簪を取り出さなければならない。そうすれば、保科くんの呪いが強くなるはずだ。
「流石にここではまずよね。どこか、落ち着ける場所でかな」
「じゃあ、ホテルでもとりますか。店長も呪いを解くのが最優先だと言っていましたし、一泊しても怒られないでしょう」
たしかに、今から東京に戻ってもかなり遅くなってしまう。私は保科くんの案に頷いた。思いがけず京都に一泊することになり、今からでも泊れるホテルを探す。
「あ、ここ良くないですか? 今の場所からも近いですし。京都っぽいですよ」
保科くんがスマホの画面を私に見せてくる。覗き込むと、ベッドルームに和室が併設された京都らしい部屋が映っていた。当日予約も可能らしい。
「カップルプランって書かれてるけど。同室にするつもりなの?」
「まさか、二部屋とるつもりですか? 勿体ないですよ」
「常識的に考えて、職場の同僚で男女なら別室だよね?」
「今さらそんなことを言いますか。呪いが解けるまでの間、つきあってくれる約束ですよね」
保科くんの言うつきあうの範囲には、身体の関係も含まれているらしい。
嫌なわけではない。昨日も受け入れたのだし、抵抗しても今さらだという気もある。だけども、それを当然と思ってしまうのはまずいだろう。嫌というわけではないが、今の保科くんは呪われているのだ。この関係に慣れてしまっては、呪いが解けたときに辛くなる。
私が葛藤している間に、保科くんはスマホをタップして予約ボタンを押してしまった。
「もう予約しちゃいましたから。抵抗しても無駄ですよ」
「え、予約しちゃったの?」
「しちゃいました。なので、諦めて下さい」
保科くんは悪びれた様子もなくそういうと、立ち上がった。
「今日はもう、することもありませんよね。残った時間、デートしませんか?」
「デートって……」
「デートに抵抗があるなら京都観光でもいいですよ。そんなに時間はないので遠くへはいけませんが、八坂神社とか結構近かったと思います。行ってみませんか?」
甘い誘いにぐらりと心が揺れる。そんなことをしている場合ではないと思うけれど、せっかく京都まで来たのだからという心がせめぎ合う。
「お守りを買うってことでどうです? 気休めですが、効果があるかも」
「病気平癒のお守りでも買う?」
呪いは病気に含まれないかもしれないので、健康祈願の方がいいだろうか。私がそんなことを考えていると、保科くんは挑発するようににやりと笑った。
「俺としては、恋愛成就のお守りがいいですね」
「恋愛してるの?」
「ずいぶんと分かりやすくアピールしているつもりなんですが、それ、ボケてます?」
保科くんにじろりと睨まれて、私は首をすくめた。鈍感を気取っているわけではない。だけども、今の保科くんの言動がどれだけ本心からのものか測れないのだ。
「成就しちゃったら、のちのち困るでしょうが」
「困りませんよ。だから、先輩も安心して俺に惚れて下さい」
蠱惑的に微笑まれて、私は返答に困った。
はいはいと、戯言だと流せばいいのに、段々と出来なくなってきている。席を立ちあがると、保科くんは当然のように私の手を取った。私はその手を振り払うこともなくレジへ向かう。
鴨川を超えると華やかな南座の建物が見えた。どこまでも真っすぐな道は実に京都らしい。平日だからか四条通は人通りがまばらであった。土産物屋や抹茶のスイーツを扱う喫茶店、ちりめん雑貨の店などを興味深げに見ながらしばらく歩くと、八坂神社の真っ赤な西楼門が見えた。観光地なだけあって、外国人の姿が多い。若いカップルが浴衣を着て歩いていた。私達もはたから見ればカップルに見えているのだろうか。
「いいですね、浴衣。夏らしくて」
「浴衣なんてもう何年も着てないな。最後に着たのなんて、学生のとき?」
「お祭りとかですか?」
「花火大会だよ。人が多くて、浴衣で行ったの後悔した」
「へぇ……」
保科くんは少し低い声で相槌を打つと、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「なんか、機嫌悪い?」
「先輩がそんなお洒落をして、誰と花火に行ったのかと思うと、嫉妬しました」
子どもっぽく拗ねる保科くんを見て、私はちょっと笑う。
「何年も前のはなしだよ?」
「否定はしないんですか。へぇ、ふぅん」
本当は、花火大会に行ったのは女友達とだ。だけど、嫉妬する保科くんが可愛く見えたので、それは黙っておくことにする。
「俺も見たいです、先輩の浴衣姿」
「機会があればね」
「それって、場を濁す常套句ですよね。今日、着てください」
「無茶言わないでよ」
「ホテル、温泉があるらしいですよ。浴衣があるかもしれません」
カップルプランを予約するだけでなく、そんなところまでチェックしていたのか。ちゃっかりしているなぁと思わず笑ってしまう。
八坂神社の中を進んで、提灯がたくさんぶら下がった舞殿を横切る。南楼門の隣にある授与所には、たくさんの絵馬がかけられていた。
「せっかくですし、お守り買いますか?」
「御神札おふだとかもあるみたいだよ。こっちの方がなんとなく効果が高そうじゃない?」
「でも、こういうのって家とかに貼るやつじゃないですか。持ち歩くには邪魔ですよ」
やいのやいのと言いながら、結局保科くんは身守りと書かれた一般的なお守りを購入したようだ。男性らしい青いお守り袋を取り出して、しげしげと見つめる。
「どう、呪いに効果あった?」
「こころなしか、よくなったような気がしなくもないですね」
「つまり?」
「プラシボ効果は期待できるかもしれません」
まあ、そういうものだろう。お守りで簡単に厄が無くなるのであれば、神社はもっと儲かっているはずだ。もしくは、流石のお守りもこんな呪いは想定外なのだろう。私がそんなことを考えていると、保科くんはポケットからごそごそと袋を取り出した。
「はい、どうぞ」
保科くんはそういって、私の手の平にその袋を置く。見れば、それもお守りだった。保科くんの持っているものと色違いで、こちらも身守りと書かれている。
「え、私に?」
「先輩だってあの簪に触っているんです。何かあるかもしれないでしょう?」
たった今、呪いに効果が無かったと言われたお守りを渡されて、なんとなく複雑な気分になる。
「プラシボ効果は期待できるんだっけ?」
「まぁ、口実ですよ。先輩とお揃いのものが欲しかったんです」
ずいぶんと可愛いことを言われて、私は思わずお守りを強く握った。小さな布の塊が、急にキラキラしてみえた気がして、恥ずかしくなって慌ててお守りを鞄につっこむ。
「……さらっと、そういうことしないでよ」
「恋愛成就のお守りじゃないだけ、分別は発揮していますよ」
「保科くんって草食系に見えるのに。案外、ぐいぐいくるんだね」
「呪いの効果じゃないですかね。普段の俺なら、ここまで積極的になれませんよ」
「ふーん。まあ、そうだよね。呪われてるもんね」
ああ、やっぱり。保科くんがこんな風になっているのは呪いの効果なのだ。
それを聞いて納得するのと同時に、胸に重たいものが落ちる。石畳の床を蹴って授与所から遠ざかった。保科くんも私にあわせてゆっくりと歩き出す。
「保科くんは嫌じゃないの? こんな風に呪いに感情を操られるなんて」
「思うところが無いわけじゃありませんが、俺はわりとこの状況を楽しんでいますよ。こんなことがなければ、こうやって先輩と京都を歩くことも無かったでしょうし」
「それはまぁ、そうだろうね」
今までなら、保科くんと一線を越えてしまうなんて考えられなかった。保科くんが呪われなければ、この先もきっと、ただの先輩後輩の関係のままだっただろう。
「こんな事が起きなければ、先輩は俺を男として意識してくれなかったでしょう?」
「え、そっち? どっちかといえば、保科くんが私を口説いてくる方が驚きなんだけど」
「そうですか? 先輩のことは前から良いと思っていましたよ」
「え……?」
それはまさか、呪いにかかる前の話だろうか。一瞬ドキリとしたが、保科くんの態度を思い出して疑いの目を向ける。
「嘘だぁ。いつも馬鹿にしてたくせに」
「そうですね。でも、俺が何を言っても先輩は笑って流してくれたでしょう? 俺はすぐに言い過ぎてしまうので、そういうの、助かっていました」
それは、保科くんの本心なのだろうか。もしかしたら、呪いのせいでそんな気がしているだけかもしれないが、そんな風に思っていてくれたなら嬉しい。
「先輩は年下は嫌いですか? 俺じゃあやっぱり、先輩の恋愛対象になれません?」
「保科くん。そういうの、困るよ」
「困ってくださいよ。先輩を俺のことでいっぱいにして、もっと困ってください」
よくもまぁ、そんな台詞を恥ずかしげもなく言えるものだ。あまりに恥ずかしくて立ち止まって顔を真っ赤にすると、保科くんは突然私を抱きよせた。背中に保科くんの腕が回って距離が近くなる。
「赤くなった先輩、すごく可愛いです。もっと俺を意識してください」
「保科くん!」
耳元で囁かれて、私は腕をつっぱってどうにか保科くんを引き剥がす。今の保科くんは本当に攻撃力が高い。こんな風にされたら、心臓が壊れてしまいそうだ。
「公共の場所でそういうことしないの!」
「公共の場所じゃなかったら良いんですか?」
「それは……」
それでもダメだと言うべきなのに、拒絶の言葉が出てこない。すぐに否定しない私をどうとらえたのか、保科くんが私の腕を掴んでぐんぐんと速足に歩き始めた。
「保科くん、どうしたの?」
「我慢できなくなりました。先輩、早くホテルに行きましょう?」
「ホテルって……」
この流れは、そうなのだろうか。またしても、保科くんとそういうことをしてしまうのか。
掴まれた腕から、熱が全身に伝わってくるみたいだ。心臓がドクドクと早くなる。
恋人でもないのに、ましてや保科くんが呪われているという状況で、こんなこと良いはずが無い。そんなことは百も承知しているのに、私は保科くんを止める言葉を紡ぐことができなかった。
「思ったんだけど、やっぱり、私達も簪の持ち主のことを調べようよ」
「調べるっていっても、どうするつもりですか?」
もちろん、私たちはそういった調査に慣れていない。だけど、私達だからこそできる調べかたがあると思うのだ。
「簪を手掛かりにして、情報を集められないかって思うの。ほら、これってべっ甲でしょ?」
べっ甲はタイマイというウミガメの甲羅を加工して造った素材で高級品だ。特にあめ色をした白甲は、甲羅のごくわずかな白い部分を重ね合わせて作るため希少価値が高い。すべてが白甲で作られた本べっ甲であれば、数十万から中には数百万する品物もある。現在気軽に買えるべっ甲製品はほとんどがべっ甲張りで、べっ甲以外の素材の上にべっ甲を張った品なのだ。とくに貧富の差が激しい大正時代では、庶民が気軽に買える品物ではなかったはず。
しかもこの簪は婚礼用の特別なものではなく、普段使いにできる形をしている。この簪が白甲の本べっ甲であれば、この送り主はかなりの富豪……もしかしたら、財閥や華族階級だった可能性もある。それでも特定の人物を探すのは大変だが、財閥や華族階級の人間であればまだ名前が残っているかもしれない。
「でも、送り主が庶民なら擬甲の可能性もありますよね」
擬甲は高級なべっ甲を模して造られた代替品だ。当時、べっ甲は人気製品であったので、江戸時代の中頃あたりから擬甲が作られ始めた。本物そっくりなものから、卵を使ったもの、セルロイド製のものまで様々だ。
「ちらっとしか見てなかったもんね。しっかり鑑別してみようか」
「鑑別するって、ここでですか?」
喫茶店を見回して私は首を左右にふった。鑑別をするには、一度簪を取り出さなければならない。そうすれば、保科くんの呪いが強くなるはずだ。
「流石にここではまずよね。どこか、落ち着ける場所でかな」
「じゃあ、ホテルでもとりますか。店長も呪いを解くのが最優先だと言っていましたし、一泊しても怒られないでしょう」
たしかに、今から東京に戻ってもかなり遅くなってしまう。私は保科くんの案に頷いた。思いがけず京都に一泊することになり、今からでも泊れるホテルを探す。
「あ、ここ良くないですか? 今の場所からも近いですし。京都っぽいですよ」
保科くんがスマホの画面を私に見せてくる。覗き込むと、ベッドルームに和室が併設された京都らしい部屋が映っていた。当日予約も可能らしい。
「カップルプランって書かれてるけど。同室にするつもりなの?」
「まさか、二部屋とるつもりですか? 勿体ないですよ」
「常識的に考えて、職場の同僚で男女なら別室だよね?」
「今さらそんなことを言いますか。呪いが解けるまでの間、つきあってくれる約束ですよね」
保科くんの言うつきあうの範囲には、身体の関係も含まれているらしい。
嫌なわけではない。昨日も受け入れたのだし、抵抗しても今さらだという気もある。だけども、それを当然と思ってしまうのはまずいだろう。嫌というわけではないが、今の保科くんは呪われているのだ。この関係に慣れてしまっては、呪いが解けたときに辛くなる。
私が葛藤している間に、保科くんはスマホをタップして予約ボタンを押してしまった。
「もう予約しちゃいましたから。抵抗しても無駄ですよ」
「え、予約しちゃったの?」
「しちゃいました。なので、諦めて下さい」
保科くんは悪びれた様子もなくそういうと、立ち上がった。
「今日はもう、することもありませんよね。残った時間、デートしませんか?」
「デートって……」
「デートに抵抗があるなら京都観光でもいいですよ。そんなに時間はないので遠くへはいけませんが、八坂神社とか結構近かったと思います。行ってみませんか?」
甘い誘いにぐらりと心が揺れる。そんなことをしている場合ではないと思うけれど、せっかく京都まで来たのだからという心がせめぎ合う。
「お守りを買うってことでどうです? 気休めですが、効果があるかも」
「病気平癒のお守りでも買う?」
呪いは病気に含まれないかもしれないので、健康祈願の方がいいだろうか。私がそんなことを考えていると、保科くんは挑発するようににやりと笑った。
「俺としては、恋愛成就のお守りがいいですね」
「恋愛してるの?」
「ずいぶんと分かりやすくアピールしているつもりなんですが、それ、ボケてます?」
保科くんにじろりと睨まれて、私は首をすくめた。鈍感を気取っているわけではない。だけども、今の保科くんの言動がどれだけ本心からのものか測れないのだ。
「成就しちゃったら、のちのち困るでしょうが」
「困りませんよ。だから、先輩も安心して俺に惚れて下さい」
蠱惑的に微笑まれて、私は返答に困った。
はいはいと、戯言だと流せばいいのに、段々と出来なくなってきている。席を立ちあがると、保科くんは当然のように私の手を取った。私はその手を振り払うこともなくレジへ向かう。
鴨川を超えると華やかな南座の建物が見えた。どこまでも真っすぐな道は実に京都らしい。平日だからか四条通は人通りがまばらであった。土産物屋や抹茶のスイーツを扱う喫茶店、ちりめん雑貨の店などを興味深げに見ながらしばらく歩くと、八坂神社の真っ赤な西楼門が見えた。観光地なだけあって、外国人の姿が多い。若いカップルが浴衣を着て歩いていた。私達もはたから見ればカップルに見えているのだろうか。
「いいですね、浴衣。夏らしくて」
「浴衣なんてもう何年も着てないな。最後に着たのなんて、学生のとき?」
「お祭りとかですか?」
「花火大会だよ。人が多くて、浴衣で行ったの後悔した」
「へぇ……」
保科くんは少し低い声で相槌を打つと、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「なんか、機嫌悪い?」
「先輩がそんなお洒落をして、誰と花火に行ったのかと思うと、嫉妬しました」
子どもっぽく拗ねる保科くんを見て、私はちょっと笑う。
「何年も前のはなしだよ?」
「否定はしないんですか。へぇ、ふぅん」
本当は、花火大会に行ったのは女友達とだ。だけど、嫉妬する保科くんが可愛く見えたので、それは黙っておくことにする。
「俺も見たいです、先輩の浴衣姿」
「機会があればね」
「それって、場を濁す常套句ですよね。今日、着てください」
「無茶言わないでよ」
「ホテル、温泉があるらしいですよ。浴衣があるかもしれません」
カップルプランを予約するだけでなく、そんなところまでチェックしていたのか。ちゃっかりしているなぁと思わず笑ってしまう。
八坂神社の中を進んで、提灯がたくさんぶら下がった舞殿を横切る。南楼門の隣にある授与所には、たくさんの絵馬がかけられていた。
「せっかくですし、お守り買いますか?」
「御神札おふだとかもあるみたいだよ。こっちの方がなんとなく効果が高そうじゃない?」
「でも、こういうのって家とかに貼るやつじゃないですか。持ち歩くには邪魔ですよ」
やいのやいのと言いながら、結局保科くんは身守りと書かれた一般的なお守りを購入したようだ。男性らしい青いお守り袋を取り出して、しげしげと見つめる。
「どう、呪いに効果あった?」
「こころなしか、よくなったような気がしなくもないですね」
「つまり?」
「プラシボ効果は期待できるかもしれません」
まあ、そういうものだろう。お守りで簡単に厄が無くなるのであれば、神社はもっと儲かっているはずだ。もしくは、流石のお守りもこんな呪いは想定外なのだろう。私がそんなことを考えていると、保科くんはポケットからごそごそと袋を取り出した。
「はい、どうぞ」
保科くんはそういって、私の手の平にその袋を置く。見れば、それもお守りだった。保科くんの持っているものと色違いで、こちらも身守りと書かれている。
「え、私に?」
「先輩だってあの簪に触っているんです。何かあるかもしれないでしょう?」
たった今、呪いに効果が無かったと言われたお守りを渡されて、なんとなく複雑な気分になる。
「プラシボ効果は期待できるんだっけ?」
「まぁ、口実ですよ。先輩とお揃いのものが欲しかったんです」
ずいぶんと可愛いことを言われて、私は思わずお守りを強く握った。小さな布の塊が、急にキラキラしてみえた気がして、恥ずかしくなって慌ててお守りを鞄につっこむ。
「……さらっと、そういうことしないでよ」
「恋愛成就のお守りじゃないだけ、分別は発揮していますよ」
「保科くんって草食系に見えるのに。案外、ぐいぐいくるんだね」
「呪いの効果じゃないですかね。普段の俺なら、ここまで積極的になれませんよ」
「ふーん。まあ、そうだよね。呪われてるもんね」
ああ、やっぱり。保科くんがこんな風になっているのは呪いの効果なのだ。
それを聞いて納得するのと同時に、胸に重たいものが落ちる。石畳の床を蹴って授与所から遠ざかった。保科くんも私にあわせてゆっくりと歩き出す。
「保科くんは嫌じゃないの? こんな風に呪いに感情を操られるなんて」
「思うところが無いわけじゃありませんが、俺はわりとこの状況を楽しんでいますよ。こんなことがなければ、こうやって先輩と京都を歩くことも無かったでしょうし」
「それはまぁ、そうだろうね」
今までなら、保科くんと一線を越えてしまうなんて考えられなかった。保科くんが呪われなければ、この先もきっと、ただの先輩後輩の関係のままだっただろう。
「こんな事が起きなければ、先輩は俺を男として意識してくれなかったでしょう?」
「え、そっち? どっちかといえば、保科くんが私を口説いてくる方が驚きなんだけど」
「そうですか? 先輩のことは前から良いと思っていましたよ」
「え……?」
それはまさか、呪いにかかる前の話だろうか。一瞬ドキリとしたが、保科くんの態度を思い出して疑いの目を向ける。
「嘘だぁ。いつも馬鹿にしてたくせに」
「そうですね。でも、俺が何を言っても先輩は笑って流してくれたでしょう? 俺はすぐに言い過ぎてしまうので、そういうの、助かっていました」
それは、保科くんの本心なのだろうか。もしかしたら、呪いのせいでそんな気がしているだけかもしれないが、そんな風に思っていてくれたなら嬉しい。
「先輩は年下は嫌いですか? 俺じゃあやっぱり、先輩の恋愛対象になれません?」
「保科くん。そういうの、困るよ」
「困ってくださいよ。先輩を俺のことでいっぱいにして、もっと困ってください」
よくもまぁ、そんな台詞を恥ずかしげもなく言えるものだ。あまりに恥ずかしくて立ち止まって顔を真っ赤にすると、保科くんは突然私を抱きよせた。背中に保科くんの腕が回って距離が近くなる。
「赤くなった先輩、すごく可愛いです。もっと俺を意識してください」
「保科くん!」
耳元で囁かれて、私は腕をつっぱってどうにか保科くんを引き剥がす。今の保科くんは本当に攻撃力が高い。こんな風にされたら、心臓が壊れてしまいそうだ。
「公共の場所でそういうことしないの!」
「公共の場所じゃなかったら良いんですか?」
「それは……」
それでもダメだと言うべきなのに、拒絶の言葉が出てこない。すぐに否定しない私をどうとらえたのか、保科くんが私の腕を掴んでぐんぐんと速足に歩き始めた。
「保科くん、どうしたの?」
「我慢できなくなりました。先輩、早くホテルに行きましょう?」
「ホテルって……」
この流れは、そうなのだろうか。またしても、保科くんとそういうことをしてしまうのか。
掴まれた腕から、熱が全身に伝わってくるみたいだ。心臓がドクドクと早くなる。
恋人でもないのに、ましてや保科くんが呪われているという状況で、こんなこと良いはずが無い。そんなことは百も承知しているのに、私は保科くんを止める言葉を紡ぐことができなかった。
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コメント
大江戸ウメコ
読んでくださってありがとうございます!今回はデート回でした。
呪われているのをいいことに、ガンガン押していきます!
asami
京都観光めちゃくちゃ素敵でした。早く呪いが解けて欲しいような、もうしばらくこんな保科くんを見ていたいような。すごくキュンキュンしてます。毎日の楽しみです、ありがとうございます!