神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~
京都にて(1)
保科くんの家に寄って、彼の身支度を整えてから店へと向かった。
神島古物商店は神田駅から少し離れた場所にある、少し古びた雑居ビルのテナントを借りている。ビルの隣は月極の駐車場になっていて、そのうち三つをうちが使っているのだ。薄くなった白線を見ながら保科くんは器用に一度で軽トラを停めた。車から降りるとまだ朝だというのに蒸し暑い。アスファルトの照り返しが肌を焼き、見える場所に木なんてないのに、遠くの方でセミが名残りを惜しむように鳴いている声がした。
表にある年代を感じる洋食屋、その隣のガラス戸を開けて中へ入る。銀色の無機質なエレベーターで三階に上がると、神島古物商店に到着だ。店名のステッカーが張られたガラス扉を開けると、カランと小さくベルが鳴った。
ドアの向こうは小さな待合室と買取りカウンター。うちは買取り専門なので、店での販売は行っていない。右手には大きな取引のための相談室があり、カウンターの奥はデスクが並んだ事務所になっていて、買い取ったばかりの品や鑑定中の品がそこかしこに置かれている。四階も神島古物商店が借りているが、そっちは倉庫としてつかわれているので今は割愛する。
「おはよう、三枝さん、保科くん。二人そろってなんて珍しいね」
カウンターのずっと奥のデスク、買取り品の腕時計を磨いていた店長が、そろって店に入ってきた私達を見て目を丸くした。温和な雰囲気のある彼は、名前を神島鷹志といって、この神島古物商店の二代目だ。といっても店長はかなり若くにこの店を継いだらしく、前の店長に私は会ったことがない。年はまだ三十半ばの働き盛り。癖のついたくしゃっとした髪はなんとなく愛嬌があって親しみやすい。
店長をしているだけあって、うちの店で一番の目利きだ。
「おはようございます。昨日電話で報告した件で色々とありまして」
「ああ、例の簪だったっけ。それは持ってきたの?」
店長は立ち上がってカウンターへと歩いてきた。保科くんが鞄にしまってあった桐箱を取り出して、カウンターの上に置く。相変わらず桐箱からは黒いモヤが滲んでいるように見えた。
「中を見ても良い?」
「できれば箱を開けるのは止めて欲しいですね。呪いが強くなるみたいなので」
昨日、蔵で暴走したときのことを思い出してか、保科くんが待ったをかけた。この場でいきなり保科くんに襲い掛かられたらたまらない。私もぶんぶんと首を縦にふって、開けない方が良いと後押しする。
「そっか。じゃあ、中を見るのはやめておこうかな」
「私の目には、その箱から黒いモヤが出ているように見えるんですが、店長には何か見えていますか?」
保科くんに繋がったモヤは、保科くんには見えていないらしい。店長はどうだろうかと思って訪ねると、彼は首を左右に振った。
「残念ながら、僕には何も見えないみたいだね。三枝さんってもしかして霊感とかあるタイプ?」
「まさか。こんな経験、今回が初めてですよ」
今まで幽霊なんて見たことはないし、オカルトな現象に遭遇したのも初めてだ。霊感があるどころか、こういった超常現象についても半信半疑といった様子だったのに。
「三枝先輩も被害者みたいなものなので、もしかしたらその関係で見えているのかもしれません」
「被害者? 呪われたのは保科くんなんだよね?」
「そうなんですけど、その場に居合わせたからか、三枝先輩も少し関係しているんです」
保科くんは細かい部分はぼかしながらも、私から離れると具合が悪くなってしまうということを店長に伝えた。事情を聴き終わって、店長は目を瞬いて私と保科くんの顔を交互に見比べる。
「なるほど。え、ってことは何? 一緒に出勤してきたのってそういうこと?」
「変な勘ぐりはやめてください。あくまで俺の体調を優先して、三枝先輩がつきそってくれただけです」
「ほぉ、へぇ。なるほどねぇ」
店長は保科くんの顔をみてにやにやと笑う。実際、やましいところがある私は気が気ではない。できるだけポーカーフェイスを意識して唇をひき結んだ。
「笑い事じゃありませんよ。実際、離れすぎたら身体が動かなくなって倒れてしまう可能性があります。なので、呪いが解けるまで仕事は先輩とペアで動けるよう配慮してください」
「そりゃあ構わないけど。でも、どのくらい離れると問題が起きるの?」
「近ければ近いほど楽ですが、五十メートルくらいまでは大したことはありません」
「良かった。じゃあ、ひとりでトイレも行けないといような事態ではないんだね」
トイレ休憩のたびに保科くんにつきそわれるところを想像して、私はげっと舌を出した。そんなことにならずに済んで良かったのは、不幸中の幸いかもしれない。
「とはいっても、従業員がそういう状態っていうのは見過ごせないよね。仕事中の事故でもあるし。二人とも直近で何の仕事が入っていたっけ?」
「私は今週いっぱい店舗勤務ですね」
「俺は明日、出張買取がありました」
私たちが答えると、店長はスケジュール帳を取り出してパラパラと開いた。
「店は僕が対応するよ。で、明日の保科の買取は別の人間に行ってもらう。だから二人とも、まずその呪いをどうにかすることを優先して」
店長はパタンとスケジュール帳を閉じると、ごそごそと自分のデスクを探り始めた。引き出しから小さな黒い名刺ファイルを取り出して何かを探すと、その中の一ページで手を止める。
「ああ、あった。これだ」
店長はファイルから一枚の名刺を抜き取って、テーブルの上に置いた。
「霊媒師、門崎心太?」
名刺に書かれた名前を読み上げて、私と保科くんは顔を見合わせた。
「霊媒師って、信用できるんですか?」
「僕もね、前に厄介な品に当たったことがあるんだ。そのときに助けてくれた人なんだよ。アポとってみるね」
そう言って店長は名刺にかかれた番号に電話をかけた。電話の相手に私たちの事情を話してから、何度も頷いている。
何事かの約束を取りつけて通話を切って、店長は私たちに向き直った。
「相談に乗ってくれるって。良かったね」
「それじゃあ俺たちは、今からその人のところに向かえばいいんですかね?」
「うん。出張費は店から出すし、時間がかかりそうなら明日の業務は気にしなくていいから。呪いを解くことを優先しておいで」
「出張費?」
私は目を丸くしてから改めて名刺を見る。名刺に書かれていた住所は、京都であった。
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