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恋の始め方間違えました。

森野きの子

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 あの日は翌日、自分の部屋からサロンに出勤した。
 気まずい休日から二日も経った。アロマセラピー検定の試験日が近づいているのもあり、真壁さんには勉強に集中したいと伝えて以降、連絡をとっていない。

 私自身、自分を持て余している。ここまできて、真壁さんとの結婚を躊躇うなんて。
 最愛の人だと思っている。これ以上、誰かを好きになることはない。そう信じているのに。
 怖いのだ。私と結婚して後悔されるんじゃないかと。三十路すぎの女より、二十三歳の女の子の方が前途有望に決まっている。子供だってすぐに出来るかもわからない。
 相手がどんな女の子か分からないけれど、議員のお嬢様ならデメリットが見つからない。
「溜息ばかりついてると幸せが逃げるよ」
 オーナーに注意されて、慌てて口を閉じた。
 店の掃除を終わらせて、洗濯済の施術用のタオルやカバー類を干して、ベッドの消毒をする。予約を確認してホットタオルやベッドに敷くタオルやペーパーショーツの準備をする。あとは、開店とお客様のご来店を待つだけ。まだ三十分ほどある空き時間に、ハーブティーをいれてもらった。
「どうしたの? 涼子さん。具合悪い?」
「いえ、大丈夫です。昨夜夜更かししてしまって……。すみません」
「来週だったよね。アロマセラピー検定」
「はい」
「勉強捗ってる?」
「はい」
 アロマテラピー検定は、1級でも周囲にアドバイスができるレベルの資格だ。
 アロマテラピー検定1級の資格を取得することにより、アロマ関係の仕事ができる上位資格へとつなげることができる。
 上位資格には、アロマテラピーアドバイザー、アロマテラピーインストラクター、アロマセラピストなどがあり、それぞれの資格を取得することで、活躍の場を広げることができる。
 アロマテラピーアドバイザーの資格を取得することで、アロマ関連のショップで商品の販売やアドバイスを行うのに役立つ。アロマテラピーインストラクターの資格を取得すれば、アロマテラピーの実践方法を一般の人に教える先生として活動する仕事に役立つ。アロマセラピストの場合は、アロマテラピートリートメントの技術を合わせて習得することで、アロマサロンなどで仕事をするのに役立つといった塩梅だ。
 試験は、「筆記テスト」と実際に精油の香りを嗅いで精油名を答える「香りテスト」で構成され、筆記テストは全問マークシート方式で、1級の試験では2級と比較して出題範囲が広くなり、問題数も2級が55問に対して1級は70問。出題される精油の数にも違いがある。2級は、筆記テスト・香りテストともに10種類。1級は、筆記テストで30種類、香りテストで17種類もの精油について出題される。
 必ず持っていなければドレナージュのセラピストになれないわけではないけれど、このサロンではアロマオイルを取り扱う施術、アロマセラピートリートメントを行っているので、アロマセラピストの資格を取得するために必要と言える。精油について勉強しておけば、人によっては禁忌となる精油もあるので、知識は必要不可欠だ。

 そうだ。試験勉強に集中しなくちゃ。

 それが、ただの逃げとわかっていながら、私は心の中で自分に言い聞かせた。
 いつ、どうなるかわからない。拭いきれない不安に焦り、どんどんマイナス思考の迷路に迷い込んでいくようだった。

 真壁さんが言うように、指輪をして籍を入れて一緒に暮らし始めればいいのかもしれない。
 そうしたら不安もなくなるのだろうか。

 やはり答えは出ない。

 ハーブティーを飲み終えて、片付けたら、ちょうど予約のお客様がいらっしゃった。まとまりのない思考を追いやり、仕事に集中した。
 施術を始めれば、その時間は、他に何も考えずにすむ。
 指先から伝わるコリやハリをほぐすように撫でて繰り返していくうちに、相手の身体が緩んでいくのを感じる。
 五十代の主婦の方で、よほど疲れているのか、開始10分も経たず寝息が聞こえてくる。

 五年以内には、自分のサロンを持ちたい。初めはアパートの一室から始めて、そのうち……。

 そんな未来の予想図は、自信が持てずフラフラしている私の命綱のようだ。

 もっと技術を磨こう。この不安を忘れるくらい。真壁さんが私の元を去ったとしても、仕事があれば生きていけるから。

 こんなことを考えてしまう自分が嫌だ。
 本当は、もっと素直に、余計なことを考えず、彼の腕に甘えていたい。けれど、甘えきってしまったあとにその居心地のいい場所を失ってしまったら、今度こそ立ち直れない。

 どうして、私はこんなにも身勝手なのだろう。

 今回の話も、ただ真壁さんの誠意なのに。
 この後ろ向きは、あのキャバクラで散々若さに淘汰されてきた結果かもしれない。
 そもそも二十代のお嬢さまがどこまで真壁さんを気に入っているかもわからないじゃないの。
 と、すこし前向きな私が出現する。

 でも、生半可な気持ちで、年頃の娘さんが、わざわざ父親のツテを使ってまでアプローチなんてするだろうか。
 でた、後ろ向きな私。

 ミーハーなお嬢さんが一過性のおじさま萌えで盛り上がっているだけなのかもしれない。
 私のポジティブはここまでだ。

 可愛らしいお嬢さんに好意を向けられ満更でもない真壁さんなんて見たくないのに想像して落ち込んでしまう。

 それにしても私ときたら、本当に真壁さんのこととなると、めっぽうダメ女だ。

 半日があっという間に過ぎ、早めにお客様がはけたので、夕方には上がれた。
 帰りに駅のカフェに寄り、一休みしていると、スマホのメッセージアプリの通知がきた。
 開いてみると真壁さんからで、調子がいいと自覚しつつ、会いたいと言ってくれるのを期待した。

『今夜、件のお嬢さんと会食に行ってくる。約束通り振られたら慰めてくれ。涼子に会えないのは寂しい』

 前半の文章で軽いショックを受けたものの、後半でかなり癒された。
 
 そうだ。真壁さんが私を裏切るわけがない。

『その時は連絡ください。飛んで伺います』

 送信して、思わずスマホを胸に抱いてしまう。

『こちらから行くよ』

 と、即返信。本当は彼の部屋で待ちたかったけれど、試験前なので自宅待機することにした。

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