恋の始め方間違えました。
78
「もし、子供ができなかったらどうします?」
「その時はその時で養子を貰ったり、二人で好きに暮らすのもいいんじゃないか?」
「そして倦怠期には益子を巻き込むんですね」
「まさか本気に?」
「どうしてそこでボケ倒してくれないんですか!」
「織部が云うと洒落にならん」
「ひどい!」
「それはそうと飯はどうする」
真壁さんは苦笑しながら話を変えた。
「三人だったら焼肉ですけど、二人なら食い気より色気ですね」
「言うじゃないか」
「まっすぐ帰りましょう。寂しくお茶漬けでもいかがです?」
「正直なところ焼肉よりそっちがいい」
悪巧みするように微笑み交わし、手を重ねる。もちろんキスはしない。
しばらくしてアパートに着き、タクシーから降りた。鍵を開けていると、真壁さんは少し離れた距離に立っていた。
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
「本当ですか?」
部屋の中に入って、何も仕掛けてこない手に不安を覚えて、指を握ると、ゆっくりと手繰り寄せるように抱きしめられた。
「真壁さん……」
逞しい腕と胸板に抱き留められ、なんだかようやく人心地ついた。
「……もう、離れなくていいんだよな」
「ええ。私という女がどれほど良いものかわかりませんけど」
「それなら俺という男がどれほど良いかだってわからない」
「私はこの世で一番だと思ってます」
「俺だって」
唇に触れるだけのキスを交わして、靴を脱いだ。お風呂の準備をして、上着やネクタイを預かって衣紋掛けにかけて、とりあえず寛いでもらうために、お茶でも淹れることにした。
緑茶のはいった湯呑みをテーブルに置くと、ありがとうと云って、一口飲んだ。彼の落ち着いた雰囲気が好ましい。
「あの。」
「うん?」
「愛してるって、言ってもらえませんか?」
「そんな詐欺師やペテン師でも吐ける言葉、言いたくない」
「ひどい」
「しっくりこないんだよ」
「まだ言ってもないのに、先入観だけで決めつけるなんて愚かしいと思いませんか?」
「薄っぺらい響きだ。“愛してる”なんか」
と、吐き捨てるように云って、私を見た。
「そんなに睨むなよ」
「どうしてそんな言葉一つくらいくれないんですか?」
「だから、言ってるだろ。薄っぺらくて胡散臭いからだ」
「私は真壁さんを愛してます。これも薄っぺらくて胡散臭いですか?」
「いいや、可愛い」
真顔でいうからこっちが恥ずかしくなる。
「だったらどうして」
「織部が云うと可愛い。俺が云うと胡散臭い」
「それは言われた私が決めることです」
真壁さんは再び湯呑みを口に運び、喉を潤すと、テーブルに置いて、なにか思案するように視線を動かし、額に手を当てた。
そんなに嫌なの?
ふと、手を取られて、視線が合う。
「涼子。愛してる」
今まで感じたことのない気恥ずかしさが一気に全身を駆け巡り、歓喜で体が震えた。
「詐欺師でもペテン師でもいいです」
「馬鹿言うな」
「薄っぺらくも胡散臭くもないです。ただただ嬉しいです」
「そうか」
「恭一さん」
「んんっ……。うん?」
咳払いをしながら、右手で顔を撫でるような仕草をする。
「名前を呼ばれるのって結構くるな」
「そうですね」
横座りで肩にもたれかかると、肩や背中を優しく撫でられた。私は、恭一さんの空いているほうの手を両手で握り、長い指や形のいい爪を慈しみを込めて揉んだり撫でたりした。指の一本、爪のひとつまできれい。私の手遊びを眺めて黙っている。だんだん、ただの手のひらマッサージみたいになってしまうけれど、なんなら気持ちよくさせたい。つるつるした爪や骨張った指を夢中になって弄っていると、肩を抱いていた手が親指による指圧に変わった。
「あ……。気持ちいいです」
「だいぶこってるな」
なんだか流れで恭一さんの胡座の上に座らされ、肩の指圧を受けることになってしまったのだけれど、こんなことをしてもらっていいのか困ってしまう。
「あの……、いいんでしょうか?」
「痛い?」
「いいえ。気持ちいいです」
「ならよかった」
ぐーっと指の腹の圧が、こりの中枢を押し当てる度に、ズーンと響く。強さも長さも絶妙で、ぞくぞくと肌が粟立つ気持ちよさだ。じんわりと肩周りが温かくなってきた。
「マッサージお上手ですね」
「よくやらされたからな」
「お母様に?」
「そう。あとは着付け。着物着たいならいつでも着せてやれるぞ」
「すごいですね。私はできません。着物も持ってないですし」
「そうか。なら明日とくに予定もないし、着物でも見に行くか」
「ええ? 恭一さんは着物持ってらっしゃるんですか?」
「お客さんに誘われて相撲や歌舞伎を観に行くときにな。着ていくと、存外ウケが良いんだ。特に年配の女性から」
でしょうね。気づいていらっしゃらないようだけど、絵面はそれこそ若いツバメと老いらくの恋でしょうし。相当絵になるに違いない。想像して思わず胸が熱くなる。
「そうなんですか。いいですね。着物で一緒にお出かけしてみたいです」
「これからいくらでもできる。楽しみだな。きれいだろうな。涼子は色が白いから」
この人、糖度も高い。肩にキスが落とされ、ウエストの辺りに腕が巻きついた。
大事に、柔らかく、宝物を撫でるように扱われて、なんだか緊張してしまう。
「嫌か?」
耳朶を声で擽られ、すっかり好い気持ちにさせられる。
「嫌なことなんて、一つもありませんよ」
「そうか。なら、よかった。」
「ただ、なんだか、少し、恥ずかしいといいますか。くすぐったいといいますか」
「そのうち馴染むさ。馴染んで離れられなくなればいい」
これは果たして、熱情の口説か、はたまた悪魔の囁きか。私はようやく始まる恋の熱に浮かされて、彼の腕に落ちるのだ。
「その時はその時で養子を貰ったり、二人で好きに暮らすのもいいんじゃないか?」
「そして倦怠期には益子を巻き込むんですね」
「まさか本気に?」
「どうしてそこでボケ倒してくれないんですか!」
「織部が云うと洒落にならん」
「ひどい!」
「それはそうと飯はどうする」
真壁さんは苦笑しながら話を変えた。
「三人だったら焼肉ですけど、二人なら食い気より色気ですね」
「言うじゃないか」
「まっすぐ帰りましょう。寂しくお茶漬けでもいかがです?」
「正直なところ焼肉よりそっちがいい」
悪巧みするように微笑み交わし、手を重ねる。もちろんキスはしない。
しばらくしてアパートに着き、タクシーから降りた。鍵を開けていると、真壁さんは少し離れた距離に立っていた。
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
「本当ですか?」
部屋の中に入って、何も仕掛けてこない手に不安を覚えて、指を握ると、ゆっくりと手繰り寄せるように抱きしめられた。
「真壁さん……」
逞しい腕と胸板に抱き留められ、なんだかようやく人心地ついた。
「……もう、離れなくていいんだよな」
「ええ。私という女がどれほど良いものかわかりませんけど」
「それなら俺という男がどれほど良いかだってわからない」
「私はこの世で一番だと思ってます」
「俺だって」
唇に触れるだけのキスを交わして、靴を脱いだ。お風呂の準備をして、上着やネクタイを預かって衣紋掛けにかけて、とりあえず寛いでもらうために、お茶でも淹れることにした。
緑茶のはいった湯呑みをテーブルに置くと、ありがとうと云って、一口飲んだ。彼の落ち着いた雰囲気が好ましい。
「あの。」
「うん?」
「愛してるって、言ってもらえませんか?」
「そんな詐欺師やペテン師でも吐ける言葉、言いたくない」
「ひどい」
「しっくりこないんだよ」
「まだ言ってもないのに、先入観だけで決めつけるなんて愚かしいと思いませんか?」
「薄っぺらい響きだ。“愛してる”なんか」
と、吐き捨てるように云って、私を見た。
「そんなに睨むなよ」
「どうしてそんな言葉一つくらいくれないんですか?」
「だから、言ってるだろ。薄っぺらくて胡散臭いからだ」
「私は真壁さんを愛してます。これも薄っぺらくて胡散臭いですか?」
「いいや、可愛い」
真顔でいうからこっちが恥ずかしくなる。
「だったらどうして」
「織部が云うと可愛い。俺が云うと胡散臭い」
「それは言われた私が決めることです」
真壁さんは再び湯呑みを口に運び、喉を潤すと、テーブルに置いて、なにか思案するように視線を動かし、額に手を当てた。
そんなに嫌なの?
ふと、手を取られて、視線が合う。
「涼子。愛してる」
今まで感じたことのない気恥ずかしさが一気に全身を駆け巡り、歓喜で体が震えた。
「詐欺師でもペテン師でもいいです」
「馬鹿言うな」
「薄っぺらくも胡散臭くもないです。ただただ嬉しいです」
「そうか」
「恭一さん」
「んんっ……。うん?」
咳払いをしながら、右手で顔を撫でるような仕草をする。
「名前を呼ばれるのって結構くるな」
「そうですね」
横座りで肩にもたれかかると、肩や背中を優しく撫でられた。私は、恭一さんの空いているほうの手を両手で握り、長い指や形のいい爪を慈しみを込めて揉んだり撫でたりした。指の一本、爪のひとつまできれい。私の手遊びを眺めて黙っている。だんだん、ただの手のひらマッサージみたいになってしまうけれど、なんなら気持ちよくさせたい。つるつるした爪や骨張った指を夢中になって弄っていると、肩を抱いていた手が親指による指圧に変わった。
「あ……。気持ちいいです」
「だいぶこってるな」
なんだか流れで恭一さんの胡座の上に座らされ、肩の指圧を受けることになってしまったのだけれど、こんなことをしてもらっていいのか困ってしまう。
「あの……、いいんでしょうか?」
「痛い?」
「いいえ。気持ちいいです」
「ならよかった」
ぐーっと指の腹の圧が、こりの中枢を押し当てる度に、ズーンと響く。強さも長さも絶妙で、ぞくぞくと肌が粟立つ気持ちよさだ。じんわりと肩周りが温かくなってきた。
「マッサージお上手ですね」
「よくやらされたからな」
「お母様に?」
「そう。あとは着付け。着物着たいならいつでも着せてやれるぞ」
「すごいですね。私はできません。着物も持ってないですし」
「そうか。なら明日とくに予定もないし、着物でも見に行くか」
「ええ? 恭一さんは着物持ってらっしゃるんですか?」
「お客さんに誘われて相撲や歌舞伎を観に行くときにな。着ていくと、存外ウケが良いんだ。特に年配の女性から」
でしょうね。気づいていらっしゃらないようだけど、絵面はそれこそ若いツバメと老いらくの恋でしょうし。相当絵になるに違いない。想像して思わず胸が熱くなる。
「そうなんですか。いいですね。着物で一緒にお出かけしてみたいです」
「これからいくらでもできる。楽しみだな。きれいだろうな。涼子は色が白いから」
この人、糖度も高い。肩にキスが落とされ、ウエストの辺りに腕が巻きついた。
大事に、柔らかく、宝物を撫でるように扱われて、なんだか緊張してしまう。
「嫌か?」
耳朶を声で擽られ、すっかり好い気持ちにさせられる。
「嫌なことなんて、一つもありませんよ」
「そうか。なら、よかった。」
「ただ、なんだか、少し、恥ずかしいといいますか。くすぐったいといいますか」
「そのうち馴染むさ。馴染んで離れられなくなればいい」
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