話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

恋の始め方間違えました。

森野きの子

76

「ちゃんと、始めたいんです。あなたと」

「俺もだ」

 真壁さんの頬が緩む。可愛いなあ。私もきっと、間違いなくだらしない顔をしている。

 そして、真壁さんが顔を寄せ、私に耳打ちした。

「実を云うと、若いツバメはもうこない」

 驚いて、私は言葉も次げず、彼を見返すだけ。

「か弱い男たちは話し合いと少しの金で和解した」

「まさか……」

「物騒なことは何もない。どうしても気になるなら、彼に会いに行くか?」

「……いえ。結構です」

 私を探し当てたくらいだ。きっと造作もない。彼はなんでもないように柔らかな笑みを浮かべ、再びシャンパンを注ぐ。

「これでもう邪魔は入らない」

「そう、みたいですね」

「まだなにかあるのか」

 私は耳に唇を寄せ、小声で答える。

「この勤務時間が邪魔です」

「早退してしまえ」

 彼らしくない答えに思わず噴き出してしまった。
 やっぱりというか、去るものになるべく与えたくないらしい。別にいてもいなくても構わない扱いの私はすっかり自由の身になった。最後に私にしては珍しく分厚い封筒をもらい、衣装から着替えて裏口から出た。

 悪臭を放つ青いポリバケツや、謎のヘドロ。小さな飲み屋から漏れてくる悦に入った誰かのカラオケや酔っ払いの小競り合いやら、ホステスたちのかしましい笑い声、野良猫の喧嘩。掃き溜め特有の生命力みたいな熱気が湿気た空気となってまとわりついてくる。そうか。雨が降りそうなんだ。夜空はどんよりと雲が低くたれこめている。

 店の前に見映えのいいスーツ姿の男が二人。
「あ。来た」

 私に気づいて益子が手を振る。私も振り返す。

「さて。この後どうする?」

 真壁さんが言う。

「この後って。なんすか3Pのお誘いですか」

「ついに益子と兄弟の契りを交わす日が来るとは」

「やったな、織部。宮本武蔵じゃん」

「……えっと。どこからどこまでが冗談?」

 両サイドが壁みたい。真壁さんと益子を交互に見る。

「織部次第かな」

「人前でやんの初めてだから勃たなかったらごめんね?」

「俺も」

「これ、ボケ倒していくスタイルですか? そんなにしたいならお二人でどうぞ」

「久しぶりに三人揃ったの、嬉しくないか?」

 真壁さんが笑いながら言った。

「織部はそんなことより早く真壁さんと二人になりたいんだよな」

「ちょっとやめて! 人を薄情者扱いしないで」

「気持ちはわかるよ」

 真壁さんが慰めるような声で言った。

「恋の始め方間違えました。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く