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恋の始め方間違えました。

森野きの子

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「通報されるまでって……。水商売上がりの女にうつつを抜かしていてよろしいんですか、常務」

「それを云うなら、水商売上がりくらい、俺にはおあつらえ向きだろ。割れ鍋に綴じ蓋だ。むしろお前は俺のことより自分とご両親の心配をしたほうがいい。」

「私と両親の?」

「俺みたいな男にたぶらかされてていいのか?」

「私はいいです。それに少なくとも両親は、あの頃の私が如何に真壁さんを尊敬していたか知ってますし、離婚の原因はその日に電話で話しました。ホッとした半面、悔しくて母に愚痴ったんです。もちろん、栄転のことも」

「筒抜けなのか……。それはそれで、なんだかなあ……」

「すみません。あ。でも、異性として見ていたことは伏せてますよ?」

「伏せて、ねぇ。」

「まあ。正直、駄々漏れだったと思いますけども」

 真壁さんが笑う。

「五年前ならまだしも、私なんかより若くて可愛い子はたくさんいますよ」

「若いつばめなら季節かぜが変われば飛び去るだろうが、古い犬はそうはいかない」

「古い犬? 私のことですか?」

「違う。俺のことだ。若くもないが老犬とまでは老いぼれてないつもりなんでね」

「確かに」

「実を言えば、いますぐ俺のものになれとは思っていないんだ。もしかしたら長いかもしれないこれから先を一緒にいられるように、織部自身が納得した上で、俺に応えてほしい。」

 感極まって涙が出た。私はこんなにも思ってもらえる人間なのか。

「……私で……いいんでしょうか?」

「訊かなきゃわからないことか?」

「……聴かせてください」

「織部じゃないとだめなんだ」

「今死んでもいいです」

 人目も憚らず、涙が止まらない。こんな幸せなことがあるんだろうか。

「いや、死なれたら俺が困る。」

「死にませんけど。それくらい嬉しいんです」

「わかってるよ。じゃあ、またな」

「はい。」

 電話が終わって、急いで涙を拭った。

 不埒なくせに、私はなんて幸せなんだろう。同時に申し訳なくて、苦しくなった。浮かれてる場合じゃない。幸せの分、胸の中の鉛が重い。

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