恋の始め方間違えました。
62
月曜日は店休日で、火曜日は休みで、水曜日と木曜日、そして金曜日の出勤がラストというスケジュールになった。水曜日の時点で結愛ちゃんは私の凪いだ状態にすっかりご機嫌を直していた。
そして、木曜日。またいつものアイツと一緒に私をからかって遊ぶ。ヒステリックなくらいに高らかに嗤う彼女はちょっと空恐ろしい。何故こうも私を目の敵にするのか。三十路女に親でも殺されたのかしら。
「すごいのぉ~。凛花さん。」
甘ったるく語尾を上げながら、男の腕にすり寄る。
「シャンパン次々空けちゃってぇ。ボックス席で……ねえ?」
意味深に一瞥され、カッと全身が熱くなった。失態だ。死角だと思って油断して、いくら酔っていたからとはいえ、あんなこと許した私の落ち度だ。
「えー。なになに」
とやっぱり食いつかれた。最悪だ。
「やめて。結愛ちゃん」
「えー? なんでぇ~? 見せつけたかったんでしょ~。隠すことないじゃ~ん」
「お願い」
「なになに?」
「やめて」
結愛ちゃんはたっぷりと出し惜しみしながら、そいつに耳打ちする。血の気が引いて、羞恥心のあまり、感情が昂って、情けなくて涙が出てきた。
「はあ~~~? マジでぇ~~~? ババアのくせにやべえ! ババアきっしょーー」
高らかに嘲笑され、周りの視線が集まる。私は両手で顔を覆って項垂れるしかなかった。
「あっれーーーー? あれあれあれぇ?」
結愛ちゃんの隣の男よりさらにテンションの高い声がして、顔をあげる。
「小早川建設の阪上さんじゃないスか~~? ちょちょちょ、なにしてんスか、こんなところで~~~! いや、奇遇。私、ここ初めて来たんですけど、まさか、こんな偶然? いやー、最近コンペでぜんっぜんお見かけしないからどーしてらっしゃるかと思ってたんスよ~~!」
全員が呆気に取られていた。その男を案内していたユカリちゃんもポカンと隣を見上げている。
「あれ? 私のことお忘れ? 『貴方と街の、暮らしの基盤、藤和建設』益子佑典です~」
最近流れているTVCMのキャッチフレーズと共に懐から名刺を出して、クロスカウンターみたいな握手をする。阪上を負かせた契約のプレゼンは益子もいた。
「あ、いや、え。いや、存じてます。」
ぶんぶんと手を振られながら阪上 (忘れてた)が応える。
「その節はどうも。なんスか、うちの元社員の織部がこんなところまでお世話になっちゃってるんすね。あ、ここいっすか?」
「は、え。ど、どうぞ」
益子はユカリちゃんの肩をなめらかに引き寄せ、阪上と私の間に割って入る。
「再会を祝して、私にご馳走させてくださいよ。なに飲んでるんですか?」
「み、水割り……」
「あ、じゃあ、私も同じものを」
ユカリちゃんが側にあった財布に優しい庶民的なブレンドウィスキーのボトルを手に伸ばすと、益子がそれを制す。
「あ、いやいやいや。ユカリちゃん。ダメダメ。せっかくの再会なんだから、こんな安いやつじゃなくて、もっといいのない?」
「ありますよ~」
「じゃそれ持ってきて」
ユカリちゃんが席を立つと、益子はおしぼりを広げて手を拭き、阪上に向き直る。
「おかわりなく?」
「は、はあ、まあ……」
「でしょうね」
「はい?」
「見てすぐにわかりましたもん。ってゆーか、まさかほんと、こんなところでお会いするとは」
益子はひゃっひゃっと笑うと、阪上と私の背中を叩いた。
「昔自分が仕事で負けた女がこんなところで落ちぶれてるの見て、さぞかし嬉しかったんでしょうね。わかります。わかりますよ、阪上さん。あんたの小物感、すっげぇ顔に出てますもん。三十越えたら顔に出るって言いますよね。あれ、四十代でしたっけ? まあ、どっちでもいっすけど、本当なんですね」
ユカリちゃんがオールドパーを持って戻ってくる。水割りをセッティングしながら、場の空気の悪さを不思議そうに見ていた。阪上は顔を赤黒くさせてぶるぶる震えている。指が白くなるほど握りしめられた名刺には、『営業部長 益子佑典』と印字されていた。
そして、木曜日。またいつものアイツと一緒に私をからかって遊ぶ。ヒステリックなくらいに高らかに嗤う彼女はちょっと空恐ろしい。何故こうも私を目の敵にするのか。三十路女に親でも殺されたのかしら。
「すごいのぉ~。凛花さん。」
甘ったるく語尾を上げながら、男の腕にすり寄る。
「シャンパン次々空けちゃってぇ。ボックス席で……ねえ?」
意味深に一瞥され、カッと全身が熱くなった。失態だ。死角だと思って油断して、いくら酔っていたからとはいえ、あんなこと許した私の落ち度だ。
「えー。なになに」
とやっぱり食いつかれた。最悪だ。
「やめて。結愛ちゃん」
「えー? なんでぇ~? 見せつけたかったんでしょ~。隠すことないじゃ~ん」
「お願い」
「なになに?」
「やめて」
結愛ちゃんはたっぷりと出し惜しみしながら、そいつに耳打ちする。血の気が引いて、羞恥心のあまり、感情が昂って、情けなくて涙が出てきた。
「はあ~~~? マジでぇ~~~? ババアのくせにやべえ! ババアきっしょーー」
高らかに嘲笑され、周りの視線が集まる。私は両手で顔を覆って項垂れるしかなかった。
「あっれーーーー? あれあれあれぇ?」
結愛ちゃんの隣の男よりさらにテンションの高い声がして、顔をあげる。
「小早川建設の阪上さんじゃないスか~~? ちょちょちょ、なにしてんスか、こんなところで~~~! いや、奇遇。私、ここ初めて来たんですけど、まさか、こんな偶然? いやー、最近コンペでぜんっぜんお見かけしないからどーしてらっしゃるかと思ってたんスよ~~!」
全員が呆気に取られていた。その男を案内していたユカリちゃんもポカンと隣を見上げている。
「あれ? 私のことお忘れ? 『貴方と街の、暮らしの基盤、藤和建設』益子佑典です~」
最近流れているTVCMのキャッチフレーズと共に懐から名刺を出して、クロスカウンターみたいな握手をする。阪上を負かせた契約のプレゼンは益子もいた。
「あ、いや、え。いや、存じてます。」
ぶんぶんと手を振られながら阪上 (忘れてた)が応える。
「その節はどうも。なんスか、うちの元社員の織部がこんなところまでお世話になっちゃってるんすね。あ、ここいっすか?」
「は、え。ど、どうぞ」
益子はユカリちゃんの肩をなめらかに引き寄せ、阪上と私の間に割って入る。
「再会を祝して、私にご馳走させてくださいよ。なに飲んでるんですか?」
「み、水割り……」
「あ、じゃあ、私も同じものを」
ユカリちゃんが側にあった財布に優しい庶民的なブレンドウィスキーのボトルを手に伸ばすと、益子がそれを制す。
「あ、いやいやいや。ユカリちゃん。ダメダメ。せっかくの再会なんだから、こんな安いやつじゃなくて、もっといいのない?」
「ありますよ~」
「じゃそれ持ってきて」
ユカリちゃんが席を立つと、益子はおしぼりを広げて手を拭き、阪上に向き直る。
「おかわりなく?」
「は、はあ、まあ……」
「でしょうね」
「はい?」
「見てすぐにわかりましたもん。ってゆーか、まさかほんと、こんなところでお会いするとは」
益子はひゃっひゃっと笑うと、阪上と私の背中を叩いた。
「昔自分が仕事で負けた女がこんなところで落ちぶれてるの見て、さぞかし嬉しかったんでしょうね。わかります。わかりますよ、阪上さん。あんたの小物感、すっげぇ顔に出てますもん。三十越えたら顔に出るって言いますよね。あれ、四十代でしたっけ? まあ、どっちでもいっすけど、本当なんですね」
ユカリちゃんがオールドパーを持って戻ってくる。水割りをセッティングしながら、場の空気の悪さを不思議そうに見ていた。阪上は顔を赤黒くさせてぶるぶる震えている。指が白くなるほど握りしめられた名刺には、『営業部長 益子佑典』と印字されていた。
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