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恋の始め方間違えました。

森野きの子

56

 すっかり日は暮れて、網入りのぼかしガラス窓から入る街灯の白い光に、部屋の中の闇が青く照らされている。刺し盛りをあてに二人で日本酒を三合くらい飲んで、酔いに委せてゆるゆると体を合わせた後にしてくれた身の上話は、私に知らない世界の不思議な話のように響いて、眠気など微塵も感じなかった。腕枕をしている指が、私の髪を弄ぶようにすく。

「悪かったな。お前の理想の男じゃなくて。俺は王子様なんかじゃないよ」

「王子様だとは思ったことなかったです。スーパーヒーローだとは思いましたけど。あと帝王」

 私の答えがツボに入ったのか、彼は笑った。

「俺から仕事を取ったら、なんの価値もない。つまらない男だ」

「私なんて、貴方がいないとなんの価値もない、ばかな女です」

「お前みたいな可愛い女、他に知らないよ」

 それは、貴方の前だからです、と心の中で呟いた。彼はやおら体を起こし、私に覆い被さるった。
 気がつくと、辺りはすっかり明るくなっていて、昨夜のことが夢か嘘みたいに、部屋はきれいに片付けられていた。隣にというより、誰もいない。夢か現か混乱していた。鴨居にひっかけたS字フックには確かに真壁さんのスーツがある。

 いけない。ハッと思い出して弾かれたようにベッドから出て、洗濯機を開けた。やってしまった。洗い終わったままの、真壁さんの着ていたシャツや下着が、ドーナツ型にくしゃくしゃになって洗濯槽にある。私の無能~! と頭を抱えている場合ではない。もう一度洗濯機を回して、トイレを済ますと、トイレットペーパーにべったりと粘液がついたので、シャワーを浴びて、すっかり洗い流し、簡単に化粧をして、身支度を整えた。使われた形跡のある携帯歯ブラシが、洗面台に置いてある。プレゼントしたルームウエアの方がない。黒い長袖のVネックのコットンシャツに、霜降グレイのスウェットパンツ。革靴もない。スーツがあるなら帰ったんじゃないと思うけど。

 ハラハラしていると、玄関の方で鍵の音がした。ドアが開いて日の光と真壁さんが入ってきた。

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