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恋の始め方間違えました。

森野きの子

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 今、私の暮らしている町から市街地まで特急を使っても三十分かかる。急いで準備に取り掛かった。
 バッグから帯つきの新札をとり、色とりどりの小鳥がプリントされた可愛らしい蓋の長方形の空き箱に入れて、チョコレート色のリボンをかけた。バレンタイン時期に限定で出店していた外国のショコラティエの箱。これなら手にとってもらえるはずだ。気に入ってなんとなく取っておいたのが、まさかこんな使い方をするとは思わなかった。
 着替えようとして、下着は一番のお気に入りの黒い繊細なレースのに手が伸びた。そしたら、なにか定まった気になった。
 なにを、躊躇っているんだろう。なにを我慢してるんだろう。本当に欲しいものは、なに?
 タイトな長袖の背中の空いた黒いロングワンピースに、星屑のようなゴールドの細いアンクレットだけを身につけ、透けた黒のストッキングを穿いた。もちろん、黒いハイヒールのミュールを合わせる。髪をアップにまとめ、念入りに化粧を施し、店にはつけていったことのない、真くんにも見せたことのないとっておきのルージュをひいた。うなじと太股の内側と足の指に、今は廃盤になってしまった大好きな香水をつけた。この香水が街で香ることは滅多にない。
 鏡の中にいやらしい喪服もどきの娼婦気取りの女がいる。思わず笑ってしまった。どうせ今更。どうにでもなればいい。
 クラッチバッグに財布と携帯電話とハンカチとチョコレートの箱をしまって、部屋をでた。
 真昼の陽射しに怯みそうになったけれど、もう電車の時間に間に合わない。日傘で隠れるように駅まで歩いた。もうすぐ梅雨も開けそうだ。
 改札を抜けてホームへ急いでギリギリで間に合った。滑り込んだ車内で一息ついた。
 流れる風景を眺めながら、これからしようとしていることについてぼんやり考えた。彼を怒らせてしまうかも知れない。呆れられるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。それでもいい。それでもいいから知りたくなった。始め方を間違ってしまった恋の正体、或いは最期を。
 じゃないと、座りが悪くて次に進めない。
 でも、これを恋と呼ぶのなら。



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