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恋の始め方間違えました。

森野きの子

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「……今どちらですか? こんな話していてよろしいんですか?」
「会社は会社だが、自分のオフィスだ。他に誰もいない」
「そうですか……」
「それより、なんの用だ? 会って話さなきゃならないなら、これからでも大丈夫だ。やることはもう終わって午後は何もない。社長に付き合ってゴルフ場にでも行こうかと思っていたくらいだ」
「いいんですか? 珍しいですね」
「別に。探せばあるんだろうが、俺がやろうとすると困惑する人間が出る。それにゴルフも約束した訳じゃないから。織部、昼飯は?」
「いえ。まだです。お恥ずかしながらさっき起きたので何も。不用意に傷つけられたくないので言っておきますけど、一人で、自分の部屋で目覚めました」
「そうか。……なあ、織部」
「はい」
「藤和に戻って役職が上がったら、仕事量は半分どころかこの五年の三分の一に減った。でも周りを見渡してもいそうにないんだ。俺を俺だと見てくれる人間は。時間と金だけ有り余って、眠れもしなけりゃ、拠り所もない。どうすればいいんだ?」
 どう答えればいいのか、わからない。ただ、今すぐこの人の傍にいきたい。そして、できるならば抱きしめたい。つい、数時間前に真くんに向き合うつもりで、覚悟を決めたはずなのに。
「そういうわけだ。暇潰しでいいから飯くらい付き合ってくれ」
 あっさりとした口調に拍子抜けした。押して引いて、この人の前では、私の覚悟なんか乾いた砂に挿された藁みたいにぐらぐら揺れる。この五年間、不運は続いたけれど、真壁さんを恨んだりしていなかった。ただ、悲しくて、寂しくて、できるなら会いたくて辛かった。でも、今は、ただ憧れていたあの頃とは違う。
 ねえ。どうしてこうなったの。私は自問する。黙っていると、迎えに行こうかと訊かれたけれど、断って二時間後に市街地の百貨店のパサージュにあるオープンカフェで待ち合わせをして、電話を切った。
 そのまま、マネージャーに今日は休ませてほしいとメールを打っておいた。改めて夕方に電話する、と付け足して。

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