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恋の始め方間違えました。

森野きの子

38

 彼はいくら自分が仕事ができても、他者と比べたりしなかった。他者の悪口も仕事に対する愚痴も、不平不満すらも聞いたことがなかった。傍でみていた限り、誰も彼から理不尽な仕打ちを受けたことはなかったはずだ。仕事でミスをした時、フォローしてもらっても、怒鳴られたことはなかった。なんでも一人でこなして、周りをサポートして、この五年間も会社のために動いて、私を見つけてくれた。なんでそんな人が未だに独りなんだろう。
 ……もしかして、なにかとんでもない性癖が?
 いや、でもあの人にどうしてもってお願いされたら大抵の女性ひとは許しちゃうんじゃないの?
 離れた場所で眺めていると、私に気づいて通話を切り上げ、足早に寄ってきた。
「終わったのか」
「ええ。まあ」
「腹減ってないか?」
「シャンパンでお腹たぷたぷです」
「織部は少し何か食った方がいい。ここの鯛茶漬けは絶品だぞ」
「とっても魅力的な提案ですが、私のお腹事情より真壁さんの睡眠事情の方が深刻なので結構です」
「自分より先に俺を労ってくれるのは、昔も今もお前だけだな」
「あら。真壁さん程の方なら引く手あまたでしょうに」
「いや、お前だけだ」
 何気ない言い方なのに、息が詰まる。今更。本当に今更って思うのに。胸の中は引っ掻き回されてばかり。
「ふふ。嘘つき」
「本当だって。だいたい一日の二十時間は仕事で消費して、いつ遊ぶ暇があるっていうんだ」
「お付き合いで色んな接待も受けられたんじゃありません?」
「白状すると、この五年間性欲なんか枯れ果てていた。寝起きの生理的な反応以外、存在を忘れたくらいだ」
「そんな人があんなセクハラします?」
「お前だからだよ」
「調子のいいこと言って。信じられない」
「お前があんな見せつけるための服で、胸元ちらつかせるから、訴えられてもいいやってなったんだぞ」
「へえ。私のせいですか。人としてどうかと思いますけど」
「そうだな。俺は織部にとって性犯罪者だな」
「そんな風には思ってません!」
 冗談のやりとりなのに、つい。本気になってしまった。真壁さんは笑いをこらえながら首をかしげた。
「じゃあ、どう思っているのか教えてくれ」
「それは……、その……」
 してほしくて、されるがままになったくせに。自分のあざとさに仕返しされる。そっと肩に手が添えられ、おそるおそる彼を見上げた。

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