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恋の始め方間違えました。

森野きの子

37

 都市高速で二十分ほど車を走らせ、里山近くにぽつりとある数寄屋造りの料亭についた。余計な照明はなく、雨上がりの月が美しく浮かんでいる。なんの用意もなくこんな場所に連れてこられるなんて。緊張しながら、背筋を伸ばした。真壁さんにエスコートされて中にはいると、和服姿の女将さんが玄関で出迎えてくれた。
「あら。珍しい」
「今日は個人的に」
 真壁さんと女将さんは目配せるように微笑みをかわす。
「飲んできた帰りでしてね。ゆっくりした場所で軽い食事をと思いまして」
「あらあら。ありがとうございます。どうぞどうぞ」
 女将さんに案内され、いりくんだ廊下を進み、奥の客間に通されて襖が閉まると、互いの衣擦れと時計の針の音以外聞こえないような静寂が訪れた。
「彼氏に連絡しなくていいのか」
「言われなくても……」
「じゃあ、俺は少し席を外すよ」
 そう言って出ていった真壁さんの足音が遠くなる。正直なところ私は真くんの電話番号を知らなかった。訊かれたことがない。私から訊くなんてできなかった。何より、彼は私の前で携帯電話を出したことがなかった。部屋に誘われたというのに、私は彼のプライベートをほとんど知らない。踏み込むのが怖かったせいもある。自分が行動することで、相手が引いてしまうのが怖かった。のめり込むには、私は年上すぎて、彼は若すぎる。
 虚勢を張るのは諦めて、真壁さんの姿を探しに廊下へ出た。十間間の廊下のガラス戸の向こうに日本庭園が見える。
 月明かりの下、東屋で電話をしている彼の姿があった。下履に履き替え、庭に出る。
 相変わらず忙しそう。あの頃も日中はもちろん、夜中でも何かしら電話がかかってきていた。それが接待中でも。思い返せば、私は、彼を完璧超人だと思っていた。社会経験のない小娘からしても彼の仕事量の凄さは感じとれたけれど、彼がいかに自身を消耗していたかなんてわからなかった。身嗜みはもちろん、持ち前のルックスと人を惹き付ける色気に目が眩んで、彼の内面まで見えていなかった。

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