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恋の始め方間違えました。

森野きの子

26

「ほら。なにが欲しいか言え」
 注文を促されただけなのに、なんだか卑猥な催促をされたような気になって体の芯から火照った。
「え、と……、なんでも」
「じゃあシャンパンを好きなだけ。ドンペリ?」
「え? ちょっとすいません、一見さんの場合、前金なんすけど」
 桧山くんが少ししらけた笑いを浮かべながら口を挟んだ。
「いくら? これで足りる?」
 鞄から片手で無造作に取り出され、テーブルに置かれたのは帯解きの札束。その上にまたひとつ。悪趣味で有無を言わせない一番の方法。
「ん?」
 真壁さんは完全に桧山くんを制圧した。
「失礼しました! ただいまお持ちします!」
 血相を変えて半ば走るように席を離れた。
「どうだ、気分よかったか?」
 顎を持ち上げられ、キスするように浴びせられたのは、屈辱的な一言だった。
「すごいですね。さすが真壁さん。こんなところに甘んじて這いつくばってる私とは大違いです」
「まったくだ。こんな底辺の店であんな頭の悪いガキどもに舐められて、ただヘラヘラ笑って過ごすなんて俺には到底できないよ」
「そうでしょうね。おかえりなさいませ。御主人様。跪いてお靴でも舐めましょうか」
「ふざけるな。失望させたいのか?」
「そんなの、五年前とっくになさってたんじゃないですか。だから私を拒絶したんでしょう?」
「あれは」
 真壁さんはなにかをいいかける。私は腕から逃れて少し離れた隣に座り直した。
「失礼します」
 血相を変えた店長とマネージャーが揃って謝罪にやってきた。
 真壁さんは一瞬きつく目を閉じて苛立ちを飲み込むと、ゆっくり息を吐いた。すると二人はさらに腰を低く、謝罪の意をのべ始める。が、真壁さんが怒気を含んだ声で遮った。
「さっきから入れ替わり立ち替わりなんなんだ。こっちは取り込み中だ。酒だけ持ってきたらすぐに下がってくれ」
「申し訳ありません。凜花だけでは役者不足かと」
「それは俺が決める。黙って下がれ」
 五年前と気迫も違う。そして誰もいなくなり、壁を隔てた向こうから気まずそうに声を潜めた話し声が聞こえる。

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