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恋の始め方間違えました。

森野きの子

23

「知り合いだ。ちょっと訳ありの、気まずい、ただの知り合い……」
 項垂れた陰りのある横顔に未だに胸が高鳴る。色気に深みが増している。本当に最低な事しか言われてないけど。
「相変わらずお疲れなんじゃないですか? ラグジュアリーな癒しとは程遠い場所ですけど、はやくお入りになって。雨でお体が冷えてます」
「織部がいい女で助かるよ」
 と力なく微笑む。
「都合の、が抜けてらっしゃいません?」
「俺が悪かった。いじめないでくれ」
 軒下で真壁さんがたたんだ傘を受け取り、入り口のドアを開けた。暇そうなマネージャーとボーイが客かと色めき立ったが、私とわかると、興味を失った視線になった。
 続いて入店した真壁さんを見るやいなや、周囲の目の色が変わった。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」
 マネージャーが私を押し退けるように背後に隠して、真壁さんの前に立つ。服を拭うためのタオルを渡して私を腰で後ろへ後ろへ押しやる。真壁さんはタオルを受けとると、私の腕を引いて自分の隣に立たせた。
「いや、結構だ。この子に案内して貰ってるから。ボックス席ある?」
「はい。奥にございます。しかし凜花でよろしいんですか」
「うん。この子に会いに来たから」
 マネージャーがひきつった笑顔でこちらをみる。けれど、私は別に悪いことはしていない。
「凜花?」
 薄暗い店内で真壁さんに源氏名を呼ばれると、途端に居心地が悪くなった。さっきまで真くんもいた場所。一番知られたくない人に、いかがわしい秘密を暴かれそうな、嫌な緊張感。
 雨で崩れかけたアップヘアも、着なれたはずの際どく胸元の開いたスリット入りのタイトな黒のベロアの安いドレスも、みっともなくて裸でいるより恥ずかしい。
 五年も前に拒絶された相手に、今さら何を考えているのだろう。
 いや、寂しいときに耽る一人遊びのプログラムが未だにこの人のやり方だというのも気まずい原因かもしれない。
「さっきの話じゃないが、変わったな。織部も」
「そうですかぁ? まぁそりゃ三十二ですもの。劣化もしますって。少し、失礼しますね」
 真壁さんにソファの奥に座ってもらい、カウンターにおしぼりを取りに行き、肩甲骨を隠すくらいの長さの、濡れた髪を手解き、軽くドライヤーをかけて、みっともなくなる程度に櫛で整え、身体をざっと拭いて、化粧直しまでして戻ると、彼は私を上から下までまじまじと見つめた。

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