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恋の始め方間違えました。

森野きの子

18

 つい、見すぎていたのかもしれない。本からチラリと黒目をこちらに向けると、少し自信がなさそうな笑みを口角にこめて会釈してくれた。そして三度目の再会で、彼から声をかけてくれた。
「ちょくちょく会いますね。あっ、すみません。急に。ご迷惑ですよね」
 遠慮と好奇心がない交ぜになった眼がキラキラしていて、つい男の子相手に、なんて可愛いのだろうかと感心してしまった。
「大丈夫ですよ。お見かけしたの、二回目ですかね」
 と初回は気づいていないものとして云うと、彼はおどけたような笑みを浮かべて指を三本たてて見せた。
「三度目です」
「そうでしたか」
 と噴き出すと、彼は無邪気にニコニコして「はい」と頷いた。
「ごめんなさい。実は貴女の事がなんだか気になってしまって、つい」
 彼はペコペコと頭を下げて開いた本で口許を隠した。
「ありがとう。嬉しい」
 素直な気持ちを口にすると、目頭がキュッとなった。好意的に接してもらうのが懐かしいと感じるくらい、私の私生活は殺伐としていた。
 お店の若い子たちと客にはあけすけに馬鹿にされ、一度は口説いてきたくせに断ると悪態をつくようになったマネージャー。友人は皆結婚して家事や育児や仕事に勤しみ疎遠になった。両親は三十を過ぎて尚水商売に身を費やす娘を諦めていた。
「あの、名前を教えてください」
「織部涼子です」
「涼子さん。素敵なお名前ですね」
 ふわっと花開くような笑顔に心が洗われた。泣きそうになったのを乾いた笑いで誤魔化した。
「やだ。見かけによらず口が上手いのね」
 彼は気まずそうにゆるく笑って頭を下げた。
「すみません。調子にのっちゃいました」
 たったそれだけで、私はとても丁寧に扱ってもらった気がして嬉くなったのだ。
 明け方のファミレスで、数回待ち合わせたように一緒になり、食事を共にした。会計は別々。私が奢るというと彼は嫌がった。
 隠すこともないだろうと私は働いている店の話をしたら、彼はその夜一人で店に来てくれた。それからだいたい金曜日に来てくれる。負担をかけたくなくて嫌がる彼を説得してここの代金を持つようにしたのだ。
 彼の存在に、私は生きていることを許されたような気がしている。だから、必死と言われれば、否定のしようがない。



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