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恋の始め方間違えました。

森野きの子

17

 選んだのは、私を知るお得意様や益子たちならまず興味も持たないような小さくて品のない店。
 衣装の露出度は高く、若さが至上の価値で、社会、とりわけ経済や政治の話に関心があれば煙たがられ、すごーい、マジでー、ヤバーイがあればやりすごせるような場所。
 私は周りの若さに圧倒され、ノリにもついていけず肩身も狭かったが、新しい会社に就職しようとする勇気が持てず、実家をでてしまっていたので辞めるわけにはいかなかった。
 そしてあの悪夢の始まりの夜から五年と半年が経ち、私は三十二歳になったが、真壁さんの件がトラウマになっていて、未だに処女だった。
 三十を越えてますます人気は落ち、十は下の女の子の添え物として道化役に徹している方がずっと多いかったが、ここ最近、指名が入るようになった。
「おい、凜花。また来てるぞ」
 マネージャーが舌打ちをしそうな勢いで私を呼んだ。凜花とは私の源氏名。
「わぁー、でたぁ。凜花さんの烏龍茶王子~。お給料少ないの彼のせいじゃなかったっけ~?」
 つけまつげにカラコンがっつり盛った金髪の髪をした二十二歳の結愛ちゃんが楽しげに揶揄する。
「ババァが若い男に必死になってんのか? 惨めだなぁ」
 どの口がいうのよ。眉間に力が入りそうになったが、代わりに口角を上げた。
「やだぁ。そんなんじゃないですよ。じゃあすみません。失礼しますね」
「謝るなよ~。ババァは戻ってこなくたって構わねーんだから」
 そこにいた三人の客と結愛ちゃんがどっと笑い出す。私をババァと呼んで笑っていたのは、かつて私が契約を勝ち取った他社の営業マン。好みの女の子と一緒に私をヘルプに指名してくれる最悪のお客様だ。
 そしてもう一人、私を指名してくれるのは、カウンターで一人所在なげに座っている烏龍茶王子こと藤枝真くん。二十五才。
 仔犬を彷彿とさせるくりっとした眼はいつも潤んでいる。唇は厚くて血色がいい。とがった顎に色白の肌。今時の男の子の特徴なのか、性的な匂いが感じられない。
 私が席につくとニコニコして烏龍茶をすすり、近況を聞いてくる。
 彼がいると際どい下ネタや、けたたましい愛想笑いのノイズが少し遠退く気がした。この席につくとほんわかした時間を与えてもらえる。それに真くんは私を本名の涼子にさんをつけて呼んでくれる。こんなことをいうと大袈裟だけど、ちゃんと人間扱いされてるって思える。
 初めて真くんを見たのは、明け方のファミレスだった。仕事終わりに無性にそこのドリアが食べたくなり、明日の体重が気になりつつ、我慢できずに寄った。人も疎らな店内に赤ワインのデカンタと若鶏のグリルを前に、熱心に本を読んでいる男の子がいた。
 プレッシャーに強くなる五つの法則、という自己啓発系のタイトルに、小動物の様な彼の姿が微笑ましく、真壁さんの下で働き始めた頃の自分を思い出して懐かしくなった。真壁さんの真似をして色んな本を読んだ。ビジネス書や経済学の本や自己啓発はもちろん、歴史、時代物から話題の娯楽小説。知識を吸収するより真壁さんと共通の話題を持てるのが楽しかった。意見が一致すると真壁さんのテンションが上がって話が長くなるのが嬉しかった。
 スパークリングワインのボトルとドリアを注文し、こっそりと見知らぬ青年が読書する気配を楽しんだ。
 次にファミレスに寄ったのは二週間後だった。二度目に彼を見かけた時、少しだけ胸がときめくのを感じた。

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