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恋の始め方間違えました。

森野きの子

16

 翌年の春、驚くことに真壁さんは以前から噂のあった大手ゼネコンへと転職した。
 最後に別れの言葉と感謝の気持ちと謝罪を告げたくて、半ば衝動的にマンションに向かったのだけれど、エントランスから出てくる彼の腕に大学生か新卒くらいの女の子が甘えるように巻きついていたのを見てしまい、声をかける機会を失った。
 それからというもの面白いほど状況が悪化した。
 真壁さんの転職先との企業買収の話が持ち上がり、社内の空気が悪くなったのもある。派閥が出来たうえに、営業部長の須藤は本来女が出世するのを不快に思う人種だったらしく、稼ぎ頭で実質リーダーだった真壁さんの(仕事上だけの)寵愛を受けていた私を邪険にし、(これには他の女性社員も介入した)真壁さんの後釜に益子を据えた。それにはもちろん不服はなかった。ただ、今まで私の実力を認めてくれていたはずの人々までが、所詮女のすることだ、枕営業にちがいない、と部長に感化された陰口を叩き始め、私の精神状態は少しずつ不安定になった。中でも一番こたえたのは真壁さんと出来ていたから仕事を貰えたというものだ。
 得意先も別の社員に割り当てられ、新規開拓に回された。
 社内では益子だけが変わらずそれまで通り接してくれたし、私を支持してくださるお客様もいて実績を挙げてはいたのだが、年末を前に私は仕事を辞めた。
 別の女性社員が個人的に通っていたホストクラブの費用を会社の経費で落としたのを、私のせいにされ、真相を知っているはずの部長から辞職を迫られた。
 真壁さんという灯明を失い、針の筵の毎日だった。四面楚歌の状況に限界を感じた。どこにも力が入らなくなり、抗う気力もなくなった。
 益子だけが私の無実を訴えてくれたが、騒ぎを大きくするのが怖かった。
「もう、無理」
 部長に食って掛かる益子に伝えたのは、真壁さんから絞り出された言葉と同じ。これ以上ない拒絶だった。
 益子は、ただ、そうかと独り言のように呟き、諦めてくれた。
 早々に退職が受理され、無職になった私は、ただぼんやりと天井を眺めそのまま眠りまた目覚めてを繰り返した。
 一週間目、夢に真壁さんが現れて、泣いている私に笑いかけてくれた。
「なんだ織部。お前、俺がいなきゃまるっきりダメなんだな」
 夢のなかでは優しく聞こえた言葉も目が覚めると絶望に変わった。
 幸い貯金はしっかりあったので業者に任せてすべてを処分しマンションを引き払い実家に逃げ帰った。
 約一年間引きこもり、母にそろそろ働くか見合いでもしなさいよと、露骨に迷惑がられるようになったので、同級生の伝で家から二十キロ以上離れた繁華街でホステスを始めた。


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