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恋の始め方間違えました。

森野きの子

15

 気合いを入れ直し、よくわからないけど服を脱いだ。下着はいつもお気に入りを着けているから見られても自信はあるけど中身に自信がない。普通、だよね? 元奥さんがモデル並みだったせいで負い目が半端ない。
 鏡の中の自分の体を眺めても普通というか誇れるものがなくてため息しかでない。初めての相手が大好きなひとで嬉しいけど、なんか想い描いていた理想とはほど遠い雰囲気だし。
 お約束の「ハジメテだから優しくしてください」ってお願いすべきかな? いや、まてよ。さっきの真壁さんの感じだとめんどくさく思われたりして? 恋人でもなんでもないんだもんね。
 落胆と不安が拭えない。
 改めて見て脱衣室も広いしきれい。本当にほとんど帰ってないんだろうな。洗面台は水気が乾いた跡が残ってる。この部屋は一人には広すぎるだろうな。
 恋人でもなんでもないのに勢いだけで、しかもほぼ益子の策略によって、とだいぶ不本意のオンパレードだけど、自分じゃ真壁さんのマンションのエントランスにさえ入れなかっただろうし、最初で最後だとしてもまたとないチャンスだもんね。
 よし! と覚悟したのと同時に脱衣室のドアが開いた。
 反射的に上下を手で隠したけれど真壁さんは一瞬目を見開いただけで特に狼狽えることもなく、コンビニの袋を目の前にぶら下げた。
「ないと困るだろ」
 うっすら透けて見えたのはクレンジングオイルと洗顔料と歯ブラシセット。
「あ、ありがとうございます……」
 受け取りたいけど、恥ずかしくて手をほどけない。
「そ、その辺に置いてください」
「なんで?」
「えっ」
「どうせ今から全部見るんだ」
「そっ、それは、そうですけど」
 真壁さんは中に入ると後ろ手でドアを閉めて、洗面台に袋を置くと、私の両手を掴んで開かせた。私だけ全裸で、まだ服も脱ぎっぱなしのまま、なんの準備もできていない。恥ずかしくて身をよじると、壁に両手を押さえつけられ、首筋をなめあげられた。
「なぁ、織部」
 やんわりと前髪を掴まれ、顔をあげさせられた私はどんな顔をしているのだろう。
 真壁さんは酷く不機嫌な白昼夢の中にでもいるのだろうか。
「わかりません。男のひとに触るの、初めてなので」
「……なんなんだよ、それ」
 真壁さんは両手で目を覆うと、深いため息をついた。
「無理だ。もう無理。俺はやれない。ふざけるな。どういうつもりだ。なんで織部はこんなことしたいんだよ」
「す、すみませんでした」
 何故こんなに怒らせてしまうのかわからない。アラサーの処女は悪なのかしら。それとも上司と部下の均整を破った罰?
 嫌われた。もうダメ。私の白痴の頭はすっかり醒めきり、火照った身体は冷えきった。
「このことは忘れる。これからはもう仕事以外で俺に近づかないでくれ」
 真壁さんは浴室を出ると、大きなバスタオルを私にかけた。
「俺、会社戻る。織部は始発までここに居ろよ。ベッドは使える。帰るとき鍵はかけなくていいから」
「いえ……。タクシー拾って帰りますから大丈夫です」
「その辺の男でも捕まえて続きをするのか?」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「じゃあここに居ればいいだろ」
「……わかり、まし……」
 いい終わらないうちに涙が溢れた。けれど、真壁さんは去ってしまった。
 欲望ばかりに走って、自ら大事なものを壊してしまったにちがいない。真壁さんの身体も熱も、気配さえも遠ざかってしまった。
 なのに、私の身体には、淫靡な感触がしっかりと残っている。
 私は、恋の始めかたを間違えたのかもしれない。
 あるいは、相手を間違えてしまったのだろうか。

 なにもわからないまま、私はバスタオルにすがりついて嗚咽をあげた。

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