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恋の始め方間違えました。

森野きの子

 コーヒーを持って会議室に入ると二人は窓辺で煙草を吸っていた。
「益子。さっきのあれ私怨だろ」
「いやー、スッとしましたわー」
 真壁さんは笑いを堪えながら益子の肩を小突く。訴えられるかも知れないってのに呑気なものだ。
「おう。ありがとう」
「お疲れ。織部」
 益子がクシャッと笑って見せ、
「これ、貰ったんだけど皆の分までないんだよな。つーわけで共犯よろしく」
 と紙袋を見せた。
「三門屋のマロンパイ!」
 思わず声が出た。
「三つしか入ってないんだよ。一人で食うには多いし、でも食いたいし」
 真壁さんも益子も私も甘党だ。体型維持と体調のために連日の接待にも負けず、二人ともジムに通っているらしい。私にはそんな体力はない。本当に同じ人間なのか疑問だ。私なんかただやつれてるだけ。たとえ片想いでも恋愛していると女性ホルモンが出てどうこう云ったアレは最早私には神話みたいなものだ。甘いものこそ至高のオアシス。食べ過ぎるとスーツが入らなくなる恐れがあるから極力控えてるけど、今は食べる。
「子供みたいな顔して食うなァ、お前」
 突然、真壁さんに指摘されて噎せそうになった。
「手っ取り早い癒しが美味いもの食うことだって言ってましたもん、こいつ。他に楽しみないのかよ。そんな簡単な癒しに依存してるとブタになるぞ」
「ちょっと益子、訴えるわよ?」
「あ。ほら俺今精神不安定だから失言多いんだわ、ストレスからくる精神不安定だから」
「なら私だってストレスからくる食欲なんだから仕方ないでしょ」
「甘えんなよ、諦めに甘えるとデブまっしぐらだぞ」
「お前らそんなにストレスヤバいのかよ。飯か酒か奢る? あ、上司と飯とか余計ストレスか」
「そんな! 真壁さんだって激務じゃないですか」
 ひょいと私の肩を押し退け益子が身を乗り出す。
「いやいやいや。奢りなら行きますよ。真壁さん、いい店ご存知ですよね? 俺、こないだ三ツ井さんと行ったとこがいいっす」
「ちょっとあんたね!」
「いや、行くなら連れてくぜ。安心しろ、俺はこう見えても稼ぎ頭だからな」
「安心しろ、領収書がある」
 益子が私の肩を両手で揉みながら覗き込んできた。男の手の感触にめっちゃ意識がいく。日照りすぎて感度が狂ってる。接待の席なら鈍感なのに、なにこれ。こいつマッサージ上手い。
「益子、それセクハラ」
 真壁さんの注意で益子が両手を上げる。
「ごめんな。織部が女だって忘れてた」
「ふん。どーせ色気もないし私なんて萎びたもやしよ。生物学上女だってだけですから。唯一の取り柄だと思ってた仕事もまともにこなせないし」
「ちょっと真壁さん、コイツマジやばいですよ。落ち込みすぎ。自虐的過ぎて引く」
「そらそうだろ。織部は頑張ってたんだから。そのぶん落ち込みたくもなるだろ。みんながみんな益子みたいに不屈の精神とは限らないんだぞ」
「真壁さん、織部に甘くないですか?」
「そりゃ、俺の右腕だもん」
 私、過労死してもいい。と心の中で呟いて見られないように太ももの横で小さくガッツポーズを決めた。万が一見られても空気を掴んでるようにしか見えない仕様。
「俺は?」
「左腕?」
 二人が戯れのような会話をしているのも癒される。てか真壁さんの声で癒される。なんかα波とかでてんじゃないのかってくらい耳が至福。マロンパイも至福。
「今日は二人とも残業接待なしか?」
「なんとか」
「俺、デートなんで今日は無理です」
「はっ!? 益子にデートの予定?」
「俺、誰かさんと違って仕事だけが生き甲斐じゃないんで~」
「俺のことかよ」
「真壁さんと織部両方にいえたことですね。ちょうどいいじゃないすか。似た者同士、行ってきたら」
 ふ、二人きり? ドキドキしてきた。あ、なにこれ、血が巡ってるっていうのかしら、生身に戻った感覚。
「織部が嫌じゃなきゃ」
「行きます」
「じゃ――」
 と真壁さんがいいかけた時、着信音が鳴って三人一斉に携帯電話をチェックして、真壁さんが通話を始めて、次に益子の携帯電話が鳴って、二人が退席してなし崩しに解散した。部屋を出る時に真壁さんに口パクで「後でな」と言われて、腰から崩れそうになった。

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