恋の始め方間違えました。
2
パウダールームで化粧を再確認しつつ、目頭に溜まった涙をコットンに吸わせ綿棒でアイメイクの崩れを拭ってキラキラ光るアイシャドーを叩き込んだ。
いよいよ真壁さんが手の届かない人になる。恋慕で燻るなら玉砕前提で好きだと伝えればよかった。はっきりと振られていた方がすっぱり諦めもついたろうに。でも、十代の頃のようにただ思いをぶつけるだけでは駄目だ。何たって相手は職場の上司。自己満足のために迷惑をかけるわけにはいかない。
こんなのもただの言い訳だろうか。
ぼんやりと鏡を見るともなくみていたら、数人の女性が入ってきて、慌てて白粉を叩いて化粧直しの続きを再開した。
「美織の旦那、見た?」
「見た見た。一緒にいたの県会議員とかだよね。工務店の営業って言ってたからアレかな、って思ってたけどかなり大手じゃん。二十九で係長だって、美織、自慢してたもんね」
「それにめっちゃイケメンで背も高いし、仕事も出来るんじゃん? 多忙すぎてあんまり帰って来れないみたいだけど、デキ婚で専業主婦の内定決まったって喜んでたもんね。あの子」
「ほんっと、美織って昔からオイシイとこ取りだよね~」
「そうそう。由紀の彼氏が美織に乗り換えた事もあったよね」
「えっ。由紀の彼氏が一方的に美織の事好きになっちゃって無理矢理襲われそうになったって話だよ」
「うっそ。怖っ! オイシイとこ取りとか言っちゃった!」
「美人は得だっていうけど、大変だね」
新婦の友人らしき派手な三人は化粧直しをしながら新婦の衝撃的な過去を話していた。
悲劇の美女じゃ幸せになってよかったねって思うしかない。真壁さんの奥さんになる人が友達の恋人を横取りする小悪魔ビッチじゃなくてよかった。
仕事以外は諦めが肝心!
玉砕すらできなかった意気地無しの失恋なんか自業自得。私には仕事がある。一人で生きていくのに不自由しない充分な収入がある。恋ならまたいつかできる。なんたって男は世界中に億はいるんだから切替えなくちゃ。
男は星の数あれど心に決めたのはあの人だけ。そんな川柳だかなんだかの内容が、頭を過ぎった。
ついに式が始まり、高砂には誰もが目を引く綺麗な花嫁さんがいた。こう言ってはなんだが、いくら真壁さんが男前でも花嫁の美しさと華やかさの前では引き立てるための添え物って感じ。百余人の会場で一際輝いている。
あー。これは終わった。終わった。さよなら恋心。自分にたたみかけて言い聞かせ、なるべく真壁さんを見ないように意識した。
花嫁から父への手紙辺りでどさくさに紛れて泣こう。
「係長の嫁さん、すっげー美人」
隣に座った益子がわざわざ耳打ちしてきた。
「ねー。モデルさんみたいだよね。すごく綺麗」
「織部って何か我慢してる時ほど姿勢良くなるよな」
「は?」
聞き返すと益子はちょっと不敵な笑みを口端に引っかけて肩をすくめた。
「いや別に」
「なんでもお見通しみたいな言い方するのやめてよね」
「いやいや。織部がわかりやすいんだって」
「うるさい」
睨みつけると、悪戯が成功した子供みたいな顔で笑った。
完全に馬鹿にされている。余裕な態度で私をからかうのがよほど楽しいらしい。
お偉方や親類のスピーチが終わり、ぼちぼち出された料理や酒を口に運ぶが味がしない。キャンドルサービスに来られたらどんな顔をすればいいのか。笑って祝福できる自信がない。
式は恙無く進行し、私の恐れているキャンドルサービスは刻一刻と近づいてくる。余興も終わり、前半の締め新婦友人代表による祝福のスピーチ。
「それでは、新婦ご友人代表、松永由紀さん。どうぞこちらへ」
司会の明瞭な声に誘われ、ふんわりした桜色のパーティードレスの女性が壇上へ上がった。
ひどく緊張気味で遠目からでも顔色が悪いのがわかる。顔立ちは新婦や他の友人に比べて地味で、嫌な女の勘繰りをすれば引立て役にされそうなタイプだと思う。自分を主張せず相手を優先させて図々しい人を更に増長させてしまう、優しさで損をする人。華奢なヒールが支える細い脚は震え、見ているこちらが不安になってくる。
スポットライトに照らされた彼女は追い詰められた免罪者のような切羽詰まった表情で会場を見渡し、高砂の新婦に視線を留めると、小さく喉を上下させた。
「……た、ただいまご紹介に与りました新婦友人代表の松永由紀と申します。わたくしは新婦である美織さんと中学で出会い……」
彼女の声は初めは震えていたが段々慣れてきたのかはっきりと力強いものに変わっていった。
いよいよ真壁さんが手の届かない人になる。恋慕で燻るなら玉砕前提で好きだと伝えればよかった。はっきりと振られていた方がすっぱり諦めもついたろうに。でも、十代の頃のようにただ思いをぶつけるだけでは駄目だ。何たって相手は職場の上司。自己満足のために迷惑をかけるわけにはいかない。
こんなのもただの言い訳だろうか。
ぼんやりと鏡を見るともなくみていたら、数人の女性が入ってきて、慌てて白粉を叩いて化粧直しの続きを再開した。
「美織の旦那、見た?」
「見た見た。一緒にいたの県会議員とかだよね。工務店の営業って言ってたからアレかな、って思ってたけどかなり大手じゃん。二十九で係長だって、美織、自慢してたもんね」
「それにめっちゃイケメンで背も高いし、仕事も出来るんじゃん? 多忙すぎてあんまり帰って来れないみたいだけど、デキ婚で専業主婦の内定決まったって喜んでたもんね。あの子」
「ほんっと、美織って昔からオイシイとこ取りだよね~」
「そうそう。由紀の彼氏が美織に乗り換えた事もあったよね」
「えっ。由紀の彼氏が一方的に美織の事好きになっちゃって無理矢理襲われそうになったって話だよ」
「うっそ。怖っ! オイシイとこ取りとか言っちゃった!」
「美人は得だっていうけど、大変だね」
新婦の友人らしき派手な三人は化粧直しをしながら新婦の衝撃的な過去を話していた。
悲劇の美女じゃ幸せになってよかったねって思うしかない。真壁さんの奥さんになる人が友達の恋人を横取りする小悪魔ビッチじゃなくてよかった。
仕事以外は諦めが肝心!
玉砕すらできなかった意気地無しの失恋なんか自業自得。私には仕事がある。一人で生きていくのに不自由しない充分な収入がある。恋ならまたいつかできる。なんたって男は世界中に億はいるんだから切替えなくちゃ。
男は星の数あれど心に決めたのはあの人だけ。そんな川柳だかなんだかの内容が、頭を過ぎった。
ついに式が始まり、高砂には誰もが目を引く綺麗な花嫁さんがいた。こう言ってはなんだが、いくら真壁さんが男前でも花嫁の美しさと華やかさの前では引き立てるための添え物って感じ。百余人の会場で一際輝いている。
あー。これは終わった。終わった。さよなら恋心。自分にたたみかけて言い聞かせ、なるべく真壁さんを見ないように意識した。
花嫁から父への手紙辺りでどさくさに紛れて泣こう。
「係長の嫁さん、すっげー美人」
隣に座った益子がわざわざ耳打ちしてきた。
「ねー。モデルさんみたいだよね。すごく綺麗」
「織部って何か我慢してる時ほど姿勢良くなるよな」
「は?」
聞き返すと益子はちょっと不敵な笑みを口端に引っかけて肩をすくめた。
「いや別に」
「なんでもお見通しみたいな言い方するのやめてよね」
「いやいや。織部がわかりやすいんだって」
「うるさい」
睨みつけると、悪戯が成功した子供みたいな顔で笑った。
完全に馬鹿にされている。余裕な態度で私をからかうのがよほど楽しいらしい。
お偉方や親類のスピーチが終わり、ぼちぼち出された料理や酒を口に運ぶが味がしない。キャンドルサービスに来られたらどんな顔をすればいいのか。笑って祝福できる自信がない。
式は恙無く進行し、私の恐れているキャンドルサービスは刻一刻と近づいてくる。余興も終わり、前半の締め新婦友人代表による祝福のスピーチ。
「それでは、新婦ご友人代表、松永由紀さん。どうぞこちらへ」
司会の明瞭な声に誘われ、ふんわりした桜色のパーティードレスの女性が壇上へ上がった。
ひどく緊張気味で遠目からでも顔色が悪いのがわかる。顔立ちは新婦や他の友人に比べて地味で、嫌な女の勘繰りをすれば引立て役にされそうなタイプだと思う。自分を主張せず相手を優先させて図々しい人を更に増長させてしまう、優しさで損をする人。華奢なヒールが支える細い脚は震え、見ているこちらが不安になってくる。
スポットライトに照らされた彼女は追い詰められた免罪者のような切羽詰まった表情で会場を見渡し、高砂の新婦に視線を留めると、小さく喉を上下させた。
「……た、ただいまご紹介に与りました新婦友人代表の松永由紀と申します。わたくしは新婦である美織さんと中学で出会い……」
彼女の声は初めは震えていたが段々慣れてきたのかはっきりと力強いものに変わっていった。
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