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恋の始め方間違えました。

森野きの子

1

 私は決して他人の不幸を望むような人間じゃない。
 そして、出費は痛いけれど親しい人の結婚式に出席するのはわりと好きだ。飲むのも食べるのも好きだし、祝福という名のばか騒ぎも嫌いじゃない。
 滅多に着る機会のないパーティードレス、いつもの三~五割増しのヘアスタイル。メイクだってそうだ。
 なんたって非日常。綺麗な花嫁さんに羨望を抱くが、いつか私も、と夢を見ることができる。

 ――けれど、今回はそうはいかない。
 今回ばかりは。

 今日の準主役の新郎である真壁恭一は職場の上司だ。

 私は大学を卒業して地元の建設会社に就職した。事務職での採用だったが営業課の女性社員が急遽退職してしまい、私は営業課に移動になった。そこで私の教育係となったのが当時営業主任だった彼だ。地主百人斬りの異名を持ち、売上の三分の一が彼の功績で、経費も使うがそれ以上の結果を持帰る営業課のスーパースター。行動を共にしてまず思ったのは、いつ帰宅しているのだろうかということ。代わる代わるお客様のところへ行き接待や商談をしてそのまま朝一番に出社すれば、会議室で仮眠を取るお姿を拝見できる。
 コーヒーを煎れて彼に朝を告げるのがささやかな楽しみになるのに半年もかからなかった。しかし飲み会の席で彼に六年以上付き合っている恋人がいるのを知った時は地面が崩れ落ちるかのような衝撃を受けた。
 そして三年が経ち、私は彼への憧憬を募らせ、拗らせたまま彼の右腕とまではいかないが、営業課の織部といえば女版真壁と呼ばれるまでになった。飛び込み営業で水をぶっかけられようが、キャバ嬢よろしくセクハラされようが笑っていられるくらいに図太くなった。真壁さんに褒められる為に私は年間ノルマ三億を半年以内にはクリアした。生活の九割を仕事に費やす彼の仕事仲間として一番近くにいたような気がしていた。
 けれど、やはり、プライベートを満たしている恋人に太刀打ちできるはずなどなかったんだ。
 よりによってできちゃった婚とか! 真壁さんならもっとちゃんとしてると思ってたのに。
 がっかりするところなのに、新婦がすごく羨ましくて妬ましくて仕方がない。
 花嫁さんがこんなにも羨ましくて憎いのは、はじめてだった。
「織部。受付代わるから係長に挨拶してこいよ」
 肩を叩いたのは同僚の益子だった。係長とは今回の準主役であり、私の上司である真壁さんの事だ。
「まあ本当は見たくもないだろうけど、懐刀のお前が知らん顔してるわけにもいかんだろ」
「なに言ってんのよ。懐刀の私だからこそ受付任されてるんでしょう。ま。ちょうどお手洗いに行きたかったし代わってもらえると助かるな」
「おう。最後のチャンスだからって真壁さん襲うなよ」
「ご冗談!」
 益子も真壁さんの部下で成績は僅差で私より良い。どこか飄々とした雰囲気を持ち自分が無駄だと思うことはさっさと手を引く群れない奴かとおもいきや付き合いはいいし、接客態度もいい。おまけに披露宴の招待状を貰った時に、「公私混同はしないタイプだったんだな」と私に耳打ちするくらい職場の人間関係にも目敏い。
 後は任せたと席を立ち、本当は見たくもない花婿の姿を探した。式まであと一時間。談笑している来賓は地主や県議会員や取引先の社長など錚々たる顔ぶれ。みんな真壁さんのお得意様だ。そして彼らの中心には見たくなかった姿のご当人。
 一通り挨拶を済ませたのか真壁さんは私を見つけると軽く手を挙げてこちらにやってきた。
「この度はおめでとうございます」
「早く織部に言ってやりたい台詞だな」
「セクハラで訴えますよ」
「一生に一度の晴れ舞台に勘弁してくれ」
 酒の席の無茶ぶりオヤジギャグで鍛えられた愛想笑いは鉄壁。つまらない自慢話だろうが昔取ったきねづかだろうが感心するスキルを持ち合わせている。つまりは公の場では自分の感情なんかいくらでも蔑ろに出来る。
 社畜? いいえ。私は恋の奴隷だ。仮想御主人様の上司の為に、ありもしない人参を追いかけてつっ走ってきた。わらわば笑え。
 一生に一度きり、願いが叶うなら、真っ白なタキシード姿の彼の隣に同じく純白のドレスを着て立ちたかった。病める時も健やかなる時も彼を支え、愛し続ける事を誓いたかった。
「今日はよろしく頼むな。飲み放題だから好きなだけ飲んでくれよ」
「ここのホテル、お料理も美味しいって評判なので楽しみです」
「おう。じゃ後でな」
 真壁さんはお得意様に呼ばれ、私は当たり障りのない言葉と嘘偽りの満面の笑顔を向けて踵を返した。


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