視線が絡んで、熱になる

夜桜 ゆーり

episode9-2


春樹も同様に気まずそうに目を逸らし何とか空笑いをしていた。
名刺には株式会社シャインプロモーション推進部 風野春樹と書かれていた。
間違いなく元カレの春樹だ。
彼は大学時代の面影を残した爽やかな男性で、クールビズということもありネクタイやジャケットは羽織っていないがそれでもちゃんとしているように見えるし若いのに仕事を任せてもいいと思えるような印象を与えた。
涼がイケメンだ、と事前に琴葉に伝えていたことを思い出す。
確かに180センチはある身長に長い手足、モデル体型なのは一目瞭然だ。かつ、爽やかさが滲み出る笑い方は誰もが素敵だと思うだろう。
しかし、琴葉にとって彼は“黒歴史”だ。私情を仕事に挟むなど許されないことはわかっている。3人でエレベーターに乗って春樹が12階のボタンを押した。

「二人は顔見知りですか?」
涼が無言の春樹に問う。
「あー、大学が一緒でした」
「そうなんですね」

それ以上を訊くな、という春樹の圧を感じたのか涼はそれ以上は何も聞かなかった。しかし、勘のいい涼のことだ。すぐにわかっただろう。
“大学が一緒”なだけでこうも気まずい雰囲気が漂っているのだから。

案内された会議室は前回と違う場所だった。
今日はあいさつ程度ということだが、早くこの場を去りたかった。
顔合わせというのは、逆に言うと業務上関係のない話題も出てきやすいし、だったら打ち合わせの方が良かったと思い更に肩を落とす。

「どうぞ、こちらに」

春樹に促されるように涼と二人で隣り合うようにして椅子に座る。
正面に春樹が腰かけた。

「今日は本当に暑いですね。早く秋になってほしいですよ、本当に」
「そうですね。今年は特に暑い気がします。去年も同じことを言っていたかもしれませんけど」

涼のお陰で会話が続く。こういう時、彼は周りの雰囲気を一気に変えるほどに空気が読めるしコミュニケーション能力がある。見習いたいと常々思う。

「前回は僕が欠席してしまって…申し訳ないです。急な出張で」
「いえいえ。CMの女優さん変更の話でしたから。あれ、前回の女優さんは結構評判もいいですけど契約満了で他の人に変更ですか?」
「そうです。ここだけの話、ではあるんですが…実は今度結婚するらしいんですよ」
「え?!そうなんですか!あぁ、だから変わるんだ」
「そうです。まぁ別にスキャンダルでも何でもないのでいいんですけど。同じ事務所の後輩の女優さんに変更になります」

二人の会話を何とか表情筋を使い笑いながら訊いていた。

「えっと。改めて紹介しますね。藍沢です。今は私と一緒に仕事をしています。そのうち一人でも担当するかと思います」
「改めて、藍沢です。よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします。そうですか…じゃあ、シャインの担当は…?」
「あー、それはまだわかりません。いくつか引継ぎが完了したら任せようかとは思っていますが。藍沢はおしとやかですが、仕事はできるし真面目です。長年営業で働いていますが、営業向きですよ」
「そうですか。それなら次回からは藍沢さんにお願いしたいです」
「……はい」

涼が褒めてくれたのは嬉しいし、俄然やる気が沸いてくる。しかし、急に今後シャインを任せられるかもしれないことを知り絶望した。
いくら私情を挟まないように仕事をするとしても、元カレである春樹と仕事をすることが出来るか不安でしかない。

「すみません。トイレ借りてもいいでしょうか」
「どうぞどうぞ!この階の突き当りにあります」
「ありがとうございます」

このタイミングで涼が席を立ってしまった。
春樹と二人っきりになるなど思ってもいなかった琴葉は顔を強張らせたまま自分もトイレに行こうと立ち上がろうとした。

「私も…―」
が、体勢を崩して机の上に置いてあったノート類を床に落としてしまう。

「すみません!」
すぐにしゃがみ込み、それらを拾う琴葉に春樹が立ち上がり同じようにしゃがむ。
「大丈夫?」
「…っ」

気が付くと、至近距離に春樹の顔があり泣きそうになった。
「びっくりした。まさかこんなところで会うなんて。広告代理店に就職してたんだ」
「…はい」

声が掠れて、震えていた。春樹は昔を思い出すようにして続けた。

「すごく綺麗になってる。びっくりした。最初、わからなかったよ」
距離の近い話し方に床に散らばったノートを拾うのがやっとだった。春樹がボールペンを拾って琴葉に手渡す。
「俺、ずっと後悔してた。謝りたかった。電話してももう着信拒否されていたから話せなかったし、大学でも俺に会わないようにしてたよね。よかったら、また話したい。俺携帯番号変わっているから、これ」

そう言って立ち上がると近くにあったメモ用紙を千切ってそれにスラスラと番号を書いた。そのまま、琴葉にそれを渡すと真剣な目で言った。

「今週の金曜日、会えないかな」
「…会えません。私は、」
「仕事上でしか会えない?」
「…」

言葉の詰まる琴葉に畳みかけるようにそう訊く春樹は狡いと思った。
わかってはいた。
彼は元カレであると同時に、取引先の社員でもある。断りにくいとわかっていて、彼は提案をしているのだろう。
学生の頃の面影を残したまま、優しく笑う彼はかつて愛した男の顔をしていた。
彼からメモを貰うと同時に涼が戻ってきた。

「あれ?どうかしました?」

琴葉と春樹を交互に見ながら首を傾げる涼に何でもないです、と言い席に戻る。
その後、他愛のない会話をしてシャインを出た。車に戻るとすぐに涼が口を開いた。

「風野さんって元彼?」
「そうです」

やはり、涼にはわかっていたようだ。

「なんだ~風野さん元カレだったんだ!とてもいい人だよ。学生の頃に付き合ってたんだ?」
「そうですね。本当に少しだけですけど」
「へぇ、そうなんだ。なんだか元カレと仕事するってやりにくいね。俺が担当してもいいけど、風野さんは琴葉ちゃんがいいみたいなこと言ってたよね?」
「…」
「びっくりしたんじゃない?琴葉ちゃんが綺麗になっていて」
「それはないです。それだけは、ない」
「…そう?」

つい、声を荒げてしまった。
琴葉はぎゅうっと太ももの上で拳を作り、眉根を寄せた。
彼は綺麗になる努力をした自分の姿をみて似合っていないといった。それだけではない。春樹が琴葉と付き合ったのは、サークルの“ノリ”だ。
好きだったのは、自分だけだった。過去を乗り越えることが出来るかもしれないと思っていた。柊のお陰で過去も含めて自分を変えていけると思った。それなのに春樹との再会によってこんなにも簡単に心が乱れている。そんな自分に憤りを覚える。




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