視線が絡んで、熱になる

夜桜 ゆーり

episode7-3

ギュッと琴葉を抱きしめる力を強める柊に、気のせいです、とようやく口に出すが既に柊の手が琴葉のブラウスに滑り込む。

「っ…まって…」
「抱きたい」
甘く囁かれ、全身が痺れる。唾を呑み込み何とか平常心を保とうとするがすぐに柊の唇が耳たぶを愛撫し足が生まれたての小鹿のようにがくがくと震えだす。
「…やっ…ぁ、」
舌が耳たぶからうなじへ移動し、その間も器用にブラウスの中を弄る手に熱のこもった息が漏れ出る。体は柊を求めている。その証拠に既に下腹部が疼いている。

「しゃ、シャワーを…」
「無理だ」

何が無理なのだろう、と思っているとひょいっと簡単に琴葉の体を持ち上げ、すぐ横に置かれているベッドへ琴葉を移動させる。
一瞬のお姫様抱っこにドキドキしてしょうがない。
「あのっ…」
ベッドの真ん中でブラウスが乱れた状態の琴葉を見下ろす柊の顔はいつにも増して艶麗で見とれてしまいそうになる。視界に柊だけが映るとすぐに唇を塞がれた。
触れるだけのキスではなく、すぐに舌が入り込む深いキスにくぐもった声が漏れる。
ベッドに縫い付けるように手首を掴まれ柊が主導権を握る今、ただ彼に身を任せることしかできない。
静かな室内で、唾液を交換する音が耳朶を打ち、思考を破壊するほどのとろけるキスに琴葉は意識を手放しそうになる。
彼の手が太ももを撫で、簡単にストッキングを脱がせる。柊の重みを感じながら、目を閉じた。

…―…


翌朝
出社時間を遅らせているものの、柊は普段通りの出社だから同じ時間に起床した。体を合わせた後、琴葉はすぐに寝てしまいシャワーを浴びていない。柊はその後、シャワーを浴びたようだ。お互い裸でベッドの上にいる。

「…おはようございます」
「おはよう」

昨日は特に熱くお互いを求め合った。抱かれている間何度も名前を呼ばれた記憶はあった。これをセフレというのだろう。柊が上半身を起こしてシャワーを浴びるようだ。筋肉質な大きな背中を見ながらぼんやりと柊のことを考えていた。
これからどうすべきなのか、このままでいいのか、それとも…―。

「どうした」
「いえ」
「今日はフレックスで出社時間が遅いんだよな」
「そうです」
「今日の帰宅は遅くなりそうか?」
「多分…21時から制作部の人たちと立ち会いなので」
「そうか。じゃあ合鍵、渡しておく」
「えっ…」
「何だ」

いえ、といったが内心では合鍵の意味を必死になって考える。柊がシャワーを浴びに浴室へ行っている間に携帯電話で検索してみるが検索ワードが悪かったのか琴葉の欲しい答えは出てこない。
ため息を溢しながらベッドの上から下りると寝室の床には昨日着ていた衣服が脱ぎ捨てられている。
(…愛されているようなセックスだった)
衣服を拾いながら昨夜のことを思い出していた。

柊がシャワーを終え、琴葉も続くように浴室でシャワーを浴びた。
浴室から出て髪を乾かし、リビングへ行くと既に準備を終えた彼がいた。

「一度自分の家に戻るからもう行く」
「わかりました」

柊を玄関まで送ろうとバスローブ姿のままついていく。
後姿でも、十分に他とは違うオーラを感じ取ることが出来る。確かに、ここまで素敵な男性が琴葉を特別な存在と認識するわけがないのかもしれない。
しかし、柊のお陰でお洒落をするのが楽しくなっているのもまた、確かだ。
彼のお陰だ。
汚れ一つない黒い光沢を放つ革靴に足を通して琴葉の方へ振り向く彼は優しい顔をする。
その顔が好きで、どうしても自分だけに向けてほしい。

(どうしても、私だけに…―私だけが独占したい)

邪な考えを胸の奥深くに留めておきたい。それなのに、琴葉の口から出たのは
全く別の言葉だった。

「好きなんです…」
「…琴葉?」
それは、やはり隠しておくには大きすぎる巨大に膨れ上がった柊への愛の言葉だった。
泣きそうになりながら発したそれを聞いた柊は珍しく目を見開き、驚いている。そして…
少しだけ眉尻を下げる。それを見た瞬間、柊が困っていると悟った。

「ごめんなさい!何でもないです」
「琴葉、違う、」
「あの!行ってください!遅刻しますから!」

無理やり玄関のドアを開けて彼を追い出すと琴葉は全身を脱力させて、その場に座り込んだ。

「間違えちゃった…」
あのような顔をさせたかったわけではない。でも、どうしてもこのままの関係は嫌だった。
セフレになんかなりたくない。

―柊の目に映りたい

どうしても、彼の瞳の中に映りたい。






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