視線が絡んで、熱になる

夜桜 ゆーり

episode7-1


二次会のバーは、他にも飲食店の入っているビルの三階にあるこじんまりとした店だった。
「いらっしゃいませ」
低くて甘い声が琴葉たちがドアを開けた瞬間に響く。カウンターはほぼ埋まっているようで琴葉たちは奥のテーブル席に案内された。
従業員(バーテンダー)はどちらも男性で30代後半に見えた。落ち着いた雰囲気が漂っていた。
柊と美幸が隣り合うように自然に座った。もしかしたら本当に二人は今後恋人同士になってしまうのでは、そう思った。

メニュー表を開いてみても琴葉の飲みなれた酒はない。
柊や涼、それから美幸が飲み物を決めても琴葉はまだ何がいいのかわからずにいた。しかし待たせるのも申し訳ないから、あたふたしていると目の前にいる柊がふっと小さく笑って言った。

「別に焦る必要はない。でも琴葉ならこれじゃないか。季節のカクテル。果物使ってるし飲みやすいだろう」
「ありがとうございます…じゃあ、それで」
「飲みすぎないように」

すぐに上司の顔に戻るが、一瞬でもオフの時の表情を見せてくれてしかも“琴葉”と名前で呼んでくれた。
周りに変に思われていないか心配だったが、それよりも嬉しさが勝った。
店内は静かにグラスを揺らしながら一人でしんみりと飲んでいる人や、カップルで楽しそうに喋っている人達など様々な人がいた。

注文したカクテルが運ばれて来るまで他愛のない会話をする。
琴葉はそれほど酔ってはいないが、美幸はテンションが高いようだ。何度も喋りながら隣の柊へボディタッチをしていた。
(…どういう関係なのだろう?橋野さんは絶対に柊さんに好意があると思うけど…)
意識を逸らせるために周りの客の会話を聞いていた。バーテンダーと会話を楽しみながら追加で飲み物を注文している女性はメニュー表を見ないでロング、ベリーなどと琴葉には理解できない単語を連ねて頼む。

確かに琴葉以外の三人はメニュー表を見ないで決めていた。こういうところに来るのに慣れている人たちはそういう頼み方をするのかもしれない。
途端に恥ずかしくなってきたが、今更どうしようもないから今度は勉強もかねて一人で来てみようと思っていた。
「お待たせしました」
テーブルの上に置かれる見た目も素敵なカクテルに思わず笑みを浮かべていた。
メロンが使用されているのは色だけでなく、大き目のロンググラスの縁にカットメロンが添えられているから一目瞭然だ。
感嘆の声を漏らすと、柊が琴葉を見ていることに気づき、すぐにグラスへ視線を移す。

何度も目が合うのは琴葉が柊を意識しているからだろう。
ジントニック、ギムレットなどがテーブルに並び二次会が始まる。仕事の話題よりも他愛のない会話の方が多く、美幸が“個人的に”といったように会社関係を意識しない飲み会なのだと再確認した。
だからこそ、美幸の柊への距離感が気になった。

「どう?美味しい?」
「美味しいです。あまりお酒の感じがないというか…私ウイスキー飲めないのでこういうバーに来たことなかったんです。でもこんな飲みやすいドリンクもあるんですね」
隣に座る涼が琴葉を気にかけるように訊く。

「そうだよ。俺の家の近くにもあるんだ、おすすめの隠れ家的なバーが。よかったら今度一緒に行こうよ」
「いいんですか?じゃあ行ってみようかな…」
こういうのも経験、だ。25歳にもなって経験値が低いことが密かにコンプレックスになりつつある。

「ダメだ」
「…え」

しかし、涼と琴葉の会話に苛立ちを含む声を向けられる。
一斉に皆の視線が柊へ向く。美幸はあからさまに怪訝そうな面持ちで柊を見ていた。

「どうしてですか?社会勉強にもなるし。あ、俺は別に琴葉ちゃんをどうこうしようなんて思ってないですからね!今は先輩として付きっきりで仕事教えていますけど」
「ダメだ。新木じゃなきゃいけない理由はないだろ。だったら俺が連れていってやる」
「…いや、別にそこまでしていきたいわけじゃないので」

やんわりと断るものの、柊の今にも舌打ちが出そうなほど苛立った様子に内心首を傾げていた。
(いつもの柊さんじゃないなぁ…)
彼のそのような様子に驚いているのは琴葉だけではない。涼や美幸も琴葉と同じ顔をしていた。

「そういえば不破さんはこういうところよく来るんですか」

ぎこちない雰囲気を感じ取ったのか美幸が話題を変えた。柊は美幸の方にチラリとも目をやることなく目の前のグラスに手を伸ばし、相変わらず整った唇にそれが密着する。

「えぇ、たまに」
「そうなんですね。私は一人で結構飲みに来ますよ。ここも何度か利用したことがあります」
美幸は上目遣いで柊しか視界に入っていないように会話を紡いでいく。
二人が睦み合う光景を至近距離で見せつけられているようでやはり琴葉には辛い時間だった。
カクテルは飲みにくさもなく、まるでジュースのようにごくごくと飲めてしまうから、アルコールが入っていることを忘れてしまっていた。気づくと、全身に熱が溜まっているような感覚、眠気、それから視界がぼやけてきた。
トイレに行こうと立ち上がると酔いも相俟って体がよろめき、涼が咄嗟に琴葉の肩を抱いた。

「大丈夫?!」
「あ、すみません…トイレに」

千鳥足になりながらトイレを探して歩き出す。バーテンダーがトイレを探している琴葉に気づきすぐに場所を教えてくれた。
女性用のトイレのドアを開けて酔いを醒まそうとするが気を抜くと今にも視界が反転しそうなほど全身に力が入らない。明日も仕事だというのに、何をしているのだろう。

せめてもの救いは明日はフレックスを利用して11時出社ということだろう。
21時から入っている仕事があるからだ。涼は13時に出社するらしい。
トイレの鏡で赤みの帯びた自身の顔を見つめていると一人の女性が入ってくる。何やら電話をしているようだ。
彼女は琴葉のことをまるで透明人間でもあるように無視をして携帯電話を耳に当てながらもう一つ空いてている鏡の前に立つ。そして携帯電話ほどしか入らないのではと思うほど小さな黒の鞄から口紅を取り出して塗りだした。


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