視線が絡んで、熱になる
episode5-2
二人で彼の車に乗り込む。
高そうな車だなぁ、とは思ったが車に興味のない琴葉はどの程度の値段がするのかはわかっていない。
「まずはどこへ?」
シートベルトを着用しながらそう訊くと柊は「まずはコンタクトだ」という。
「へ?」
「とりあえずコンタクトレンズを買いにいく」
「…えっと、不破さんのですか?」
「何言っているんだ。お前のだよ」
柊の言葉と同時に車が走り出した。コンタクトを購入したことは一度だけある。
大学生のころだ。琴葉の初めてを柊によって塗り替えられていくのをヒシヒシと感じながらもそれが嫌ではなかった。
ゆっくりと動く車の中で何を話したらいいのか迷っていると柊から口を開いた。
「俺はあまり人と深くかかわってこなかった」
「…はい?」
しかし、柊の話す内容はあまりにも琴葉の斜め上をいくもので、思わず精悍な横顔を凝視する。
柊はハンドルを握ったまま、続けた。
「というか面倒だった。そのくせ周りには人が集まってくる。だから人と深くかかわろうとする努力をしないで大人になった。でも社会人になって、いや、人の上に立つ立場になって他人の気持ちを慮ることがいかに大切か理解した」
「…はい」
琴葉もそうだった。突然語られた内容は普通ならば理解するのに時間がかかりそうなほど唐突でこの場には相応しくないような会話かもしれない。
しかし、琴葉にも思い当たる節がある。自分もそうだった。柊の場合は自ら関わろうとしなくても人が周りにいるようなタイプの人間だが琴葉は違う。
そういうタイプではないからこそ、自ら他人と関わっていこうと努力しなければいけなかったのだ。それを怠ってきたせいで柊の気持ち一つ、読み取ることが出来ない。
「まぁそれでも仕事では結果を出せば評価はされる。でも、例えば…離したくないほど大切な人に出会った時、どうするべきなのか最適な答えがすぐに出てこない」
「…はい」
「だから考えた。俺はお前を二度と離すつもりはない。何かあればちゃんと言ってほしい」
「え?ちゃんと言う?」
柊の言葉を諳んじてみるものの彼の言いたいことの輪郭が未だに掴めない。
ちょうど信号が赤になり前方の車が速度を落とす。それに合わせて柊もブレーキをかける。
「こうしてほしい、とかそういうことだ」
「…は、はい…」
(大切な人に出会った…?それが私のこと?)
琴葉は柊に要求など何もなかった。
というよりも想像以上のことをいつも与えてくれる。
これ以上ないほどの幸せを感じている。
「今日はデートだ。なんでも言ってくれて構わない」
「…わかりました」
柊の言葉に何度も頷きながら太ももの上で拳を作り、呼吸を整える。
これほどまでに心臓が早鐘を打つようなことがあっただろうか。
火照った顔を隠すように窓を見る。
やはり思い出すのは昨夜、柊に抱かれたことだった。
…―…
…
コンタクトを購入するために、眼科と連携している店舗へ来た。
ひとりで行けるから、と琴葉が何度も断ったが柊も一緒についてきた。
店員にどれがいいのか聞いてコンタクトを選ぶ。眼科で視力を測るそうだ。
流石に眼科まではついてはこなかったが、自分がまるで子供にでもなったような気分でふっと笑みがこぼれる。
眼科でコンタクトを購入すると、そのまま着用して店を出る。
店の外には柊が待っていた。
身長が高いこともあるが、オーラのある彼はすぐに見つけられる。雑踏を掻き分けるように進み、柊に近づく。
コンタクトをするのは久しぶりで、違和感があった。眼鏡をかけていないのにブリッジを上げる素振りを既に二回している。
「…不破さん!」
「…」
「ごめんなさい、待たせてしまって」
恥ずかしさはあるが、だからと言って目を合わせないわけにもいかない。できる限りの笑顔を彼に向けると柊はなぜか一度、顔を背けた。
「似合ってる。行こう」
はい、と返事をするものの、柊のその態度が妙に心に残る。
(…何か変だった?)
その後、柊の提案により昼食を取ることになる。
嫌いな食べ物はないか、和洋中ならどれがいいか、など質問攻めにされる。
柊が選んだのはイタリアンの店だった。
夜は予約必須の人気店らしく、老若男女問わず店内はにぎわっている。
レンガ調の外壁の店内は開放的でテラス席もあるようだ。
琴葉は、顔色を明るくさせながら案内された席へ座る。
「好きなものを頼んでいい」
「はい。不破さんは、何が好きなんですか?」
「俺は…嫌いな食べ物もないが一番これが好きというものもない。酒もワインも飲むし日本酒も飲む」
「そうですか…」
少し残念な気持ちになる。
柊の興味のあるものをもっと知りたいからだ。趣味は何だろう、休日は何をしているのだろう。
これが恋だ。その人の細部まで知りたいという欲求が溢れる。
琴葉はホタテのジェノベーゼを、柊はナスとタコのラグーソースパスタを注文した。その他にマルゲリータピザも注文する。
混みあっていたからか、料理が運ばれてくる時間が遅い。それでもその時間ですら楽しいと思っている自分がいた。
注文したものが運ばれてくる。ちょうど空腹でお腹が音を出したところで、彼に今の音が聞こえていないか心配になった。
「いただきます!」
両手を合わせて食べ始める。柊はそれを見ながら満足気に口角を上げる。
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