視線が絡んで、熱になる

夜桜 ゆーり

episode4-1

数日間、琴葉は柊の家には行っていなかった。
腕時計だって返してもらったし、柊に会いに行く理由もないからだ。それなのに、夜一人で眠っていると胸の奥が疼いて柊の声や熱い目を思い出してしまう。
やはり自分はどうかしてしまったのだと思った。
化粧品は柊の自宅にあるから結局今週化粧をして出社したのは一日だけだった。

仕事に関しては、覚えるというよりも慣れてきた、というところだろうか。
コーポレート人事部で働いていた時よりも圧倒的業務量に心が折れそうになるが、同時に楽しさも見出していた。
就職活動中に心動かされた広告に携わることが出来ているという実感だろうか、琴葉にとっては全てが苦ではなかった。
今日は金曜日で涼から飲みに行こうと誘われていた日だ。なので、残業はしない予定だ。
柊も来ると言っていたが、どうなのだろう。

そればかり気になっている。実は柊が金曜日そのまま家に泊まっていけばいいと言っていたから下着など必要なものを持ってきていた。

(…まるで、私が彼の自宅へ行きたいみたいじゃない)

キーボードを打つ手を止めて周りに気付かれないように一息入れる。
と。
「どうしたの?ため息?」
「わ、違います!ちょっと一休みしてただけで、」
「ふぅん?なんか業務とは違うこと考えているように見えたけど」
「そんなことないです!」

涼は意外に鋭い。仕事でもそうだが着眼点がいい。それは多角的に物事を捉えることが出来ているからかもしれない。そのせいで柊との件がバレてしまわないか心配だった。

「あ、わかった。恋してるんでしょ?」
「…え、」
「あれ?違う?そうかなと思ってたんだけど。だって目が恋する女の子って感じだし」
「ち、違います!勝手に決めつけないでください!恋はしないんです」
「どうして?これからいい人できるかもしれないのに勿体ないよ」
「…出来ませんよ」

涼の推測をすぐに否定したが、どういうわけか胸の中に靄がかかる。
(…何だろう、この感覚)
好きなわけないじゃないか、そういう感情はないはずだ。
しかし一度気になるとずっとモヤモヤしてしまう。このままいくと業務に支障が出てしまうだろう。
と、その時目の前に座っている智恵が柊のデスクへ行くのを目で捉えた。
ノートパソコンを持ったまま、柊のデスクへ行くと二人は近い距離で何かの確認をしている。

後ろ姿も横顔も何もかも美しく妖艶で、琴葉にとってあこがれの女性である智恵は柊にお似合いだった。
自分も智恵のようになれたら、柊の隣を歩いても違和感はないだろうが今のままでは…―とここまで考えて遥か昔同じことを考えたことがあることに気づいた。

(…学生のころだ。大学時代、春樹と付き合った時と同じ気持ちだ)
直前に涼に言われた“恋をしている目”というフレーズを何度も脳内でリピートする。
智恵が柊に笑いかけていた。そして、隣にいる柊も珍しく柔らかい目を彼女に向けている。胸がざわついた。数分のうちに様々な感情が入り混じる。

「琴葉ちゃん?しかめっ面してどうしたの」
「いえ、すみません。集中します。あの…智恵さんって…不破マネージャーと仲いいんですか」
「え?智恵さん?あぁ、」
涼がどぎまぎする琴葉に小さく耳打ちした。
「あの二人、昔付き合ってたみたいだよ」
「えっ…」
「お似合いっていえばそうだよね~美男美女だしどっちも仕事できるし。まぁ数か月で別れたっぽいけど」
「…そう、ですか」

胸の奥がズキズキと痛むのは、そして…こんなにも柊と智恵の過去が気になるのは、それはきっと

―彼に恋をしたから、だ

二度と恋などしない、男なんて懲り懲りだ、そう思っていたくせに一瞬で恋に落ちた。
なんて軽い女なのだ、と思ったがもう遅い。一度動き出してしまった感情は止まらない。必死に忘れようとしてるのに一人でいるときに必ず柊を思い出してしまう。
強引なのに優しくてあたたかい。そして、まるで琴葉に好意があるのではと錯覚してしまいそうになるほどの熱い視線だけで胸の高鳴りが止まらない。
この感情は、やはり恋なのだ。

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