視線が絡んで、熱になる
episode0-3
♢♢♢
その日は、カフェテリアスペースで勉強をしていたようで彼女を見つけると普段通り近くに座って柊も専門書を開いた。
が、すぐにその手が止まる。
何故なら、彼女の雰囲気が少し変わっていたからだ。
髪型は普段通りだが、服装が変化した。体のラインを強調するようなトップスに下はスカートだった。
女性が変化をするとき、それは大概は恋をした時ではないか。
全員がそうとは言えないが、少なくとも彼女はそうだと思った。
そして、もう一つ変化に気づく。それは携帯を気にしている素振りをみせていたことだ。
そんなことは今までなかったのに。
―誰かが、彼女の視界に入ったんだ
そう悟った時、無性に腹が立ったし、イライラした。このような感情を柊は知らなかった。
それからというものの、彼女は物凄いスピードで綺麗になっていた。
髪は緩くウェーブがかかっていて、服装も変わった。それだけでなく、化粧もしていた。
普段の柊の周りに寄ってくる女性の変化など気にしたことはなかったのに。
研究室で蓮と次回のゼミの発表資料を作っている最中のことだった。
名前も知らない彼女のことを蓮に聞いてみたくなったのだ。
「なぁ、この間話してた子の話、何か知ってる?ていうか名前何ていうの」
「はぁ?この間って、あぁ、…一年の子?確か藍沢…琴葉っていうんじゃなかった?最近テニスサークルの彼氏できたって。ていうか興味なさそうだったのに、なんで?」
―彼氏ができた
想定内だった。ある程度は予想していた。しかし、自分がショックを受けているという事実の方が想定外だった。
「何でもない。テニスサークル、か」
頬杖をつき、息を吐いた。
藍沢琴葉、話したことはある。だが、彼女の目の中には入れてもらったことはない。だから事実上、赤の他人だ。それでも、彼女が幸せならそれでいいと思った。
なのに―。
「でも、なーんかあれらしいよ。噂だけど、罰ゲームで負けた奴があの子に告白するっていう感じのことやってるって」
「は?…」
「俺も後輩に聞いたから本当かどうかはわからないけどさぁ。それだと後味悪いよな。さすがの俺も笑えねぇ」
事実かどうかはわからない。
だが、それが事実だったら―…。そう思ったら居ても立っても居られなくなった柊は立ち上がり藍沢琴葉を探した。
しかし普段なら図書室かカフェテリアスペースにいる彼女の姿はなかった。
ちょうど雨が降ってきたようで、大学内の廊下からでも聞こえる雨が窓を叩く音が響いていた。
と、前方の自動販売機の前でしゃがみこむ学生を視界に捉えた。
彼女が琴葉だと気づいた柊は急いで駆け寄った。体調でも悪いのかと思ったが、違った。
しゃがみこみ足を抱えるようにしているその背中は震えていた。そして、鼻を啜る音が耳朶を打つ。
一瞬、足が止まる。
しかしすぐに歩みを進め、琴葉の肩に手を置いた。
「大丈夫か」
ビクッと大きく肩を揺らし驚くように顔を上げた彼女と視線が合った。
真っ赤な目は普段よりも大きく見えた。眼鏡からコンタクトに変えたからだろう。
琴葉は柊のことを認識していないようで、「誰…」と小さく呟いた後、さらに唇を震わせて顔を背けた。
「あんな男はやめとけよ」
見たこともない男を、“あんな男”というのはおかしな話だが、噂が本当ならば、いや本当でなくとも柊の方が琴葉を大切にできる自信があった。
これが恋だと、人を好きになったのだと嫌でも認識せざるを得なかった。
琴葉は何も言わなかった。
そしてもう一度柊を見上げる。大粒の涙が頬の輪郭をなぞるように落ちていく。
彼女は悲しそうに、切なそうに顔を歪ませながら立ちあがり走り去った。
それ以降、彼女の姿を大学内であまり見かけなくなった。
が、次に見かけたときは“以前”の彼女に戻っていた。蓮によると、やはりテニスサークルで琴葉と付き合うというゲームのようなものをしており、それが琴葉本人にも伝わったのではないか、ということだった。
喋ったこともない後輩を探して(蓮に教えてもらった)初めて春樹(琴葉の元カレ)を見た瞬間、殴りかかろうした柊を蓮が必死に止めてくれたおかげで事件になることはなかったがその件はずっと柊の胸に残り続けていた。
そして、ちょうどゼミで忙しくなっていた柊は琴葉と関わる機会を失っていく。
気づくと卒業を迎えていた。就活も成功し、無事に就職もできた。
ただ一つ、琴葉のことだけが柊にとって心残りだった。
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