エリート魔法使い、サイコパスにつき:殺そうとした彼女は、勇者の末裔だったらしい

ノベルバユーザー542862

第11話 大商人の娘たち 2



アグレウスの豪奢な馬車に揺られて、エールデンフォートをはしることしばらく。

私たちは彼の屋敷に到着した。

アグレウスの馬車が到着するなり、屋敷の門は勝手に開いて、私たちを迎えいれた。

噴水のある庭をうかいして、屋敷の玄関にたどり着いくと、護衛3人ほどが一礼してさがっていった。

私服護衛たちのなかでも、特に奇特な服装をした2人の護衛に警護されながら廊下をあるく。

「すごい、まるで貴族のようだ」
「そこいらの三流貴族より、よっぽど稼いでいるさ。このアグレウス・フラッツヴェルヴが1代でここまで家を、商会をおおきくしたんだ」

アグレウスは廊下に掛けられた絵画をさして、高らかな笑い声を響かせる。
たまにろうそく立てやら、彫像の知識をひけらかしてとてもご機嫌だ。

微塵の興味もなく聞き流していると、廊下のむこうから、ひとりの少女が走ってきた。
紫の髪に、紫紺の瞳。
アグレウスとは似ても似つかない少女だ。

「お父様ー、ネフィがお父様の部屋に入ってたよー」

三姉妹のだれか売りわたす少女。
ヘマしたやつは足切りしろ、とでも教えられてるんだろうか。

「エイミー、よく言った。ネフィイイ! ネフィイイ!」

アグレウスは紫髪の少女ーーエイミーの言葉を聞いた途端、名前をさけびながら走りだした。
私も小走りで、彼のあとを追いかける。

「ッ!? ネフィィイ! なにやってる! だめだ、それに触るんじゃねぇ!」

40歳後半の叫び声の聞こえた曲がり角。

豪華な部屋の入り口で、アグレウスは頭をおさえたり、口元をおさえたりして慌しい。

何をそんなに動揺してるか、私も部屋をのぞきこもうとしたその時。

ーーガシャン

部屋のなかから何かが壊れる音がした。

息を大きくすいこみ、アグレウスはゆっくりとこちらを見てくる。

瞳に映るのは破損したオブジェ。
それは私の作品「隠匿する少女」そのものだった。

「あぁ……なんていう……」
「す、すまない、先生、ネフィが勝手に……ッ、ネフィ、こっちにこい!」
「っ、いやだ、はなせ、くそじじいっ!」

アグレウスはきめ細かい金髪のネフィを細腕をひき、部屋のまえに連れだした。

振りあげられる手。

ーーパチンッ

「ぅぅ、いた、い、やめ……っ、いやぁっ!」
「てめぇは、いつもいつも言うこと聞かず、ふざけやがって!」

何度も振りおろされる分厚い手。

やがて、抵抗していたネフィは、顔中アザだらけになると、ぐったりして静かになった。

ふと、足元の絨毯が湯気をだしてることにきづく。

じっとり濡れいる。
恐怖に小便をもらしているのか。

私は濡れる絨毯から一歩後ずさった。

アグレウスは抵抗力のなくなった、きたない少女の手をひいて、魚のようにつるして見せてくる。

「先生、本当にすまねぇ。気まぐれで女に産ませた俺の子だが、恐ろしく出来がわるいんだ」
「……すぅーはぁー」

血と涙、鼻水と小便でよごれる少女を見おろす。

深く、深く、深呼吸をする。

清心がおかしくなりそう……落ち着くんだ、私。

「いいでしょう。作品が壊れては仕方ありません。やったのは幼い少女ですし、許しますよ」
「ッ、あ、ありがとう、先生! 世間じゃあんたを頭のおかしい奴って罵るやつもいるが、こんなに深い度量をもっていたなんてな!
ああ、そうだ、もし過去の作品が必要なら、このアグレウスの人脈をつたって、散らばった作品を探させよう!」

身振り手振りで提案をしてくるアグレウス。

すぐ横で整列する、立たされたネフィと、傍観していたエイミーに視線をおとす。

「アグレウスさん」
「ん、どうしたんだ、先生、なにかご要望でも?」
「アグレウスさんには3人娘がいるんですよね。ぜひ会わせてはくれませんか、最後のひとり」

アグレウスは不思議そうな顔をし、近くの奇特な服装をした護衛に耳打ちをした。

護衛はうなづくやいなや、どこかへ行ってしまぅた。

すぐに、廊下の向こうから護衛が帰ってくる。

そばに少女を引き連れている。

「お嬢様をお連れしました」
「ご苦労……。先生、こいつが娘たちのなかで一番出来のいいパスです。母親の美貌をしっかり受け継いでるんだ。それにだ、へへ」

やってきた白髪少女ーーパスの蒼瞳をのぞき込む。

パスは、一瞬ギョッとしたが、すぐに冷めた瞳になると、私の目を、まっすぐに見かえしてきた。

いいぞ、素晴らしい。
まったく光が宿っていない。

今度はエイミーの紫紺の瞳だ。

エイミーもまたビクッとしたが、すぐに光のなくなった目で見つめかえして来てくれた。

このアグレウスの娘たちは最高だ。
みんな目が死んでいる。

いったいどれだけ酷い教育をほどこしたら、ここまで、自分の人生に絶望した、生きる芸術ができあがるのか。

皮を剥いだ者のみ、最高の芸術へいたれると考えていたが、どうやら私は間違っていたらしい。

「全員もらおう」

私は一言そういった。

「……ぇ、先生、それはどういう意味だ?」
「わからないですか。パス、エイミー、ネフィ、全員もらうと言ったんですよ」

「いいや、違う。こいつらは、このアグレウスの娘たちだ。それをどうして先生が……お前がもらうなどと戯言をぬかしてるのかって聞いてんだよ」

ドスの効いた低音が廊下に響く。

目を見張り、約束された怒号に息をのむ少女たち。

アグレウスの背後にひかえる護衛者は、スッと目を細め、わずかに腰を低くかまえた。

さきほどまでは私のファンだった男。

今では「いつだって殺せる」と額に青筋を浮かべている。

これだから人は恐ろしい。

表面ではどれだけ仲良く取り繕っても、その皮の一枚したでは、行動次第でいつでも消すと決意をする。

「アグレウスさん、あなたの娘が、私の作品を壊した。壊れた物はしかたない。けれど、それでは私の気がおさまりそうにない。
だから、あなたの持つ生きる芸術品をください。彼女のうちから、もっとも私の作品に適した者をふわけするために」

「……なるほど、噂どおりのイカれ具合だ」

アグレウスは、私に背をむけて歩きだす。

娘たちは一瞬戸惑い、父の背中を追いはじめる。

何度も振り返ってくるボロボロのネフィと、チラチラと目があった。

「お、お父さま、あのひとは、だ、だれなんですか?」

ネフィは殴られるのを恐れてか、手で顔を隠しながらアグレウスにたずねている。

「あぁ、奴は……もう死人だよ」

こちらへと振りかえる大商人。
宿すのは氷のように冷たい瞳。

「それが答え、ですか……メークスフィア、殺せ」

かすむ人影。
姿をかき消す速さで突っ込んでくるのは護衛者。

足の裏で、うごめく影たち。

意思を持って高速の剣閃を、黒影がブロックする。

「ッ、なんだこれはーー」

足元からの闖入者ちんにゅうしゃに、護衛のひとりが驚くよりはやくーーその首は飛んだ。

あたたかい鮮血が、壁に、天井に飛散する。

絨毯がじっとりぬれて、奇特な服装をしていた護衛者がひとり事切れた。

「ッ! イカれてるとは思ったが、まさか悪魔を、したがえていやがるとは……ラストマン、やれるか?」
「…………努力しよう、はやく逃げておけ」

アグレウスは逃げだした。
背の高い護衛者に、あとを任せるようだ。

生きる芸術たちが、あの男に連れさらわれてしまう……そうはさせない。

「それじゃあな、先生。このアグレウスの護衛者たちのなかでも最強の男、ラストマン相手にせいぜい頑張ってくれ」
「ご心配どうも」

ひらひらと手をふって、廊下の角に消えていく少女たちにやわらかく微笑んでおく。

「よし。メークスフィア、さっさと殺していい」

2メートルの巨体をほこる黒のゴム人間たちが、姿を完全にあらわす。

上背だけならこの護衛者ーーラストマンも負けてはいない。

が、どうせいつものように軽く殺せる。

気にすることではない。

そう思った瞬間。

「俺の負けだ」

ラストマンは腰から剣すらぬかず降伏していた。

この男はなにをしている。

私の最初の疑問はそれだった。

「俺の負けだ、降参しよう」

ラストマンはそう言って、一歩横にずれて道を開けてくれた。

なにかの作戦か。

わからない、裏があるのか。

とりあえず殺しておこう。

それが安泰だ。

影たちが、私の思念に敏感に反応して、物凄い速さでラストマンへと、突っ込んでいく。

怪力、体格、鋭い爪、流動する実像。

どれをとっても厄介なメークスフィアに、ラストマンはどうあがくのか……。

そう思っていた瞬間が私にもあった。

ーーギィインッ

「っ」

流れるひと振り。
響く金属音と、散る火花。

メークスフィアの鋭利な死を凌いだラストマン。

気がついたとき、彼はいつ抜いたのかわからないレイピアを、ふたたび鞘におさめるところだった。

「俺を試しているのか。残念だが、スキンコレクター、お前に勝てる勝てないじゃなく、
悪魔とはやらないと決めているんだ。アグレウスには、私を殺したと伝えておいてくれ。俺は雇い主を乗り換える」

ラストマンはそう言うと、長い足で、歩幅を広くとって歩きながら、私の横をぬけていってしまった。

やれやれ、世の中には薄情な用心棒もいたものだ。

気を取り直していこう。

「メークスフィア、アグレウスを追跡、抹消しろ。娘たちは殺すな、私のものだ」

指で空中の輪郭をなぞる。
ゴム人間は実体のまま、走りだし角のむこうへ消えていった。

追跡に1体向かわせたのち、足元からもう2体のゴム人間を呼びだして屋敷内へ散らしていく。

スキンコレクターの襲撃から私の正体にたどり着くとは思えない。

だが、後顧の憂いは絶っておくべきだろう。

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