エリート魔法使い、サイコパスにつき:殺そうとした彼女は、勇者の末裔だったらしい

ノベルバユーザー542862

第8話 初デート 1



清廉とした空気。
閉鎖された四方空間。

首を横に向ければ、ぽつぽつと穴の開いた木の壁。

これはいわば懺悔室ざんげしつというやつか。

私は懺悔することなどないのだが……ここに連れてこられた意味はなんとなくわかる。

クリスもまた、私が悪いことをしたと考えているわけだ。

だから、こんなところに連れて来たんだろう。

私には不適切、不必要なのに。

ちなみにデートの場所としても不適切だ。

そうそうに退出させてもらおう。

「失礼します」
「お待ちになってください」

腰をあげると、間髪いれずに声がかえってくる。

首を傾ければ、ぽつぽつ穴の開いた壁の向こう側、隣の四方部屋から声が聞こえてきた。

「なにか話したいことがあるから、ここへ来たのではないですか?」
「いいえ、話したいことなどありませんよ」
「嘘ですね。僕にはわかりますよ、あなたが深い深いごうを背負っているとみえる」

年若いその声は見えすいている、とでも言いたげに、自分の言葉を一分も疑っていない。

この若い男は俺のことを理解してるつもりなのか。

「実に面白い。すこし付き合ってあげよう」
「あはは、どちらかと言うと、僕があなたの懺悔に耳を傾けるのですがね」

イスに腰掛けなおし、私は男に逆に尋ねてみることにした。

「神父様はいったい全体、この私がどんなごうを背負っているとお思いで?」
「それがわからないうちは、あなたは前へ進めません」

なんだそれは。

「まるで話にならない。あなたはつまり罪過ざいかを持たない私に、自身の罪を意識しろと言うのか。神父様と詐欺師は遠いようで、まったくそうでないと見える」
「感心しませんね。あなたには、反省の心がまるで見えない」
「反省することが見当たらないと言っている。私は一個人として懸命に、そして誰よりも正直に生きてきた。
負荷を背負い、偽善をもって勝手に潰れることだけを美徳とは言わない。どうように自分が幸福になるために、それを追求することを罪とも呼ばない」
「それがあなたの哲学ですか」
「いいや、これは人の本質だ」
「はは、人類全体ですか……傲慢ごうまんですね」
「っ」

私をあざわらう爽やかな声。
静まりかえった懺悔室に染みわたる。

「この私が傲慢、だと?」
「えぇ、傲慢ですよ。とっても傲慢です。自分勝手です。自身の美学にのっとれば、それが人類全体の思想だと語る。
あなたは、あなたと言う数少ない事象から強引に一般論を導き出しています」

ふざけるな、ふざけるな。
この私が傲慢なわけがない。

「私は、私という個人が必要とすることを、必要なだけおこなっているに過ぎない。
太陽のように頼んでもないのに、陽の光を垂れ流し、これが恵みだ、だなんて恩着せがましいことはしない。
どこかの勇者のように、頼んでもないのに救ってやろうなどと戯言もはかない。私は被害者なのだ。
私は、私のことを思ってくれない他者に、侵害され続けている、あわれで、かわいそうな無垢の民なんだ」

早口に言いおえて、肩で息をする。

私が傲慢などありえない。

人のことをわかった気になって話すなんて。

この神父こそが傲慢の使徒だろう。

吐き気がする、私の精神がまたしてもおかされた。

右手の関節を鳴らす。

「それでは問いましょう」

神父は明るい、されど平坦な声で粛々と言う。

「あなたは他人を思い生きていますか?」
「……あぁ」

他人を思う。
そう生きてきたはずだ。

私はそのために、人をふわけし、彼らを知る。
人の本質を包みこむ皮をコレクトする。

芸術は、皮が剥がされるその瞬間まで、人の本質と重なっていた神秘を暴く、ひとつの表現技法に過ぎない。

私は他人を知ろうとしている。

思いやって、いる……はずだ。

「あなたは本当に、いまのやり方で他人を知れると? もうとっくにわかっているのでは?
あなたのそれは惰性だせいです。病気でもなんでもない。アイデンティティとなった、殺人癖に傾倒けいとうすることで、新しさに向かうことを拒否している」
「ッ、神父、貴様、クリスから話を聞いているな!?」
「おや、なんのことですか? それに怒りを抑えられないのですか?」

頭がパンクしそうだ。

ぐつぐつと煮えたぎる、心の奥底の熱。

殺してやりたい、私を侵害するすべてを。

「それと、これは話していて感じたことですが、あなたはずいぶんと幼稚ようちだ。ただの短気と言い換えてもいい。あなたにとっての不幸は、
あなたの感情を体現するだけの精神力と力、思考力と知識を持ってしまったことでしょう。
あなたは変われます。他者をすこしでも尊重すれら、その変化は向こうからやってくる」

言わせておけば。

神父が分別をわきまえず、私を侵害するなんて。

いつでも黙らせられることを、教えてやらねば。

右手を大きく、大きく開く。

「怒りを抑えられない。僕の言ったとおりでしょう」

差しこまれる涼しい声。

「ッ……不快だ。非常に不愉快だ」
「その感情ですよ。その感情を忘れないで。あなたが犯してきた生命たちも、同じことを思ったということを覚えていてください」
「っ」
「あなたは自身の身勝手を、清算しなければいけない。その方法はたくさんあります。
試しにあなたが損なってきた生命と、同じだけの生命を、その右手で助けてみてはどうですか?」

ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ。
ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ。

うるさい、うるさい、くだらない、くだらない。

それをして私になんの得がある。

その程度のことでなにが変わるという。

「はぁ、貴様の挑発にはのらない……ーー帰らせてもらいます」

大きく広げた右手をポケットに突っ込む。
私は腰をあげてドアノブに手をかけた。

「ひとつだけ、ひとつだけ最後にいいですか?」

隣の部屋で、人の立ちあがる音が聞こえた。

私は沈黙する。

たぎる怒りを必死に抑えて立ち尽くす。

「あなたは弱いから悪魔に憑かれたのですか。それとも悪魔に憑かれたから、そうも弱くなったのですか」

神父の言葉に、私は右手のひらに視線を落とした。

私は弱くなどない。

勇者は殺せずとも、私に逆らえる者などいない。

だが、違う。
この神父の言葉はそういう意味じゃないはすだ。

煮えくりかえる憤怒を飲みこんで、深呼吸を繰りかえす。

首を傾け、すぐ隣に立っているだろう神父へむけて口を開く。

「質問には答えない。そして、訂正だ。私は悪魔に憑かれたのではない。悪魔を使っているのだ」
「……そうですか。これは重症ですね」

疲れた男の声。
ため息のようなものも聞こえる。

なんなんだ、この神父は。
教会に来た人間を怒らせるのが仕事なのか。

掴んでいたドアノブをひねり、広い世界へ。

教会を出ると、外の植えこみにクリスが背を預けて待っていた。

「あ、先生! どうだったー? なにか病気を治す手がかりは見つかったりした?」

クリスは緋瞳をキラキラさせてたずねてくる。

ーーあなたのそれは惰性だせいです。

思い出される神父の言葉。

「……いいや、なんの役にも立たなかったよ。ただひとを煽るのが、上手な神父だとはわかったか。それに、二度と懺悔室ざんげしつなどには入らないとも決意した」
「えー!? なにそれ、全然ダメじゃん! もうなにやってるのあの人……っ」
「チッ……やはりグルか」
「先生、舌打ち禁止です。こんどやったら体罰しますよ!」
「訳のわからない脅しを……なっ!?」

勝手に腕を組んでくるクリス。

火を吹きそうなほどに赤面しながら、美しい金髪をのせて、肩にしなだれかかってくる。

まずい、心拍数があがってしまう。

私の精神衛生がおかされている。

安泰の平常心が壊される。

「や、やめろ、クリス・アレス、はな、れろっ!」

笑みを浮かべながら、しがみついてくるクリスを強引に引きはがす。

ダメだ、この勇者、びくともしない。

「嫌です! こ、これは体罰なんです! あたしだって恥ずかしいですから抵抗しないでください!」
「意味が、わから、ないっ!」

なんだその上等な文句は。
恥ずかしいならしなければいいだろう。

本当に非合理で困った教え子なことだ。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く