エリート魔法使い、サイコパスにつき:殺そうとした彼女は、勇者の末裔だったらしい
第6話 インスピレーションを求めて 2
私の足元の影たちは流動的だ。
ボディは水面のように波うち、奇跡的に人型を維持する粘性生物たち。
この世界の者ではない「黒の眷属」を、魔界より一時的に特殊な液状ゴム触媒に宿させているだけの代物だが、
それでもポルタ級冒険者を、しかも剣士なぞをあしらうには、彼女らにとってぞうさもないことだ。
「うわぁああああッ!」
用心棒のひとりが、2メートルを超える黒色のゴム人間、メークスフィアに捕まった。
「やめろ、やめてくれぇぇ、あ、ァァァああアアッぁ、ぁっ、がぁ、あッ……ーー」
メークスフィアはその有りあまる万力で、ポルタ級冒険者を引きちぎって、赤絨毯のうえに内容物をぶちまけていく。
それを見て、恐怖ですくみあがったもうひとりの用心棒、ボルザーク。
「ッ、しまっーー」
メークスフィアは細い腕を横なぎにはらい、動揺する彼の体を吹き飛ばした。
「ぁ、ぁ、だ、ず……げぇ、て……」
そうしている間に、こちらの創作は順調に進む。
「私には、かつての作品たちが必要だ。私の好きな素材で、心の余裕があったときに作った、あの作品たちが必要なんだよ」
壁に叩きつけられ、血反吐を吐くボルザークを指差し、メークスフィアを差しむける。
「メークスフィア、実に素晴らしいとは思わないかね? 美しいフォルムを変化させ、
絶えず新しいインスピレーションを生み出しつづける。実にクリエイティブな者たちだ」
「ふざけるなぁぁぁあ! クソぉぉおっ!」
ボルザークは双剣をふるい耐えているが……あの程度なら、何もしなくても、そのうち死ぬだろう。
「カタクラヤス、君自身が作品に変わる前にひとつ教えてくれ。私の作品をいったい誰に売ったんだ?」
「ぁ、ぁ、ぅ、ぅう、ぁ」
「カタクラヤス、惰性におちるな。死ぬ最後の力を振りしぼれ。さぁ、言うんだ」
肉体を雑に分解して、もはや人間の尊厳が残らないように、再構築した肉の塊をなでて、口をひらかせる。
「ぁ、あぐ……れ、ウス……」
「あ、ぐ、れ、う、す……アグレウスだな?」
ゆっくり反復して確認。
醜い肉塊は、溶けた眼球から涙をながしながら、さっきまで頭だった部分を懸命に縦にうごかす。
相手はアグレウスか。
あとで親友を訪ねる必要がありそうな相手だ。
腰をあげ部屋を見渡す。
血塗れの華を咲かせる壁際。
ボルザークはもう死んだようだ。
「ん」
ふと、部屋のそとから複数の足音が聞こえた。
外側から開け放たれる両扉。
屋敷の外にいた黒服のマフィアが駆けつけたか。
だが、失笑するほどに遅すぎる。
「ひとりも逃すな」
流動する黒いゴム人間たちが、凄まじい速さで扉へ向かっていく。
悲鳴をあげて逃げだすマフィア。
それを追跡するメークスフィアたち。
私はコートについた埃をかるく払い、ゆっくりと来客室の出口へとむかう。
「ぅ、ぅぅ、こ、ろ、じ、で……っ」
引きつり、変質した声帯のだす声。
木机のうえでうごめく肉塊は、滂沱の涙を流しながら、俺を見上げてきていた。
「……」
沈黙をもって返答とし、出口へとむかう。
ふと、数日前に少女に言われた言葉を思いだす。
「……私が優しい人間だと?」
杖を抜き、背後に見える肉塊を狙う。
「≪汝穿つ火弾≫」
絶死の豪炎は放たれ、肉塊に大穴を穿ちあけた。
貫通して壁に突き刺さった朱き飛槍は、すぐに屋敷を炎に包みこんでしまう。
私が優しいはずがないだろう。
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