エリート魔法使い、サイコパスにつき:殺そうとした彼女は、勇者の末裔だったらしい

ノベルバユーザー542862

第3話 殺人鬼と勇者 3



「どぶぅへぇ!?」

強烈な衝撃に視界が明転。

後頭部、背中、肘、膝ーー。

すべてがジンジンと痛み、この私に床のうえでイモムシみたいに悶えることを強制させる。

なにが起こった。
なにが起こっている。

えらく頭が痛い。

反転した世界をりんごが転がっていく。
私はさかさになっている?

あぁ、なるほど。

私はどうやら投げられたらしい。
人生で初の体験だ。
この私が無様に投げられるなんて。

というよりなんだ。
魔術の学徒であるクリスに、なぜこんな力が……。

「先生、あたしは先生の病気を必ずなおしてみせる! だから、今は頭を冷やしてください!」

歩み寄ってくる足音。
床に頬をこすりながら、目だけで見あげる。

クリスに正体がバレた。
こんなヘマするなんて始めてだ。
1秒でもはやく、彼女に逃走される芽を積む必要があるな。

「う、ぐ……っ、クリス、そういうわけには、いかない、よ!」

痛む身体をにむちをうつ。
腰のホルダーにおさまった杖の、グリップにわずかに手をかけ、彼女に掛けた魔法を最速で作動させる。

「げほっ、かっ、はは……≪ラバーズ・ボンド≫、発動……私のオリジナルスペルだ。
クリス、君はもう指一本、エーデル語1単語でさえ、動かすことも、発声することも叶わないだろう」

目を見張り、驚いた表情のクリスはぺたぺたと自身の体を触って、なにかをたしかめている。

そうだ、存分に確かめるといい。

君はもう何もできないのだから……ん?

待てよ、どうして君は体をぺたぺた出来ている?

「あの、先生……先生の魔法、あんまり効果ないみたいですよ」
「……ッ!? 馬鹿なっ! なんでさっきから! クソっ!」

思いどおりにかからない魔法。

イライラしてきた。最悪だ、気分が悪い。

もういい、さっさとバラバラにしてやる。

「今度は手加減なしの、悪魔の力を見せてやろう……っ!」
「先生、たぶんそれ意味ないんで、もうやめてください!」
「うるさいッ! 私の魔法が、能力が効かないはずがないんだ!」

服は汚れるし、背中は痛い。
魔法の調子は悪いし、悪魔の力も働かない。
クリスには馬鹿にされ、あわれむ目を向けられる。

あぁ不快だ、本当に嫌な気分だ!
こんな予定じゃなかったのに!

「もう死んでくれ、≪ドリームランド≫よ、クリスの皮を持ってこい……ッ!」

困った顔でたたずむクリスへ、ふたたび右手を向けて能力の馬力を最大にして発動する。

ーーハグリュリュッ!

「ッ、先生の魔法? いったいこれは!?」
「クリス、私を甘く見たツケを払う時が来たようだな!」

クリスのまわり、床にイス、天井も家具すら裂けていき、次々と粉状の粒子に変わっていく。

彼女の部屋着も裂けていき、だんだんとその白い柔肌が、布地のしたから溢れるように露出してきた。

なんて、なんて、えっちなんだ……。

「きゃあ!? なに、これっ!? どスケベな、いや、先生、やめっ、ちょ! 先生ぇえー! 先生はこんなスケベのために魔法を磨いたわけじゃないでしょ!?」

目の端に涙を浮かべ、訴えかけてくる少女。

凄まじいエロスを感じるが……そうじゃない。

「先生は、先生はそんな、ケダモノじゃ、ない……はずっ!」
「あ・た・り・ま・え、ダぁ! ぐぐぐ……ッ! なぜだ、なぜクリスを解体できないんだ!?」

私は困惑していた。

どれだけ≪ドリームランド≫の出力をあげても、クリスの衣服が破けて、彼女が赤面して恥ずかしがるだけだからだ。

これでは私は、粗野で低俗な性獣とやってることが同じではないか。

「うぐっ!?」

突如として襲ってきた頭痛。

まずい、能力限界がきたか。

悪魔の力は人間の身にあまる。
身に宿すだけで、法外な寿命を支払い、使用するのにもまた、残された時間を削る必要がある。

それに加えて一定の使用限界もある。

やれやれ、便利だが、本当に割にあわない力だ。

「がっ、ほぉ、っ!」

口から塊のような血を吐きだし、膝をつく。

「先生! もうやめて! 先生は変態て病気持ちなのはわかりましたから! もうそんな体で無理をしないでください!」

布切れしか着ていない、ほとんど痴女みたいなクリスが、涙をながしながら駆け寄ってくる。

もうろうとする意識。

柔肌の豊満な胸に顔をうずめ、温もりのなか、いつしか私の意識は暗闇のなかへ誘われていた。


⌛︎⌛︎⌛︎


目を覚ました時。
私は知らない天井を見つめていた。

上体をおこして、体をひねり、腰の関節をならす。

五体に問題はない。

手も足もある。
目も耳もしっかりついている。

残る痛みは、わずかな頭痛だけだ。

体に問題はなさそうである。

だが、いったいここは?

特にこれといった特徴を感じさせない部屋。
簡素な木机に、木製の椅子、窓枠に赤いカーテン。

手をつくベッドの布地はやわらかく、なかなかに上等な良い品質。

中流階級の部屋、それがひとことでこの部屋を表すための言葉といえる。

私はベッドからおりて、足下にあったスリッパを履いた。

ふと、ベッド脇の小棚に書き置きが残されていることに気づく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先生へ


先生は病気です、それも重症です。

でも、安心してください。
必ずこのあたしが先生を救ってみせます。

先生を助けるにあたって、まずは先生がどんなことをしていたのか知る必要があります。

まことに勝手ではありますが、先生が寝ている間に、先生のご自宅を調べさせてもらうことにしました。

先生はご自身を連続殺人鬼、スキンコレクターと名乗っていますが、あたしには未だに信じられません。

この目で確かめさせてもらいます。


クリス・スレアより


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……って、待て、待て、待て待て待て。

「クリスッ! クリィィースッ! クリスどこだ! なぜ私の家の住所を知っているか気になるが、とにかく早まるなぁあ!」

私はスリッパを放りだして急いで走りだした。

「ぅ、う、まだ体が痛い……」

廊下へでて、階段をくだり、自分がクリスの家の2階に寝かされていたのだと知った頃。

私は同時にクリスがこの家にいないことも悟った。

まずい、まず過ぎる。

はやく彼女の息の根を止めなければ、私の芸術家としてのキャリアが終わってしまう。

私は痛む体をひきずって、クリスの家をとびだした。


⌛︎⌛︎⌛︎


大嫌いな運動。その1、走ること。

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」

私はかきたくも無い汗で全身を濡らし、自宅の玄関前にたどり着いた。

もう最悪だよ、はやく体を清めなけば、恒久的こうきゅうてきに精神がおかしくなってしまう。

ーーカチッ

時刻は23時21分。

懐中時計を内ポケットにしまいこみ、腰のホルダーの杖に手をかける。

しまった、杖がない。

さっき気絶した際に、クリスに没収されたのか。

「だが、スペアがある。悪魔の力もある」

右手を見つめて、ぎゅっと握り拳をつくる。

「クリィィィス! いるのはわかっている! 今すぐに出てくるんだ!」

右の関節を鳴らしながら、乱れたオールバックを撫でつける。

今すぐに、今すぐに精神の安泰を確保しなければ。

気が触れるそのまえに!

書斎からスペアの杖を取って地下室へむかう。

「っ」

開いていた。
地下へ道を閉ざす金属扉は、開いていた。

どうしてだ。
私の≪ドリームランド≫がなければ、開けることなど出来るはずがないのに。

急いで扉をあけて、杖を構えて地下室に突入する。

そこには案の定、クリスがいた。
なぜか私の猫たちを、足元にはべらせているが、そんなこと些細な問題にすぎない。

「クリス、見たな……私の、私の一番大事なものたちを……勝手に、私の許可なく、悪意で侵害したな!」

怒鳴り、手首をかえして杖をふる。

もう殺す、いい、いいよ、殺してやる。

極めて強力な火属性式魔法ーー≪汝穿なんじうが火弾かだん≫ーー朱き槍を撃ち放った。

「先生、安心してください、私が救ってみせます」
「ーーッ」

魔法が着弾するまでの極めて短い時間のなか。

私はクリスの声をたしかに聞いた。

刹那、私の視覚のなかで不思議な現象がおきる。

クリスがなにも持ってない空手が、空中ををしたと思った途端、何もない空間から剣が現れたのだ。

火の粉散る、赤い粒子とともに顕現けんげんしたそれは、緋く黒い両刃をもった大剣であったーー。

ーーほわっ

私の放った魔力が弾かれ、地下室に飛散する。

視界を埋め尽くすは紅蓮の烈火。

作品たちが燃えていき、暗い部屋を明るく照らす。

私は芸術が焼失する絶望よりも、いま目の前で緋黒あかくろい大剣を手にする少女に、かつもくすることにしか出来なかった。

「私はすべてを救う。そのためにこの命を、継承するアレスの力を授かった」

真っ赤に燃える地下室。
そのなかで、ひときわ美しく彼女の緋瞳は輝く。

髪の毛は毛先だけ赤かった金髪から、そのすべてが紅色に変わっている。異常だ、この子は異常だ。

「く、クリス、君はいったいーー」
「この身の本当の名はクリス・アレス」

この世界の人間なら誰でも知っている継承名。

ああ、なるほど、どうりで強い……。

「あたしは勇者です、先生」

彼女は燃え盛る炎を背に、ニカっと微笑んだ。

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