エリート魔法使い、サイコパスにつき:殺そうとした彼女は、勇者の末裔だったらしい

ノベルバユーザー542862

第4話 殺人鬼と勇者 4


軽快にチョークをはしらせて板書を完成させる。

黒板に教本のすべてを書きうつす、愚かな教師のマネはしない。

「この黒板に書かれた魔術式がひきおこす『現象』を答えてみろ」

教室全体を見渡し……金髪のポニーテールを発見。

「君だ。赤い毛先を指でいじって遊んでる君だよ、クリス」
「それ≪発火連弾はっかれんだん≫の魔術式ですよね。ってことは対象地点への継続的な火属性魔力の爆発だと思いまーす」
「チッ……正解だ。よく予習しているね」

教科書の一番後ろからだしたのになぜ答えられる。

自慢げなクリスが鼻を鳴らして見てくる。
言ってやった、とでも言いたいのだろうか。

「今日はここまで。残る授業もあとわずか、最後まで気を抜かないように」

私は教卓のうえのプリントと教本をまとめ、さっさと教室をあとにした。

廊下を歩きながら、中庭をなんとなしに眺める。

思いだすのは昨日の出来事だ。

懐から日記を取りたし、ペラペラとページをめくる。

日付は1月13日。

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今日はひどい目にあった。
最悪の気分、最低の境遇だ。

私のクリスにはご協力いただけなかった。
これまでの協力者のなかで、一番抵抗してきた。

彼女は勇者だった。
伝説の三勇者、アレスの末裔だ。

まさかあの勇者がこんな身近にいたとは驚きだ。

作品をすべて燃やされた。
家の中も彼女が暴れたせいでめちゃくちゃだ。

全部、クリスのせいだ。

今日はもう何もしたくない。

1月13日の私より


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ページをひとつめくる。

日付は1月14日、昨日だ。

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クリスが居間のソファで寝ていた。

部屋はあらかた片付いていた。
彼女が一晩かけて掃除してくれたらしい。

眠るクリスにも悪魔の力を試した。
まるで効果がなかった。

彼女は私を救うつもりらしい。
身勝手極まりないことだ。

勇者だから傲慢なのか。
傲慢だから勇者なのか。

救われたいなんて頼んでない。
それなのに恩の押し売りをする。

あれでは、まるでサイコパスだ。

1月14日の私より


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日記を閉じで、コートの内側にしまう。

驚くべきは勇者の潜伏だ。

自分の教えてる生徒のひとりが勇者など。

一体だれが気がつけるというのだ。

「クリス・スレア、クリス・アレス……安直な」

だが、その安直に気づかなかったのは私か。

本当に面倒なやつに絡まれてしまった。

さて、これからどうするか。

昨日は軟禁されながら、いろいろ話をし、私はもう人を殺さない、という約束をむすばされた。

指切りまでした。

だがね、甘いよ、クリス。
約束など反故ほごにするためにあるようなものだろう。

結論から言おう。
私は彼女との約束を守るつもりなど微塵もない。

作品をすべて失ったとはいえ、私の情熱がなくなったわけじゃない。

これは仕方のないことだ。
私は病気なのだから。
生まれたときから芸術家なのだから。

それなのにもう「人を殺さない」など、できるわけがないだろう。クリス、君は馬鹿なのか。

世界には他者を尊重しない人間がいる。
欲しいものを売らない、屋台の店主は最たる例だ。

そういうやつは、ひとりひとり消していかないと、この世界はどんどん住みづらくなってしまう。

殺しは悪ではない。
悪など主観的な感情にすぎない。

そんな主観で個人を生き埋めにすることこそ悪だ。

私は誰よりも人として純粋なんだ。

「先生!」

人気のない廊下の隅。
背後から声がかけられた。
聞き覚えのありすぎる声に、のっそり振りかえる。

「なんだい、クリス・アレス」

「その呼び方はやめてって言ったじゃないですか。あたしはクリス・スレアなんです」

「やめて欲しかったら、私の家に追加された、君のベッドを早くどかしてくれないか」

「ダメです。先生は病気ですから、あたしが見守ってないと、何をするかわかったもんじゃないです!」

「酷い言いようだね、クリス。一昨日までは、あんなに私のことを好きでいてくれたのに」

肩をすくめて眉根をあげる。

「あたしは……あたしは、先生のことが大好き、です」

うつむき、唇をキュッと結ぶクリス。

「優しくて、賢くて、いつも頼りになる先生が、大好きなのです……っ」
「残念だが、クリス、それは本当のエイデン・レザージャックではない。私は10歳のころ、はじめて妹を殺した。
あの頃からずっと、私の本当は血と皮と、臓物にふわけされた、真なる人体とともにある」
「……うぅ」

クリスはしゃがみ込み、嗚咽まじりに涙を流しはじめた。
手で顔をおおい、涙声を必死にこらえようとしている。

私はそんな彼女をみおろし、心がスッキリするのを感じていた。

悪くない気分だ。

「それでも、それだけが先生の本当だなんて、あたしは思わない!」

クリスはばっと立ち上がり、赤くなった目頭を涙で濡らしながら口を開いた。

「先生が冷酷な殺人鬼だとしても、あたしは諦めない。あの日、先生がくれた優しさは偽物じゃなかった!
あたしは勇者、なんだって救ってみせる、それが大好きな先生ならなおのこと!
誰しもが光のなかを歩くことができる、それをあたしは証明してみせるんだ!」

自信に溢れた、太陽のようにまぶしい笑み。

その眩しさは……わがままの極みだ。

「傲慢だね、クリス」

あまりにも身勝手な教え子へおくる言葉。

それを言った時、私は不思議と自分が笑っていることに気がつく。

なぜだ?

「えへへ、勇者ですから、先生」

まん丸の緋瞳をキリッとイケメンにかえ、勇者クリスは澄ました顔でそういった。

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