記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第155話 機械仕掛けの神様
風景の変わらない森があけてくる。
木々の隙間からさしこむ陽のひかりが眩しく、もう夜があけてしまったのだと実感させられた。
ーーカチッ
時刻は7時16分。
ゲートヘヴェンと俺とジョンは、話をしながらのんびり歩いてきたせいで、もうこんな時間だ。
先に逃げたドラゴン討伐隊に追いつかないよう、ゆっくり帰っていたのもあるが、それでも時間をかけすぎたかもしれない。
幸いにも、ひとり残ったはずの俺が、のんびり歩いている誰かに見られる事なく、正門の近くまで帰ってこれた。
アーケストレスはもう目と鼻の先。
すべては順調だ。
これで道中、ジョンから聞いた街の人々の記憶にかけたとちう彼の超能力、『マインドコントロール』を解除すれば、それで歪められた現実はなおるはずだ。
「″私はやっぱり納得いかないなぁ〜″」
「納得いかなくても仕方ない。それにジョンの境遇は理解できなくはない。同郷のよしみだ」
「″それってふたりとも田舎育ちってこと?″」
「いや、地球出身ていうーー」
「アーカム、アーカム。なにを独り言いっている。あれを見ろ」
ジョンに手を引かれて、半透明少女を体に押しこめる。
かたわらの彼が指差すほうへ視線をむければ、正門まえがやけに騒がしいことに気づいた。
重軽、多種多様な装備を身につけた戦士。
さして統率の取れていない部隊。
レパートリーに富む武器。
彼らを見守る群衆。
あれは冒険者と市民。
ギルドが討伐隊の第二陣を組んだのかもしれない。
「我らの英雄たち、『無敵要塞』『帰還者』『白霜の貴公子』『魔鉱の射手』ーー多くの者のの命が失われた」
冒険者や市民たちへ演説する筋骨隆々な男。
よくとおる声の内容を聞くかぎり、ドリフターズもドッケピ極凍団も死んだことものとしておこなわれている。
誰かが昨晩被害を報告したらしい。
「アーカム、ジョン、汝らはこのまま行くがいい。我は一足先に街に帰っておる。英雄の凱旋だ」
ゲートヘヴェンは俺ととなりの金髪の肩に手をおいて、霧のようにすがたをかき消していく。
「これも魔法か」
「魔法だろな」
ジョンとともに竜を見おくり、俺たちは顔を見合わせる。
「アーカム、ひとりで行け。私の存在はすぐに人々の記憶から失われる。
だから、その名誉は意味のないものだ。それに、英雄という肩書を残すとなると、処理に手間どる」
ジョンはそう言って俺の肩をたたくと、ぐるりと門をうかいするように歩いて行ってしまった。
「ふむ、んじゃ行くか」
「″だね。今回の騒動の収集をつけないと、ペンデュラムに何されるか、わかったもんじゃないもんね!″」
「恐いこというなよ……」
あの男のことは極力思いだしたくないのに。
にしても、英雄ヅラして帰るなんて……自作自演の完全マッチポンプなので、恥ずかしいものだ。
まぁそれもこれも、全部自分がやったことなので仕方ないんだけどさ。
俺は森の暗闇から、王都門まえの広場へと足を踏みだした。
ー
夜の風が吹きぬける屋上。
欠けた3つ月たちが冷笑をうかべる空に、浮遊するひとりの男。
ゲートヘヴェンとともにジッと見あげる。
「皆の記憶は、ほんとうに修正されるんですかね」
「わからぬ。だが、ジョンが嘘をいっている気配はなかった。
我の魔法すらあざむく術が、あるのやもしれぬが……どちらにせよ、見てみればわかることだ」
たしかにその通りか。
夜空に浮かぶ超能力者。
目を閉じて、自分のこめかみに指をそえ、集中しているようだ。
「おい、はやくしてくれよ。この後は予定が入っているんだ」
「……せっかちな男だ。もう終わった」
「本当だろうな? 適当じゃないのか」
額をぬぐい、ひと仕事終えた感をだして降りてくるジョンへ、うろんげな眼差しをむけて問う。
彼は「確かめるか?」と、指をクイクイッやってついてくるように言ってきた。
屋上を降りて、芝生のしかれた庭へ、かたわらにきちんと木剣が片付けてあること確認して、玄関へむかう。
「アーカム、いちおう言っておこう。コートニーにはかつて兄がいた。だが、その男もすでにもう亡くなっている。私が記憶操作の対象に選んだのは、とって代われる変われる基盤があったからだ」
ジョンはこちらへ視線を向けながら、そう言ってドアをノックした。
すぐに扉は開かれた。
ひかりの漏れてくるドアの隙間から、短い金髪少女がひょこっと顔をだす。
「むっ、アーカム。何日も帰ってこないで、どこをほっつき歩いていた。決して貴様を心配していたわけではないが、その……不安だったぞ」
目つき鋭く、コートニーはそう言った。
どうやら俺のことを心配してくれていたらしい。
「すみません、コートニーさん。ちょっとドラゴン退治に参加してました。ほら、ギルドが出した緊急クエストです」
「噂になっているアレか。アーケストレスはここのところ討伐隊とドラゴンのことで、話題が持ちきりであったな。
ただ……だからといって、今日の授業をサボっていい言い訳にはならん。冒険者のマネごとなどするな」
コートニーはびしゃり、と厳しくそういって、ため息をつきながら、ドアを大きく開けてくれた。
それによって、扉のかげに控えていたジョンが、コートニーの視界内に姿をあらす。
ジョンはごくりと生唾をのみこんで、チラリと俺や影にひかえるゲートヘヴェンをいちべつ、すぐに屋敷の主人へと視線をもどした。
「アーカム、こちら方は?」
初対面の人物への態度。
少女の目に、この超能力者がいつわりの兄としてもう映ってないことは、その一声だけで十分に理解できた。
「この人は……ただの臆病者だよ」
「アーカム、訳のわからない紹介をするな。どうも、コートニー・クラークさん、私はジョン・ハンセン。彼の新しい友人です」
「ええ、どうぞよろしく。私のことはご存知なんですか」
「……はい、よく存じ上げていますとも」
他人行儀、3日前の朝食時とは明らかにちがうその対応は、ジョンのもつ圧倒的な超能力の影響力を、俺とゲートヘヴェンにひしひしと理解させる。
この男、やはり敵に回すには厄介すぎる。
俺たちはクラーク邸へとあがり、コートニーのさらなる記憶の調査をおこなった。
本来、この屋敷はコートニーひとりが住んでいた場所だが、ジョン・ハンセンとかいう超能力者が住みついたせいで、彼の記憶がなくなっただけでは説明のつかないことが、多々あるようになってしまっている。
例えばだ。
「コートニーさん、2階の踊り場の突き当たりって、いったい誰の部屋でしたっけ?」
透明化して、部屋隅にいるゲートヘヴェンと、ジョンによく聞こえるように、やや演技くさく俺はコートニーへたずねる。
「知っているであろう。なぜわざわざそんなことを。あそこは生前の兄の部屋だ。散らかってるのは意図的だ。いつか……帰ってくるかもわからないからな」
「ぁ、そうだったんですね……すみません」
「気にするな。私はもうなんとも思ってはいない。兄は人でなしだったし……私はさして兄を好きではなかった」
手元に置かれたティーカップ。
コートニーさんは湯気たつ、赤茶けた液体に視線を落とし、掠れるような声でこたえてくれた。
隣の席にすわるジョンと顔を見合わせる。
彼はひどく申し訳なさそうな顔をしていた。
それで許されるなら、騎士団はいらない。
制裁のため、足を思いきり踏んでおく。
「うぐっ!」
悶絶し、うめくジョン。
この最悪な野郎は放っておこう。
それにしても、これではっきりしたことがある。
数日前まで、ジョンの住んでいた部屋は、ずっと前にいなくなった兄のものとして、コートニーの記憶は修正されている。
さきほどジョンに聞いた『マインドコントロール』のなかに、そのような効果はないとハッキリ言っていたので、これはジョンが修正を加えたわけではない。
ありえない現象に筋をとおす、何者かの仕業だ。
超常をほどよく終結させる、万能の法則、機械仕掛けの神様がこの世界にはいるらしい。
コートニーの記憶の矛盾するはずの箇所を、ふくすう指摘したが、
そのすべては完全とは言わないまでも、本人が違和感をいだかないかたちにおさまっている。
世界のすべてが結託して、ありえないことを、有り得ないままにしようとしているかのような、その不可思議な気持ち悪さは、最後までぬぐえることはなかった。
「コートニーさん、最後に……大丈夫ですか?」
「なにがだ? 要領を得ない質問をするじゃない」
半眼で睨みつけてくるコートニーへ、苦笑いしながら俺は席をたった。
慌てて、ジョンも席をたち、隣にならんでくる。
「そういえば、アーカム、私は壊滅した討伐隊を逃すためにしんがりを務め、
そしてたったひとりで、ドラゴン退治を成し遂げたという、英雄の噂を学院で聞いたのだが……」
コートニーは何か心あたりがあるのか、チラチラと煮えきらない眼差しをむけてくる。
なにか怪しんでいる。
なんとなく予想はつくが。
「それでは、ちょっと酒盛りにいってきます。ジョン、それじゃ行こうか。まだまだ確認することがあるだろう?」
「ああ、そのとおりだ、アーカム。それでは、コートニーさん、さようなら……もう悪い超能力者に騙されてはいけないよ」
ジョンは軽口をたたきながら玄関へ。
俺もそれに続こうとして……肩をつかまれた。
「待て、なに普通に酒盛りにいこうとしている。アーカムはまだ11歳。法律にふれるであろう」
「コートニーさん、わかっているんでしょう。僕がその成り行きで英雄あつかいされちゃってる張本人なんです。いかないと場がおさまらないですよ」
握力のつよいコートニーの指を一本一本、肩からはがして、手を胸前に持ってきてきゅっとにぎる。
ちょっと恥ずかしいけど、ゲートヘヴェンいわぬアーケストレスの女子には、誠意を見せることがなにより効果的と聞いたので悪手ではないはずだ。
コートニーさんはやや落ち着きなく、俺の手のうてに白く華奢な手のひらを重ねてきた。
指のつけ根にごつごつしたマメが出来ているのが、なんとも彼女らしく、微笑ましい。
「アーカム、私もいこう。貴様ひとりではやはり不安だ」
「はは、コートニーさん、そんに僕を束縛したいんですか」
肩をすくめて冗談をかます。
「ぶち殺されたいのか、アーカム。次に軽口をたたいたら、貴様の部屋はないと思え」
「はい、すみません。自分が悪かったです」
碧眼を不機嫌にゆがませて、みけんにシワを寄せるコートニーへ、俺はペコペコと頭をさげた。
そしてそっぽ向く彼女の手をひいて、外で待つジョンと、相変わらず透明化をする古代竜とともに、屋敷をあとにするのだった。
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