記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第142話 ドラゴンの帰還


頬をこする、くすぐったい感覚。
チクチクとしたものが、温もりの中にとどまろうとする俺を、引っ張りだそうと画作している。

「わふわふ」
「″あ、シヴァだ″」

パチっと目を覚まし、ベッド脇から茶白いもっふもふが、こちらを凝視していることに気づいた。

ピンと立った耳、くるりと巻いた尻尾。
前世、日本ではそこら中でみた、模範的な茶毛と白毛のコントラスト。
そいつは王者のモフみをこれでもかと強調してきていた。

「シヴァ、来てたのか」
「わふわふ!」

空気の入りまくってる毛並みを抱きしめ、モッフニウムを吸引する。

うむ、このもっふ力、やはり間違いなくシヴァだな。

毛の暴力体を抱きしめていると、扉の向こうからヌッと人影が現れた。
短い金髪と鋭い眼差し。
クラーク邸の主人、コートニーだ

「私が玄関を開けると、その犬が律儀に座って待っていたのだ。つぶらな瞳で訴えてくるから仕方なく入れたわけだが……そいつがアルドレア家の犬なのか?」
「えぇそうです。名前はシヴァって言います。ほら、シヴァ、ご挨拶しないといけないだろう」
「わふわふ!」

尻尾をふり、シヴァはコートニーのもとへ。
すぐ隣でおすわりをして、だれが主人なのかわかっていると、コートニーに理解を示した。

「賢い犬だ。それにデカくてたくましい。気に入ったぞ」
「わふわふ!」

シヴァはコートニーに撫でてもらえて嬉しそうだ。

「ん、シヴァ、何を首にかけてるんだ?」
「わふ! わふ!」

シヴァを手招きして、首に垂れ下がる木箱を手に取る。
童話の中のセントバーナード犬が持つ、ブランデーを入れによく似たそれを、カチャ、と音立てながら開けていく。

中に入っていたのは羊皮紙だった。

封をといて中を見てみると、それはギルドエージェントからの指令書である事がわかった。

アディがシヴァに持たせたという事だろうか。

内容にさらりと目を通していく。

「アーカム、それはなんだ?」

興味があるのかないのか、平坦な声で聞いてくるコートニー。

「……大したものではないですね。実家から応援と仕送りを、シヴァに持たせたことを伝える紙でしたよ」

俺はそう言い紙を丸めて、シヴァの首下げから金貨袋を取りだす代わりになかにしまった。

コートニーはわずかに頬をゆるめ、にこやかに笑い俺の部屋を出て行った。

彼女の気配が部屋から完全に遠ざかるのを確認して、俺はふたたびシヴァの首下げのなかの羊皮紙へ手を伸ばす。

もう一度、よく読みなおそう。

「クルクマ支部より本部へ通達。ローレシア魔法王国とゲオニエス帝国の国境沿いの森林の奥地にて、大規模な森林破壊あり。
200ヘクタールに渡って森は炭化。残留魔素から竜の究極魔法が行使された痕跡あり。
アーケストレス方面へ飛び立った竜の目撃情報あり。至急、トライマストでの調査員の増員を要請する……か」

「わふわふぅ」

不安そうなシヴァの頭をこねくりまわす。。

文面からしてギルド間、それも表じゃないエージェントからの連絡文書だ。
アディが手に入れた物を、そのまま俺にリークしてくれたのか。

それに気になることが多々ある文書だ。
トライマストと言えばクルクマよりさらに、北側にあるゲオニエス帝国と、ローレシア魔法王国との国境付近の町。

そんなところの近くで、200ヘクタールもの森が破壊された報告……一体なにが起こった?

「大規模な森林破壊……か」

手のひらに感じるふわふわ、シヴァの顔をまじまじと見つめる。
かつて柴犬のシヴァでさえ絶命した、エレアラント森林で、謎の軍人のはなった熱放射。

あれも極めて広い範囲の森を、破壊したという。
今回のことと何か関係があるのか。

それになんだ、アーケストレス方面へ飛び立った竜の目撃情報って。
それってつまりドラゴンがここに向かっているってことなんか。
アディはこのことを伝えようと、紙をシヴァに持たせたのか。

文面だけではその真意は読み取れない。
不安と憶測が、つのるばかりだ。




時とは早いものである。
ドラゴンクランへやってきて、もう3ヶ月が経った。

魔術の勉強はのびのび楽しくやれている。
大図書館と修練場をおおふくするなかで、たまに必修科目と興味ある授業だけに顔をだす。

大図書館では、留学生の俺では本来入れない、閲覧権限Aの区画の資料を手にいれるのにも、だいぶ慣れてきたものだ。

相変わらずコートニーには、ジト目を向けられるが、ふつうに可愛いからあまり嫌な気はしない。

本当に充実した日常だ。

ただ、残念なことがあるとすれば、いまだドラゴンの魔法の習得には至っていないということ。

ドラゴンの魔法を習得するには、古代魔術言語の分野の知識がどうしても必要だとわかったため、
先生の助言にしたがって、現在は古代魔術言語を学んでいるさいちゅうだ。

たまにコートニーに剣術を教えているおかげで、彼女と俺との間に対等な関係、というものができるようになって来た。

稽古中は先生とよんでくれるのが特にいい。

まぁ、調子に乗っていると、すぐ愛想を尽かさられてしまうので常に平常心をたもつことが大事だ。

「コートニーさん、シヴァがコートニーさんのことを背中に乗せたいみたいです」

朝の稽古おわり、シヴァの顔色から気持ちをくんでコートニーに言葉を伝える。

「ほう、そうか。乗馬は得意だ。どれシヴァ公、私が乗ってやろう」

コートニーはすこし嬉しそうにして、シヴァの背中に飛び乗ってまたがった。
俺と違ってでかい柴犬に乗るだけでも凛々しく、絵になるのだからずるい。こんなの不公平だ。

「アーカム、貴様も乗るがいい。シヴァ公の背中は私ひとり乗っても余りある。今日はこのままドラゴンクランへ、おもむくとしようではないか」

犬上のイケメン少女の手を取って、後ろに乗せてもらう。
座った後で、目の前のコートニーのどこに掴まるか数秒思考。
腰につかまるのは、はばかられたので、結局ローブのフードをちょこんとつまんで持つことにした。

「しっかり掴まらんと振り落とされるぞ」
「っ」

コートニーはそう言うと、けわしい顔で振りかえり、俺の腕を自身の腰に回させてつかませてくれた。

少女のしっかりした厚い背中。
香ってくるシャンプーみたいな良い臭い。
体はちいさく、態度はでかいのに、彼女がまだ子供なのを改めて実感する。

無意識のうちに俺は、顔をその背中に押し当てて、鼻をくんかくんか動かしーー、

「着いたぞ、ドラゴンクランだ」
「わふわふ」
「……はやいよ」

相変わらずバケモノみたいに速いな、シヴァは。
もうすこしコートニーの背中でゆっくりさせてよ、もう。

瞬き何回したか数えられるくらいの時間の後に、俺たちは大魔術学院に着いた。

ーーカチッ

時刻は8時45分。

マリがいたトチクルイ荘での生活では、考えられないほどはやい登校だ。

ドラゴンクランの玄関ホールをぬけ、相変わらず余裕のありすぎる広い廊下を歩いていると、
たくさんの生徒が廊下を埋め尽くして中庭に集まっていることに気がついた。

同居人は顎をひいて引き締まった顔をする。
いや、いつもどおりか。

「何でしょうかね」
「わからん。ただ事ではないようだが」

コートニーはの後を追い、彼女のために道を開けてくれた生徒たちに軽く手を上げて感謝しつつ、あいだを縫っていく。その後ろをシヴァもついてくる。

中庭にに出た。
と、同時に生徒たちが何に注目していたのかを1発で理解した。

「あれは……っ」

ドラゴンだ。ドラゴンが中庭にいたのだ。

艶ある鱗を身体中に張りつけた真っ黒なドラゴン。
彼、あるいは彼女は、その巨体をゆうに中庭の中央にとさめて、寝転がり、ドラゴンクラン校長のカービィナ・ローレンスと何かを話しているようだった。

すごい。

これが噂に聞く伝説のドラゴンクランの竜、オールド・ドラゴンなのか。
デカくて頭良さそうな顔してる。

ツノは生えてないけどたてがみがフサフサ生えているじゃないか。あそこモフっても怒られないかな。

「コートニーさん、ドラゴンですよ、本物のドラゴンですよ。帰ってきたんですね!」
「そのようだな。驚愕だ。まさかこんな何の前触れもなく帰ってこようとはな」

嬉しさをかくせず、わずかに頬を緩ませるコートニーに微笑ましい気持ちになる。
ドラゴンを見れて嬉しいのだろう。

ただ、彼女の言うように何の前触れもなかったと言われれば、アディからのリーク情報を持つ俺としては素直にはうなづけない。

3ヶ月前、ゲオニエス帝国の森林破壊の現場から目撃されたというドラゴン。

大陸間的に見ればゲオニエスとローレシアの国境付近から、このアーケストレスまで遠くはない。

だとしたら、今、中庭で寝そべってるあのオールド・ドラゴンが何か知っていてもなんら不思議ではないことになる。

森林破壊のことを知っているのか。
ドラゴンが身の危険をかんじ、大量破壊魔法を使うほど事態が起こったのだとしたら、
現場の状況からして、元の世界から来たあの超鎧圧の軍人と同じ類いの、危険な存在かもしれない。

聞いてみる価値はある。

そんなことを思い、話しこむドラゴンを見つめる。

その時だった。
ドラゴンがふとこちらへ首をもたげて顔を向けたのは。

ドラゴンの落ち着いた黒瞳と目が合う。

「あの、コートニーさん、なんかドラゴンがこっち見てますけど……」
「あれは、アーカムではない……ひょっとしてシヴァ公を見ているのではないか?」

俺とコートニーは顔を見合わせ、背後に伏せていた4メートル級の柴犬の姿を、ドラゴンによく見えるように一歩横にずれた。

するとドラゴンは黒瞳を見張り、すぐ隣のカービィナ先生に顔をちかづけた。

「……レティス、なぜこの学院に『列強種れっきょうしゅ』の一角が、それも幻の王犬様が居ておられるのか……説明してはくれぬか?」
「列強種……あぁ古代列強種、ですか。ふふ、またずいぶんと古い言葉を出してきますね。私は怪物の専門家じゃないんですよ、わかるわけないじゃない」
「すまぬ、我は汝ほどに、物を知る人間を知らぬのでな」

ドラゴンとパールトン校長は親しそうに話し、やがて黒い瞳はまたしても俺たちの方へ向いた。

「汝、かの列強種を従えし主人と見える。前へ」

堂々たる竜の声。

俺はまわりの生徒を見て自分が呼ばれてるのを確認。
みんな「お前だよ、早く行けよ」とばかりに、視線と顎を使って、竜の指示に従うよう勧めてくる。

ここにいる生徒たちは皆、ドラゴンクランにいながら、ドラゴンに親しんでこなかった空白の世代。
ゆえに彼らがどんな生物なのかよく分からず、恐がっているのかもしれない。

俺は心配そうに見上げてくる、伏せたシヴァの頭を撫でて、首下げポーチの紐を引っ張って彼女を先導した。

ドラゴンの目の前まで来ると、シヴァは急にタジタジしだして、くるりと巻いた尻尾をお股に隠して怯えだしてしまった。

そうかそうか、恐いよな。
俺も恐いからいっしょに我慢しような。

「汝、なにゆえに列強種たる柴犬を従えている」
「理由は、特にありません。シヴァは僕の家族です」

お腹を見せ、ドラゴンに降参アピールするシヴァを撫でながら俺は言った。

「ふぅむ。家族とな」
「はい、僕の父さんが冒険者をしていた頃に、冒険先で拾ってきたんだそうです。それ以来、シヴァは僕の実家で大切に育てられたんです」
「あら、その子はあの幻の犬王けんおう、柴犬なのね。私ったら長く生きてるのに初めて見たわ♪」

パールトン校長は活き活きとして表情で近づいてきて、「触っても?」と一言俺にことわってから、シヴァのもふもふのお腹を撫でくりまわしはじめた。

「よき事だ、我も1000年ほど前、とある人間に拾われ、死の運命から救われた」

ドラゴンはゴツゴツした大きな鼻先を近づけてくる。

「むっ……」

匂いを嗅いでなにか気がついたのか、ピクリとも動かなくなってしまった。

ちゃんと体は拭いてるはずだが……臭ったかな。

「……汝、名を聞いてもよいか」

静かなドラゴンの声。
断る理由もないので素直に教える。

「アーカム・アルドレアです。レトレシア魔術大学から来た留学生です。いやはや、大魔術学院が誇る伝説のドラゴンさんに会えて光栄です!」

空気がなぜな緊張してきたので、リップサービスで場をなごませようと試みる。
しかし、ドラゴンは特になにか反応を返してくれるわけではなく、そっと黒瞳を閉じて天をあおいだ。

はるか遠い記憶をさぐるようなそのしぐさ。
やがてドラゴンは「あぁ、そうだ」と思い出したように、つぶやき今度は高い位置から俺を見下ろしてきた。

「そうか……アーカム、どこかの種族の言葉で『強き者』を表す言葉だったか。うむ、そうだ、思い出したぞ……薄汚い呪われた血の眷属たちだーー」

ドラゴンの目の色が変わった。
静寂をたたえていた黒瞳が赤く染まる。

俺の足元でシヴァを撫でていたパールトン校長は、スッとドラゴンを一瞥。
瞬く間に、杖に手をかけ、姿を霧のようにかき消してしまった。

あぁ、まずい。
まだそんな言葉交わしていないけどわかる。
このドラゴン、たぶん怒ってますよ。

「い、いやいやいや、待ってください! いきなりどうしたんでーー」
「我がドラゴンクランの聖地に、よくものうのうと、足を踏みれられたな吸血鬼。
我らがいない隙にコソコソと……小癪なマネをよくもしてくれたな。いつの世も貴様らだけは生かしておけぬわ!」

怒れる古代竜ほどおっかないものはない。

その口からは破壊エネルギーの純魔力が溢れだし、堅牢な鱗の隙間から莫大な魔力の波動がほとばしる姿は、かれの気分次第で街が消えることの示唆だ。

すべてをみなもとかえす。それをする力が竜にはある。

「ちょちょちょ、ちょま、ちょまって、待ってくださいっ!」
「問答無用ォ!」

空気中の魔力濃度を劇的に上げていくのを肌身にかんじる。
魔感覚が悲鳴をあげて死の警笛をならしまくるのに、俺は腹をくくり、全霊の剣気圧をみにまとった。

次の瞬間、ドラゴンの無詠唱による魔法の発動を感知。

今まで一度も感じたことのない、強大な魔力にあらがうことなど出来ず、俺はそれを受け入れてしまう。

「わふわふぅう!」
「シヴァぁぁぁあ!」

一瞬ののち、切り替わる視界。

いつの日か感じた、五臓六腑のうく感覚。

「あぁ……また、コレ……ッ!?」

気がついた時、俺はーー星に手が届く空にいた。

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