記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第138話 クラーク邸のルール


3日後。

見栄を張り泊まった高級宿屋のまえ。
アディの乗る御者台を見上げる。

「それじゃあな、アーク。コートニーちゃんと2人きりだからって間違いのないようにな」
「父さん……もう行っちゃうんですか……せめてもう1日くらい……」
「仕方ないだろう、父さんには世界最大の都市クルクマっていう街で大事な仕事があるんだから」
「その認識してるの……僕と父さんくらいですよ……」

俺の震える声に気づいているのかいないのか。
アディは快活に笑い手を振ると馬車を発進させた。

「あ、そうだ。あとでシヴァを送ってやるから寂しくないぞー!」

アディは遠巻きにそう叫び、敬礼して角の向こうに消えていく。

「シヴァとは?」
「ヒィ……ッ!」

張りのある低い声に恐る恐る首を向ける。
となりで笑顔を作っていたはずの、コートニー・クラークが鋭い眼差しで見つめてきている。

なんでそんな恐い顔するの。

「シヴァ、はアルドレア家で飼っている犬です……。その、クラークさんが初日に犬を連れてきてもよかったって、おっしゃられていたので父さんに頼んでたんです……」
「なるほど、犬は好きだ。立場をわきまえ、主人を理解し、己が使命に従順だからな。ともあれだ、アルドレア。まずはその寒気のする敬語をやめろ」
「これも一応、犬のようにホームステイさせてもらってる立場をわきまえての態度でしてーー」
「貴様は犬なのか? 私が家主なら貴様はフリスビーを口でくわえて取ってくるのか?」
「取りません、はい、すみませんでした」

クラークは鼻を鳴らし踵を返して歩き出した。

そのあと、あれやこれやと話した結果、名前で呼ばせてくれるーーいや、立場上、名前んだ方が関係が良好に見えると説明されたので、彼女の事はコートニーさんと呼ぶことになった。

その代わりというのか、彼女もまた俺のことを名前で呼んでくれる事となった。

コートニーは現在14歳で兄と一緒に屋敷に暮らしているらしく、学業のかたわらに学費を稼ぐために冒険者稼業も行なっているらしい。

両親は4年前に行方不明になってしまっている。

彼らは冒険者だったが、高難度の魔物を狩りに行ったっきり、クエスト地から戻ってこなかったらしい。

「そうだったん、ですか……だ」
「両親が無謀な戦いに身を投じたのは、一概に私のドラゴンクランへの入学費をまかなうためだった。私に才能はなく、国からの支援が出なかったからな」

コートニーは表情を変えず淡々と話してくれた。

「才能なら、十分にあると、思いま、思うけど」
「今の私があるのは全て相応の時間と労力を費やして手に入れたものだ。才能で何もかも手に入れた貴様にはわかるまい」
「僕もそれなり苦労はしてるんでけどね、はは……」

コートニーとなんやかんや話をしながら、屋敷に戻ってきた。

彼女はスッと懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。

「そろそろ剣の稽古の時間だ。貴様の父のもてなしに時間を使ってしまったせいで、ここのところ鍛錬がおろそかになっていた。
ゆえに今日以降は、貴様を客人と思わず自由に、私のやりたいようにやらせてもらう」
「魔術師なのに剣を?」
「レトレシア杯での貴様を見て必要と思ったからな。魔術は至高だが、剣にも学ぶ部分がある。肉体強化魔法との噛み合わせもいいだろう」
「きっかけ僕ですか」

どうやら彼女は性格はカッチカチに堅いが、考え方はとっても柔らかいようだ。

俺が剣士だと分かっても、レトレシアでは剣士になろうだなんていう奴はいなかった。

みんなエヴァなのだ。
結局、魔術を修めていれば剣士の大部分にはワンパンで、勝負を決められてしまうのがいけないのだろう。

俺だって、昔はそう考えてたからな。


自室から剣を手に取ったきたコートニーは、そのまま玄関へと戻っていく。

「アーカム、この5日間に教えた家のルールを守り立派に留守番してみせろ」

もはやホームステイ客への態度でない指令に、俺は抵抗なく黙ってうなづいた。

「ではな。20時には帰る」

玄関が閉められた。

最後のドアが締め切られる瞬間まで、彼女は俺のことを睨みつけていた。

俺の目をずっと射抜いていた、鷹のごとき視線からようやく解放される。

とたんにふぬけて床に倒れこみそうになる。
だが、そんな事はしない。
もしそんな事したらーー。

ーーピィピィピィピィ

「ッ!?」

クラーク邸に鳴り響く警戒音。
防犯ブザーを思いだせる音は突然鳴りだした。

俺は着こなした自身の服装の隅々まで見て、自分の格好がどこもおかしくない事を確認する。

違う、服じゃない。

『ただいま、平常心を乱し、安心しました』

合成音のような高い声が抑揚なく「違反」を告げる。

「はぁ!? 安心してもダメなのかよ!」

ムカつく機械音声を発する、廊下の祭壇に設置された彫像につめより食って掛かる。

ーーピィピィピィピィ

『ただいま、平常心を乱し、怒りました』

淡々と加算されていく違反ポイント。

クラーク邸に来て以来、ずっとこの調子だ。

俺ももう我慢の限界。

祭壇に安置された彫像に手を伸ばし、そのわずか50センチほどの高さしかない胴体を掴みとった。

ーーピィピィピィピィ

『ただいま、平常心を乱し、触りました』

「変態的な通告してんじゃねぇ!」

抑圧されたイライラを解放して、彫像を握った手を大きく振りかぶり、思いっきりぶん投げる。

ーーガチャ

「ッ」

瞬間、開く玄関扉。
飛んでくる神秘属性魔法。

吹き飛ばされ祭壇横に叩きつけられるのは、俺。

視界を失い、俺は暗闇の中近づいてくる足音を聞いた。

この家に来て以来、何度も味わった恐怖。

「アーカム、貴様にはやはり礼節がなっていないようだ」
「うぅ、お言葉ですが、コートニー、さん。その彫像厳しすぎます……」

俺は確実に訪れるお仕置きに怯えながら、ゆっくりと手を引いて起こされた。





クラーク邸の居間。

巨大なテーブルいっぱいに敷き詰められ、ぴよぴよ言って蠢いているのは、大量のヒヨコ……ではなくピヨコのひなだ。

「″よいしょ、よいしょ、よいしょ″」

時刻は19時50分。

もうすでに数時間、俺はただただ無心でピヨコのメスとオスに仕分けていた。

俺がホームステイさせてもらう事になった、クラーク兄弟の住まうクラーク邸にはルールがある。

それは「礼節を重んじること」、ただそれだけだ。

クラーク邸におけるあらゆる行動は、この家に代々伝わる魔法の彫像によって監視されており、
礼節を重んじない行動をとれば、ただちに不快な警報を鳴らしはじてしまう。

「チッ、どおりであんな堅物な子が育つわけだよ」
「″あ、アーカム、多分それ引っかかると思ーー″」

ーーピィピィピィピィ

『ただいま、平常心を乱し、こぼしました』

ほらね?
別に誰もコートニーの事を言ったなんて言ってないのにな。
失礼な彫像だよ。

「″言わんこっちゃない″」
「はぁ……」

あの彫像の礼節の定義がガバガバすぎるせいで俺は今、コートニーの学費を稼ぐ内職に付き合わされているんだ。

実体化できるようになった銀髪アーカムに手伝ってもらうことで、まぁまぁ迅速に仕分けられてる実感はある。

だが、違うだろ。

俺はヒヨコ、じゃなくてピヨコのオスとメスを仕分けるために、はるばるアーケストレスまで来たわけじゃないんだ。

「″おんやぁあ〜? 中でマスターが見当たらないと思ったら外にいましたかぁ〜″」

鼻につく、ムカつく声が俺と銀髪アーカムの耳にだけ聞こえてくる。
机の向かい側でピヨコを仕分ける銀髪アーカムとは違う、俺の中に住まうもう1人の霊体だ。

「おい、いそうろう穀潰し悪魔。てめぇも眺めてないでさっさと仕分け手伝えよ」

半透明の霊体、その正体はレトレシア杯の2日前に俺を殺した悪魔……なんとか、ベスト・ソロモンだ。

ーーピィピィピィピィ

あれ以来、なぜか俺の中に住み着いたやつと、俺とアーカムは、不本意ながら一緒にルームシェアしてるのだ。俺という体をな。

『ただいま、平常心を乱し、乱れました』
「″あーはははっははっは! これはなんとも愉快愉快ぃぃい〜でぇーすねぇえ〜!″」
「……はぁ、落ち着け、俺、平常心だ」

深呼吸し、顔を洗い、天を仰ぐ。

よし、落ち着いた。
忘れるなよ、俺はクールでクレバーな男。

悪魔ごときの挑発に乗るなんて馬鹿げてる。
冷静、冷静に対処すればいいのさ。

俺は目の前の席に座り「いつでもいけるぜ」という、男前な顔で待機する銀髪アーカムへ、首を振って指示をくだす。

「やれ」
「″サーイェッサー!″」

ふわりと浮遊し悪魔ソロモンに突っ込む銀髪少女。

「″ッ! ぁぁああぁぁあー! お辞めになってくださいィィィ! マスタぁぁあー! マスタぁぁああああ! あれだけは勘弁して、いや、やめ、ぁぁあああああああああーーーー″」

やかましすぎる断末魔をあげてソロモンは俺の中、「精神世界」へと逃げ込んでいった。

ついでに銀髪アーカムも絶対殺すマンのように追いかけて行ってしまったので、今となっては、もはや居間には静寂しか残ってはいない。

数ヶ月前より調教し、少しは使えるようになったと思ったが、自由奔放、優雅独尊たる悪魔を飼い慣らすのはやはり難しいものがある。

俺はそんなことを思いながら、コートニーの気配がクラーク邸の近くにせまってきた事に気づき、戦慄してピヨコを仕分けはじめるのであった。

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