記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第122話 気絶の達人


人狼の姫。

一体その言葉にどれほどの意味があるのかはわからない。
ただ、そんな知識もない俺にもわかるくらいに、人狼たちの目つきが明らかに変わっていくはわかった。

「私と狩人アンナ、教団の宣教師2名が悪魔の存在に気付き現場に向かった際には、既に戦闘は終わっていました」

「お嬢様が悪魔を……?」
「ふむ、お嬢様の留学先か」
「流石はお嬢様だ」
「お嬢様なら当然よ」
「私の可愛いソりゅりゅぅぅうぅ〜♡」

悪魔の事件について説明するアヴォン。
そんな銀髪オールバック置いて勝手に嬉々とした表情で騒ぎ出す人狼たち。
皆が皆「お嬢様」とやらを褒め称え始める。
特に人狼王に関しては自分を抱きしめながら、モゾモゾ蠢いている。威厳などあったもんじゃない。
普通に見ていて気分が悪くなる。

一方の俺は幸せムードになり始めた人狼たちを眺めながらも、アヴォンの発言によって段々と記憶を取り戻しつつあった。

悪魔……。
そうだ悪魔だ。
あの、悪魔。
マリとゲンゼが囚われてーー。
ぁ、ぇ?
あれ?
待てよ。
じゃあ俺は、俺はなんで生きてるんだ?
死ななかったっけ?
あれは、気のせい?
そんなことあるか?

ゆっくりと蘇ってくる記憶。
暗黒の海から徐々に這い上がるが如く。
真っ暗で何も視認できなかった水の底から上がって来た、見覚えのあるシルエットが明らかになっていくかのようだ。
新鮮な感覚。
されど確実に俺の体験した記憶なんだと、灰色の脳が教えてくれる。
次第に現在部屋の中で話し合われている「城を破壊した」という出来事についても薄っすらと、思い出して来ていた。

あれ、俺もしかしたら城、壊したかもしれん、な。

突拍子も無い言いがかりが途端に身に覚えのある出来事へと変わっていく。
この焦燥感は新鮮だ。
とても新鮮でとてつもなく気まずい気分である。
先ほどまで大声で叫んで「俺はやってない!」などと叫んでしまっていたにも関わらず、
今更「ぁ、やったかもしれない」などと言おうものなら、味方である狩人たちにすら白い眼差しで見られる事だろう。
人狼たちの反応は火を見るより明らかだ。

「……ふぅ」

俺は沈黙を誓った。

「しかし、悪魔討伐の際に当の討伐者アーカムは死亡してしまいました。まぁ見ての通り実際は我々の勘違いで生きていたわけですが」

アヴォンはにこやか笑ってこちらを見てきた。
冷や汗の止まらない額を拭いたい気分になりながら苦笑いを返しておく。

そっか、やっぱ俺ほとんど死んでたのか。
きっと数パーセントって確率を引き当てて血の力で蘇生できたんだな。

かつてアディに聞いた話で純血種は心臓を破壊されても死なない。
吸血鬼のハーフは運が悪かったら死ぬ。
そして、それ以上に血が薄ければ大体は絶命するけど本当に運が良ければ生き返る、とのことだった。

つまり奇跡が起きたんだろう。
きっとそうだ。

自らの類い稀なる幸運に感謝しても仕切れない。

「その時、ご一緒にいた人狼の姫様が奇抜なご提案をされまして『アーカムの遺体を持ち帰りたい』とおっしゃられたのですよ。姫様の力で遺体も綺麗に修繕されていました」
「むぅぅ、なぜソルが下等な人間の遺体にそのような事を……」

困惑した顔しているーーような気がする人狼王は顎の毛並みをしごきながら喉を鳴らしている。

「お待ちください、狩人。それでは何ですか、お嬢様に此度の騒動の責任があるとでも仰りたいのですか?」
「貴様、人間風情が。立場をわきまえろ」

先ほどまでのふわふわし幸福ムードは一瞬で消え去り、血の気の多いナポレオが静かな威嚇をする。

それに伴っておれの両脇に控える人狼たちから威圧的な圧力が放たれ始めた。
よく見れば人狼王や左長辺に座る他の人狼たちもどことなく目つきが冷たくなっていた。
ただでさえ鋭い目つきは、黄金の瞳孔を小さくさせ今にも飛び掛かって来そうなほどの迫力を称えている。

「いえ、そう言うわけでは。ただ此度の不幸に不幸が重なった要因のひとつに、人狼姫の行動もあると考えられるという事です」
「ふざけるな。悪いのは明らかにその人間、そしてそれを御する事の出来ていない協会だろう」
「えぇ、私も同意見ですね」
「お嬢様は悪くない」
「立場をわきまえろ、人間」
「お前らはただ黙って責任の取ればいいのだ」

人狼たちは矢継ぎ早に牽制し怒りに牙を剥き恐ろしい形相になった。
どうにも彼らの言う「お嬢様」という存在が絡むと、人狼たちが感情的になっているような気がする。

呼び方からして人狼たちの中でも特に偉い人なのは間違いなさそうだが、一体どれほど尊い存在なのだろうか。

「ふむ、もう良い。アゴンバース」
「ん、何でしょうかな、人狼王」

白熱し騒がしくなる会議へ厳かな雰囲気を作り出し、呆れたような声が響いた。
人狼王の冷めた眼差しと声音を受けるのは我らが協会の長、狩猟王アゴンバースだ。

「私の娘がその男を連れ、ん……男を連れてきた……? いいや、違うか。というか、うん。人間の遺体を運び込んだかはわからぬ。
だが我の城が破壊されたのは事実だ。人間には新しい城を築いてもらなければならぬ」
「えぇわかっていますとも。盟友たる人狼にはいつでもお力添えを致しましょう」

人狼王の厳しい眼差しを真正面から受けながらも狩猟王はうやうやしく穏やかに言った。
俺にはただ事の成り行きを何もしないように努めつつ見守る事しか出来ない。

「それとだ。アゴンバース 。貴様の手でその人間を処刑しろ」
「ほう」
「ひぃ!?」

人狼王の口から飛び出したのは死刑宣告。
驚愕に喉が引きつり気持ちの悪い汗が頬を伝う。
こちらを真っ直ぐに見つめてくる人狼王。
目を合わせた途端に恐ろしくなって視線をそらす。

やばい、これ本当に殺されるやつだ。

「処刑ですか」
「そうだ。貴様の手で、その魔の斧ならスパンと逝けるだろう? 久しぶりお前が吸血鬼を殺ししてるところも見たいしな。はは」

邪悪な笑みで楽しげに笑い、人狼王は狩猟王の背後に置いてあった巨大な箱を指差した。
その箱は古びていて、されど丈夫な造りの大きな長方形のタンスのようだった。

「少々早計と思われるますな」
「どう転がってもその人間の死は確定事項だ。早計も何もあるまい」

え、俺の死って確定事項なの?

リアル寿命が縮む発言に、処刑される前からガリガリと余命が削られていく。

「はぁ……若い芽を摘むもんじゃないでしょう。今回は少し間違えただけです。彼は将来的に我々にとても大きな利益をもたらすと思いますよ?」

狩猟王は頬杖つきながら優しい声で言った。

「はん。その我々の中には本当に『我々』も入っているのか? 第一利益を上げる前に、取り返しのつかない負債を抱え込むような輩など信用できぬわ」
「城ならまた建てればいいでしょう。思うに彼という人材の価値は建て直せる建築物なぞより遥かに高い。9歳で人狼を数万人相手とった人間なんて人が始まって以来、歴史上にはいますまい」
「なんだアゴンバース、その人間を使って我らを滅ぼそうとでも考えているのか? 武力なら協会なぞに頼らなくても我らがいれば十分だ」

じりじりと場の気温が上がってきているかのような感覚を覚える。

見た目と貫禄からして明らかに強者な人狼王と、超人の集まる狩人協会の長が視線で火花を散らしているのだ。
ほんのりと殺気も混じっている。
まさに一触即発の事態だ。

お願いします、狩猟王!
どうか俺の命を救ってください!

何か間違えただけで核戦争が起きそうなほどに温まった室内で、俺はただひたすら自分の命が助かる事だけを懇願する。

「冗談ならばおやめなられた方が良いですよ、人狼王。私たちの3000年の長い時間に裏打ちされた信頼に泥を塗るおつもりですか?」
「ッ、いい加減にしろ、アゴンバースッ! 泥を塗る行為をしたのはそちらが初めだろう! ふざけるなよ、人間風勢が。おこがましいぞ!」

ーーガタッゴトッ

人狼王の怒りが沸点に達した。
大きな椅子を蹴るようにして勢いよく立ち上がった人狼王。
対して狩猟王は眉根を寄せ鋭い目つきになり、わずかに腰を上げて迎撃姿勢を取った。

圧倒的な殺気を放つ人狼王に対し、その王にも引けを取らない突き刺さるような覇気を放つ狩猟王。

そして今更気がついた事だが、狩猟王の右手には何やら黒く禍々しい眼球の付いた斧が握られていた。

狩猟王は自身の身の丈もある柄を短く片手に持ち、大きな半円の刃を持った長斧を軽々しく片手に持ち上げているのだ。

一体いつから手に持っていたのかはわからない。
が、およそ通常の技術ではない特別な手法を用いているのだとは推測できる。

「あの、狩猟王……まさか、本気で王とやるおつもりじゃないでしょう? あなたは賢い人間だと私は知っていますよ」

灰色の毛並みをしたホープは首を振って「呆れた」と言わんばかりにため息を吐いた。

「はっは。そうピリピリしないでおくれよ。ちょっとふざけただけじゃないか、アギト。人狼狩りなんで縁起でもない。祟られたくはないよ」
「出来もしないのに図になるなよ、アゴンバース」

人狼王の殺気はとどまるところ知らない。
しかし、それても露骨な戦闘態勢だけは解除してゆっくりと席に着いてくれた。
狩猟王も肩をすくめ、巨大な斧を壁に立てかけて椅子に座りなおす。

と、その時ーー。

ーーテクテクテクテク

「お嬢様! お嬢様、お待ちください!」
「今は大事な会議中だとお父様がーー」

部屋の外が何やら急に騒がしくなった。
可愛らしい犬の足音のようなものも聞こえてきている。

だんだんと近づいてくるそれを待つと、ついにそれは部屋のすぐ前にやってきた。
と、同時に部屋の前で一旦止まるという気配を感じさせないそれは案の定、一も二もなく勢いよく背後の両開き扉がぶち破って入室してきた。

ーーバガァア!

衝撃で砕けた扉の破片が鎧圧を全カットしていた背中に突き刺さる。

「い、痛ぇぇ!?」

小さな木片だったのでそこまで重症と言うわけではないが、それでもぶっ刺されればなかなか痛い。

俺は痛みに喘ぎながら、首を背後へ向けた。
先ほど殴られたせいで首の骨がおかしくなっていたり、こめかみ付近の骨が砕けたせいで、振り向くだけでも鋭い痛みが伴う。

そうして意味不明に走り抜けていく鋭い痛みに耐え、何事が起こったのか確認するとーー。

そこにいたのは予想外の人物だった。

いや、これは人物というかーー。

「ポチ?」
「わぉわぉぉお〜!」

眼前に現れた巨大な犬影に押しつぶされる。

「ぐへぇ!」

背中に刺さった木片がめり込み激痛が走る。

「わ、わぉお!? ぉぉ! わぉお!」
「ぁ、ぁ、がぁ……」

背骨を圧迫されたような嫌な感覚を得て、意識が急激に希薄されていくのがわかった。

「ぽ、ポチ、どう、して、ぁーー」
「わぉわおっ! わぉぉわぉわぉーー」

一生懸命に目の前で吠え続け、顔を舐めたりガジガジとかじってくるポチの口の中で、
俺は終始訳がわからないまま意識を手放してしまった。

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