記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第115話 事後処理


「名を名乗れといっているんですよぉぉぉッ!」
「わぉ」
「だから『わぉ』じゃないぃぃぃ!!」

眼前で繰り返される不毛なやり取りをただ眺める。
もう思考する気力も残っていない。
考えるための脳細胞も死んでしまったのかもしれない。

だが、それでも最後まで物語を見たかった。
俺を終わらせた悪魔が、一体どうやって終わるのか見たかった。
その一心で俺はこの一秒、一秒を生きるのだ。

「はは……まぁいいでしょうぉぉ。どの道この男が生きている限りは我輩の契約は持続しますぅぅ〜、理屈はわかりませんが、貴方がたとえ使だったとしてもこの理を超えることは不可能です」
「わぉ?」

悪魔は強気になり、立ち位置を少し変えて自身の背後の地面を指し示した。
虫の息で死体同然の俺のことを相対するポチに誇示してるのか……?

「わぉ!?」
「あーっははははははっはは! 驚きましたかぁぁ? 貴方には渡しませんよぉぉ~!」

明らかに動揺する人間くさいポチの表情の変化に悪魔は堪えきれないとばかりに笑い出した。

あぁ、そうか、ポチ。
お前は賢いから俺のこと覚えててくれてるんだな。
俺はそれだけで嬉しいよ。

「この人間は我輩の体。貴方もこれが欲しいーー」
「がるぅぅぅう!」
「だから、無駄だと言ってーー」

ポチが恐い顔して鋭い牙をむき出しに怒っている姿。
それを最後に、狭まっていた俺の視界は完全に失われた。

瞳は開いていても、もう薄紅色の水晶玉はなにも移してはくれないのだ。
五感のうち最後まで生き残っていた視覚が失われたの瞬間、俺はもう何も感じなくなっていた。

何も、何もーー。

王都ローレシアの伝統的なイベント、レトレシア魔術大学「最優秀決闘サークル決定戦」を目前にして、ひとりの生徒の命が失われた。
新暦3055年、12月19日、9時12分。
アーカム・アルドレアはその短い人生の幕を下ろした。


ーー


「--」
「----」
「--」
「--」

どこまでも続いていくひたすらの虚無。
何もない虚構の世界を自在に泳ぐ。

ゲンゼディーフはゆったりとした浮遊感を感じながら、体が自身が帰るべき場所へ向かっているのを感じていた。

それは波打ち際でただただ大きな力に身を委ねるがごとく。

少女は悪鬼に奪われた肉体の主導権を順調に取り戻しつつあった。

あるべきものはあるべき場所へと向かうのがこの宇宙の法則だ。

「やはり9系統以上の悪魔でしたね」
「死んでいるのか?」
「えぇ間違いなく」

夢見心地に抽象世界をさまよう意識が、体に装填されていく。
そして意識がはく離された各器官と結合していく。

操縦者のいないコックピットに資格を持つものが戻ってきたのだ。
そうしてゲンゼディーフという名の機体は五感を機能させ、外部の情報を取得し始めた。

「紋章からして『源泉の六大悪魔』でしょう。流石です姫様。大手柄です」
「もうどうでもいい、そんなこと」
「それは……申し訳ありません」

自身の体の存在をうっすら感じ始めた頃。
無意識のうちに聴覚を刺激してくる誰かの話し声があたりには響いていた。

どこか聞き覚えのあるその声にゲンゼディーフはさらに耳を傾ける。

じゃりじゃりとした石を踏み分ける足音が聞こえてくる。どうやら近くをひとり、人が歩いてるらしい。

「あんたが彼の先生?」
「……」

冷徹な、されどどこか上擦った声の持ち主は、自身の声の性質を正しく認識して、意図して冷たく誰かに話しかけている。
と同時にゲンゼディーフは自身がゴツゴツとした硬いものの上に寝かされていることに触覚で気がついた。
視覚はまだ戻らない。

「あたしは聞いているの。答えろ」
「…………お前の死は決して無駄じゃなかったーー」

ーーボギィッ!

骨の砕ける音。
冷たくしたたかな怒りが込められた声に、男性が言葉を返した瞬間だった。

ーーバゴォォンッ

刹那の後ーーというかほぼ同時に遠くで爆発音が発生する。
ゲンゼディーフは耳が壊れそうなほどの炸裂音に、強烈な暴風を受けて体を吹き飛ばされそうになった。

「う、ぅ」

だが、誰かの手で地面に押さえつけられることで吹き飛ばず済み一安心する。

未だ外部から情報を更新できていない状況で、命の危機にさらされたことは彼の覚醒を大きく促した。

ゆっくりと体の筋肉に命令を出して、まぶたを鈍重な動作で開いてみようと試みる。

「狩人ならこれくらいで死なないでしょ」
「ぁ、ぐはぁ……ぐぅ……ッ」

「さて、ではそろそろ人も集まってきます。この死体は我々でーー」

ーーギィンッ

「なぁ……神父さん。幾ら何でもそれはないよ。死体はワタシたちが回収する」
「あなた方ではそれの加工できないでしょう。つまらない意地を張らないで欲しいですね。これは人間のためです」
「……あんたらは自分たちの神のためだろう?」

女性がひどく低い声で呟いた。
目は開かずとも空気がさらに緊張していくのがゲンゼディーフにも感じられた。

「あのさ……あたしが……あたしと彼が倒したんだけど……?」

そこへ割り込む震え上擦った冷たい声。
皆がその声の主人を前に黙りこくる。

「……」
「……ですが、姫さま達でそれを回収しても仕方がないでしょう。盟約に沿って判断すればここはーー」

ーーダゴォンッ

再び爆発音が発生し、なにか大きな物体が吹き飛ばされた音がした。
荒れ狂う暴風の中、ゲンゼディーフがよくやく薄く開けた視界に入ってきたのは天上から差し込む光だった。

ぼやけてよくわからないが、非常に大きな縦穴のそこにうつ伏せになって寝ているらしい。
はるか遠くの視線の先には澄み渡った雲ひとつない青空が見えた。

「ぁ、こ、こは……?」

のどの痛みに苦しみながらかろうじて言葉を紡ぐ。
からからに乾燥した口内、パリパリと割れる唇のせいで顔の筋肉を動かすだけでとても痛い。

「あ、目を覚ましたかい。生きてたんだね」

女性の声。
ゲンゼディーフを認識したらしい。

「オヤ、眠ラセナクテモ、ヨイノデスカ?」

ゲンゼディーフの目覚めは周囲の人間たちを少なからず動揺させたようだ。

ぼやけた視界を必死に動かし首を動かすゲンゼディーフ。
そうして傍らに立つ梅色の髪の女性に気がついた。

「あ、な、たは……?」

うつろな瞳でなにやらいかめしいコートを着込んだ女性に話しかける。
すると女性ははにかんだ笑顔を作って、手に持つ長大な棒を杖代わりにしゃがみこんで来た。

「悪いが名乗ることはできないね。もう少し寝てもらうよ」
「ぇ……」

女性の言っていることの意味がわからず困惑する。

「待って、あたしがやる」
「ふむ。左様でございます、か」

わけもわからず女性に注視していると、頭上の視界外からあの上擦った冷たい声が聞こえてきた。

どこか聞き覚えのあるその声に不思議な優しさが込められていることに敏感にも気がついたゲンゼディーフ。

先ほどまでの刺々しい声音ではなく、友達にたいするようなどこかフランクな調子の声。
あるいは、相手に対して負い目を感じている者の声だろうか。

「ごめんね、ゲンゼディーフ、ごめん」

額に水滴が落ちてくるのを感じる。
程なくしてゲンゼディーフはそれが声の主の涙であることを知った。
反転した視界の中、上方からちらりと見えた髪の毛に目を奪われる。
これほどの艶々した綺麗な髪の毛一度見たらそうそう忘れられるものではない。

ゲンゼディーフは見覚えのある髪の毛を眺めながら、働かない思考を総動員して記憶を物色しようとした。

「ぁ、き、みはーー」

記憶の中に人物の取っ掛かりを得た、その時。
ゲンゼディーフの意識は再び闇の中へ引きずり込まれていった。

だが、今度の闇は肉体から開放された自由な虚無空間ではなくちょんとした内側の闇だ。

ゲンゼディーフの意識は自身の状態に満足し、安心して操縦席から再び立ち上がった。

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