記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第110話 教会の宣教師



ふわふわと浮ついた自身の気持ちを自覚する。
冬場、暖房の効いた暖かい部屋で毛布にくるまり、窓の外の吹雪く景色を眺めている時、人はこんな気分になるんだろう。

何が言いたいのか。
俺は今とても幸せな気分だという事。

だが、一方でただいま我々の決闘サークルはちょっとギクシャクした空気になっていることも自覚している。

長机を挟んで我の強い方々による個別対談が行われているからである。
一方は我が決闘サークルが部長サティ。
かたや急に決闘サークルに参加したい旨を伝えてきた女神様カティヤさん。
見ているだけで俺の幸福度が自然と上昇していく、幸運の象徴ーー。

ただ、現在俺が天上に舞い上がりそうなほど幸せなのは、カティヤさんを視界にとどているからではない。

いや、カティヤさんのお陰なのは間違いないのだ。
その姿は見ているだけで癒される。
寿命が1秒毎に伸びていく気さえする。

ただ、今はそれよりも、それよりも彼女の手に装着された手袋から目が離せない。
何故なら彼女が今着けている手袋ーーそれは先日俺がプレゼントした手編みの毛糸手袋なのだ。

「はぁ〜」

泣きながら走っていったのでてっきりまたポチがゴミ捨て場から拾ってくる展開かと思ったが、今回はしっかり使ってくれたようなのだ。
絶望の色が濃かった分、俺はそれだけでもう最高に幸せな気分になっている。

なんで室内なのに手袋してるのかとか、手袋を右左逆に着けているのが少し気になるが、そんなところもお茶目で可愛い。
結局何しても可愛いのだカティヤさんは。

「ちょっと、アーク! あんたも副部長なんだから何とか言ってやりなさいよ!」
「アルドレアはあたしの入部に賛成でしょ?」
「あんたは黙ってなさい!」

夢見心地で桃源郷をさまよっていると、突如焦げ茶色まん丸瞳が眼前でこちらを睨みつけている事に気がついた。

なんだこの小娘は。
すげぇ恐い顔してるな。
やめろ、睨むんじゃない。

「ごめん、話聞いてなかった」

唐突に話題を振られついていけないぜ。

「ほら、ドートリヒトがいきなりうちに入りたいなんて言ってるのよ」
「あ、そっかその話ね」
「そう! ほら私たちのパーティは事足りてるからお前は要らないって言ってやって!」

サティは爛々と期待した眼差しで見つめて来ている。

「普通に入部を許可をします」
「アークぅう!?」

カティヤさんが「エルトレット魔術師団」に加わった。



カティヤさんの入部に歓喜した数時間後。
ローレシア南第二区、グレナー区遺跡街。

ーーカチッ

時刻は19時24分。

ただいま俺は陥没した修練場跡地にやって来ている。
自身の行った破壊行為の罪の懺悔、というわけではない。
もしかしたらそれくらいした方が良いんだろうが、俺はエレナにも責任があると思うので、俺ひとり謝るのはなんか癪に触る。ゆえにしない、やらない。

夜風が頬掠めて乾いた空気を肌に突き刺してくる。
魔法で体温を調整しているので別段寒くはない。
もっとも魔法を使わなくても現在の服装ならば、高い防寒対策を施せているので問題はないだろうが。

やたらベルトの多い黒の分厚いレザーコートに、人狼マークが手の甲に刺繍された白手袋。
オオカミの耳のような垂れ耳ギミックの施された可愛げのある帽子。

レザー流狩人装束を完全に着込んだ状態である。
ついでに「忘却のペストマスク」も被っている。
若干顔まわりが煩わしいがこれは仕方ない。

本日の装備はラビッテの杖に「哀れなる呪恐猿ReBorN」、そしてポーション小瓶がひとつに銀杭と「狼姫刀ろうきとう」だ。
例の通り狼姫刀は左手で持つスタイル。
通常の帯剣ベルトでは重すぎて腰に差せない為である。

至って標準的な装備だ。

「ふむ、早いな」

刀を杖代わりにして両手と顎を乗せ、瓦礫に腰掛けていると背後から声がかかった。

「えぇ、僕は人を待たせない事で有名なんですよ。その道の専門家と言ってもいい」
「時間を守る事に専門性なんてないだろう」

的確な返しをしてくる声の主。
肩をすくめながら振り返ればそこにはアヴォンが立っていた。

「アンナさんたちは?」
「今日は来ない」
「なんか任務とかですか?」
「アンナとその母たちは吸血鬼のアジトを潰しに行っているらしいな。詳しくは知らん」
「エレナは?」
「あのガキはお前との戦闘でいまだに使い物にならんだろうから、床に伏してるんだろう」
「あーそうですよね。またお見舞いに行ってあげないと」

先日、串焼きを買ってお見舞いに行った時のことを思い出す。

また食べ物がいいかな。
エレナは本当によく食べるんだ。
顔色悪いのに串焼きだって俺の分まで全部食っちまったくらいだ。

「知ってます? エレナってリスなんですよ」

口いっぱいに食べ物を頬張る梅髪の少女を思い出し笑いが漏れる。
なんであんなに躍起になって食べ物を詰め込むんだろうか。
エレナは大食いだが、また尋常じゃないほどに早食いだ。

「お前頭がおかしくなったのか。む、来たぞ」
「みたいですね」

アヴォンにすげなく返されながらも、正面の瓦礫の影から近づいてくる気配を感じ取る。
視線を正眼に固定して待つと案の定2人の人影が暗闇からにゅっと現れた。

「こんばんは、協会の方々」

暗闇から、先に現れた方の男が優雅に一礼をする。

男の身長は高く2メートルは優にありそうほど。
がたいも大変逞しく服が張っているのがわかる。
灰色の司祭礼服ーー神父さんが着ていそうなあの服を着こなし、黒のインナーが夜闇にマッチしている。
胸元には輝く十字があしらわれたネックレスを付けており一発で聖職者なんだと判別できた。

てかこの人前にどこかであったような気がするな。
たしか小石をぶつけてしまったーー。

「私は聖トニーの御意志を地上で代行する使命を課せられた『宣教師』マーライアス・アルハンブラです。神父でございます」
「あぁ」

予想通り彼らが今回の協力者らしい。
協会と並び人間の組織する巨大な宗教団体。
トニー教団の権力を支えるという超武力「宣教師」たちだ。

てか、やっぱりあの時の神父さんじゃないか。
あんたが宣教師だったのかよ。

「そして、こちらの者は同じく聖トニーの御意志を代行する使命を持つガンスミス・バレルアーチ神父です」
「ドウゾ、ヨロシクお願イシマス」

アルハンブラ神父は優雅な仕草で傍のもう1人の聖職者を指し示す。
お隣の大男も当然のように「宣教師」らしい。

たしかに後ろのバレルアーチ神父も筋骨隆々なのが神父服の上からでも丸わかりだ。
それに顔に傷があってアルハンブラ神父よりかなり怖い感じに仕上がってしまっている。
話に聞いていた通り只者じゃない2人の神父に舌を巻く。
彼らが強者と確信すると首筋に嫌な汗が滲んできて場に緊張感を感じれるようになった。

「私はフタツルギ。こっちはシバケンだ」
「どうもシバケンです」

アヴォンは親指で俺を指し示して言った。
フタツルギはアヴォンの狩人名かりうどなだ。
スパイ映画などで使われるコードネームと同じ役割を持っており、狩人が複数人、
あるいは別組織と協力して任務に当たる際などはもっぱらこちらの狩人名を使う事が多い。

俺は覚えやすくシバケンにした。
カオス・ブラッドキングにしようか迷ったのだが、アヴォンに真顔で止められたので仕方なくシバケンに落ち着いたのだ。

「どうぞ、よろしくお願いしますね若き狩人どの」
「……ええ、よろしくお願いします」

アルハンブラ神父はまじまじとこちらの瞳を覗き込むようにして見てきた。
とは言っても現在俺は「忘却のペストマスク」を被っているので直接目が合っているわけではない。

この宣教師ーー以前、通りで遭遇したアルハンブラ神父には俺の顔は見えていないはずだ。

協力者と合流した俺たちは修練場跡地からしばらく移動し、とある路地裏の扉の中へと入った。
暗く湿っぽい通路を進む。
明かりと呼べるものは一切なく、己の感覚だけが頼りの細長い通路。

途中下り階段があり、角度のキツイ足場に苦労しながら随分な高さを下った。
圧倒的な秘密基地感にわくわくしながら前を歩く宣教師たちに付いていく。

「ここです」

アルハンブラ神父が呟く。
階段を下り終えたところにはひとつの扉があった。
大きく頑丈そうな両開きの扉だ。
間違いなく中ではボス戦が行われる事になる雰囲気を醸し出している。

扉を押し開いたアルハンブラ神父に続き続々と中へ入札していくおっさんたち。
俺も遅れないようにアヴォン背中を追い最後に部屋の中へ入室した。

部屋は広く天井も壁も床もすべて石レンガで作られており、冷たい地下牢のようなイメージを抱かせる造形となっている。
石の冷たい感触が視界から伝わってきて何とも言えない閑散とした印象を受ける。

そんな中、アルハンブラ神父は腰から短杖を抜きぬくと軽く一振りした。
魔感覚が魔法の発動を知らせてくる。

両サイドの壁から急に光が発生した。
暗くて気づかなかったが壁際にろうそく立てが埋め込まれていたらしい。
揺らめく炎によって照らし出されたのは、やはり石レンガで出来た広い部屋だった。

だが、先程より幾分か温かいイメージを受ける。
火の明かりがそういう印象を与えてくれているんだろう。

「ほう、これが例の召喚陣か」

ろうそくの光に目を奪われていると、隣にたたずむアヴォンが若干上擦った声で呟いた。
何の事言っているのか分からず、アヴォンの視線を追う。

「あっ」

アヴォンの視線は床に固定されていた。
そして当然、彼の視線の先にあるものは俺の目にも映り込んだ。

「えぇこれが先日お話しした悪魔の召喚陣です」

アルハンブラ神父は眉間にしわを寄せて、極めて深刻な事態である事をひしひしと表情で伝えてくる。

「この召喚陣は過激派カルト集団『暗黒の亡命者』の手によって描かれたものです」

アルハンブラ神父は床の上に描かれた巨大な魔法陣を手で指し示しながら言った。
その魔法陣は赤い塗料を床に直接塗りたくって描かれたものであり、ところどころにロウの溶けた跡があった。
魔法陣に組み込まれた魔術言語には解読不明な単語が多数用いられていた。詳しくは時間をかけないと分からないだろうが、非常に高度な術式である事は誰の目にも明らかだった。

「これを発見できたという事は、召喚は未然に防ぐ事が出来たという事か?」

アヴォンは腕を組みながらアルハンブラ神父を見やる。

「いえ、この召喚陣はいます」

俺は魔法陣上のロウソクの跡、ところどころ焼き切れたように消失した魔法陣の模様から、すでに使用済みの魔法陣である事を確認する。
ついでに言うと床の上の赤い塗料からまったく魔力が感じられない事も俺の確信を促していた。

「ということは……」
「えぇそうです。悪魔はすでに召喚されてしまいました」

瞑目したアルハンブラ神父は残酷な現実を言い渡した。

王都ローレシアに悪魔が解き放たれた。


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