記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第96話 すれ違う思い



「それじゃな。行ってくるぜポチ!」
「わぉわぉ!」

庭でおすわりをしているポチの頭をサッとひと撫でして背を向ける。

「アーカム! 遅刻しちゃうよ! 早く送って!」
「お前日に日に図々しくなってくな、マリ」

カバンを手に持ってぴょんぴょん跳ねて急かしてくる少女。
早起きしたんなら自分で行けばいいだろうに。
俺は目の前の少女の教育の仕方を間違えたらしい。

「はぁ〜……甘やかし過ぎた」
「ほら! お姫様抱っこ!」
「はいはい」

マリとの接し方に失敗した事を悔やみながら、普段通りお姫様抱っこで持ち上げる。
するとーー。

「ねぇアーカム。またポチが睨んでるよ?」

呟くマリ。
チラッと中庭へ視線を向ける。

「うぅポチに睨まれると生きた心地がしないんだよな……」
「グルゥゥ……」
「ひぃ! いくぞ! マリ!」
「あいあいさー!」

可愛いポチが殺人オオカミに変わらないように、足早にトチクルイ荘を飛び出そう。

極たまにポチは急に機嫌が悪くなる時があるので困り者だ。
なんとなくマリと一緒にいると機嫌が悪くなってる気がするが、なにが理由かは未だ判明してはいない。

1分後。

俺は思い悩みながらも屋根の上を風のように駆け抜けて、あっという間にレトレシア魔術大学の正門に到着した。

「ん、あれは……」

校門前に見覚えのある暴力姫を見つけた。

「またあんた、朝から盛ってるの?」

なぜか汗だくで額を拭いながら検温な眼差しを向けてくる美少女。

「はっ、お前は盛りたくても相手がいねーーっと、はい外れたー。もうお前の蹴りも見切っちゃったかな、はは、残念ーー」

ーーグギィ

「あ、いぃぃたぁァァアッ!」
「ふぅん」

初撃を避けて得意になったところへの2発目。
カティヤさんの至高の太ももによって加速された2連撃を避けきれず膝に蹴りをもらってしまった。無念。

今日は一段と足が出るのが早い。
機嫌良くないのかな?
流石に顔合わせてから蹴るまで早すぎる。
もしやそういう日なのか?

「せいぜい苦しんでなさいよ、愚か者」

カティヤさんはそう言うと、さっさと校舎へと歩いて行ってしまった。

「はぁ、また蹴られちゃったねアーカム」
「う、うぅ」

マリから呆れたような声を聞きながらケガの具合を確かめる。
指で膝をさすりながらコリコリとした感触がある事を確認。
これは完全に膝の皿が割れている。

俺の鎧圧と血式魔術の硬化を持ってしても、余りある破壊力。
クソ、自信無くすぜ。
本当に俺なんかが吸血鬼狩れるのだろうか。

「そういえばさ、カティヤさんってアーカムにだけにはよく話しかけるよね」

マリは腕の中でもぞもぞ動きこちらを見つめてきた。
落ちないようにしっかり抱きとめながら鼻先の少女の緑色の瞳を見る。

「まぁな」

特に何とも考えずに愛らしい顔を眺めながらカティヤさんの事を考えていた。

たしかに、俺だけに話しかけてくるというところを聞いて悪い気分にはならない。
だげどね、マリ。

あの暴力のレベルを考えると、とてもじゃないが乙女な理由で俺に話しかけてきてるなんて考えるのは不可能だ。

そもそも初めて会った時からずっとあんな感じだったのだ。
これまでに気持ちの変化があったようには見えない。

「も、もしかしたら、アーカムのこと好きだったりしてね!」

マリはそう言って悪化からんとして笑う。

「だとしたら可愛げがあるんだけどな」
「……アーカムはさドートリヒトさんの事、好きなの?」

うーん。
好きだろ、そりゃ。

「そんなわけねぇだろ」
「はは、そっか! やっぱそうだよね〜」
「てか、お前降りろよ。1限教室ちがうし」
「やーや! 運んでって!」

マリはニコニコ笑いながら首に手を回して顔を寄せてくる。
緑色の瞳と鼻先三寸で睨めっこの末、負けを認めて少女の体を抱え直すことにした。
仕方ないので、このわがままな大家を校舎まで運ぶんでやるか。



本日の1限は純魔力学
今学期最後のカービィナ講義だ。
昨日の仕込みは上手くいった。

純魔力学の教室のいつもカティヤさんの座ってる席に、俺の手製マフラーを豪華に包んだ箱を設置したんだ。

「ふふ、今頃学校中大騒ぎだろうな、へへ。さてどんな反応が見れるのか」

マリを教室に運搬し終えて、ウキウキしながら廊下を歩く。

「おい、アーカム!」

おや、早速プレゼンテッダーが現れたな。

「見ろよ! このマフラー!」
「なっ、まさかミスっ……て、なんだよ」

廊下を走ってきたオキツグの言葉に一瞬だけ肝を冷やす。
もしかしたら手製マフラーを置き間違えたかと焦ったじゃねぇか。
この野郎、ビビらせやがって。

「ほら! これスゲェ高いやつだぜ!」
「ほう? どうしたん、それ?」

俺は何食わぬ顔で尋ねる。

「ははは! 秘密〜!」

オキツグは大変嬉しそうな顔でそう言って走り去って行った。

なんなんだよアイツ。
秘密にしたって数十秒後にはバレるだろうが。
てか、なんで話しかけて来たんだ。
もう死ねよ、馬鹿野郎。

「たくっ」

無駄なやり取りに首を振りつつ1限教室へ向かう。

「おい! アーカム!」
「おはよう、どうしたん?」
「見ろよ、この手袋! スゲェ高いやつなんだっての!」
「おう、良いじゃん。どうしたんだよソレ」

シンデロがオキツグと全く同じ話しかけ方をしてくる。
俺も当然同じように返す。

「へへ! 秘密だっての〜!」

シンデロは嬉々として走り去って行った。

「クソ、どいつもこいつも不毛な絡み方して来やがって。てか、このクソ暑い中なんであのバカどもはマフラーや手袋してんだよ」

頭のおかしい奴らにうんざりして嘆息する。
今回のプレゼントの中身を選ぶ際、俺は適当に衣類を買い込んだため、いくらか季節外れの洋服も混じってしまっている。

手袋やマフラーなんかの防寒具は相当数混じり込んでいるはずだ。
俺としてはそう言った防寒具は今すぐに使ってもらわなくても構わないのだがな。

「はぁ、でもすぐ使うのがプレゼントされる側の正しい姿勢か? いやぁ流石にマフラーはなんか夏につける奴…………あれ?」

待てよ。

なんか嫌な予感がする。
なんだこれ、冷や汗が止まらない。

俺、何を編んだんたっけ。
なにを渡したんだっけ。

ていうか真夏になんで編み物してんだよ。

「ぁ、終わった……」

今更になって自分のしでかした致命的すぎるミスに気がついた。

よりにもよってこんな季節にカティヤさんにマフラーなんかを贈ってしまった。

「ぁ、ぁ」

センター試験でマーク欄が一マスズレていた事に、テスト終了1分前に気づいた時のような気分だ。
死にたい、誰か俺を殺してくれ。

「終わった……終わった……」

一体何をしているんだ、俺は。
真夏にマフラーをプレゼントする馬鹿がどこにいるんだ?

そんなのものばら撒くような奴は愉快犯は愉快犯でも、人々を不快にする不快犯じゃないか。

意気消沈したまま廊下歩いていく。
教室まであと数メートルと言うところまで来たあたりから、途端に足が重くなってきた。

アーカム、進め、進むんだ。
どんなに嫌な結果が待っているとしても進まなくてはいけない。

箱が燃やされていたとしても、マフラーが引き裂かれている未来が待っていても行かなければならない。

「はぁ……レポートだけ出して帰ろっかな」

重たい足を動かして教室の扉をあけた。

ギュッとつまっていた瞳をゆっくり開けていく。

「おや、どうしたんですかアルドレアくん。今日は少し遅いですね」

カービィナ先生がが手招きして席に座るよう促してくる。

促されるがままに所定の席まで歩いていく。
そして俺の机の上に置かれた箱を見てから、隣に座るカティヤさんへ視線を移した。

「こ、この箱なんだろなー」

カティヤさんの横顔を眺めて話しかける。
演技派狩人助手の実力を発揮して、あたかもプレゼントに大喜びをする8歳児を演出だ。

「わー何が、入ってるんだろうなぁ〜」

おかしいな。
今日は演技に力が入らない。

自分でも落第点な演技に失望し、俺はわざとらしくそう言いながらも、無気力に箱を開けた。

カティヤさんは箱を机の上に置いたまま、特に開ける事なく俯いたままだ。

教室に入った時からずっとそうだった。

まだ箱にリボンが付いている事を考えると、箱の中身すら見てないはずだ。

だとすれば何か特殊な手段を用いない限り、中身が何なのかを判断する事はできないだろう。

「アルドレア、その箱は学校中の教室に置かれているようですよ。誰かのイタズラなのでしょうね」

カービィナ先生はニコニコと微笑みながら「開けてみてください」と言わんばかりに手で指し示してきた。

「へぇーイタズラかー」

自分の机に置かれた箱を開けて、俺の個人的に欲しかった手袋を取り出す。
人狼マーク刺繍の入った薄く白い生地の丈夫な手袋だ。
左手の火傷を隠すために改めて購入した品で、今までの左手に装着してきた物よりずっと厨二的なデザインが施されている。

「おー手袋かーなかなか粋なイタズラですねー」
「おや、良かったですねアルドレア。あなたは手袋が好きなようですからね」

カービィナ先生は俺の左手を杖で指し示しながら、ニコリと笑っている。
彼女にはきっと年がら年中左手だけ手袋している、年頃の患者として認識されてしまっているんだろう。

「おまえは、開けないのか?」

おばあちゃんの視線に浅く笑って返しながら、再びカティヤさんを見やる。

「……開ける」

カティヤさんは俯いていた顔を上げて、ゆっくりと箱を開けていく。

あぁ、頼む。
気の利いた神様よ。
あのマフラーを今すぐヘアピンにでも変えてはくれないだろうか。


「…………マフラーだ」

半眼でじっと箱の中を見つめるカティヤさん。
最低の贈り物に教室が静まり返る。

「お、良いじゃんー。こんな時期にマフラーなんて送るなんてなに考えてんだろうな、本当。手違いだったとか一生懸命すぎて間違えたとか、何か本人にも訳があるのかもしれないなぁー。でも、ほら、今すぐ使わなくても、冬場まで取っておけば使えなくもないかもなー」

目元が暗くなっているカティヤさんを横目に見ながら全力のフォローを掛けていく。
もうこうなったら力業だ。否が応でも受け取ってもらうべく、謎のイタズラ犯Aの肩を持つ事にした。

「マフラーですか。これは少々季節外れですね」

カービィナ先生は苦笑いしながら楽しそうにしている。なにわろてんねん。

「……このマフラー長過ぎる」

カティヤさんはもはや一本のロープとなっている毛糸の塊を広げて見せてきた。

「長い分には困らないんじゃね? それにほら人狼マークがここに入ってるんだぜ。カッコいいじゃん。うん、カッコいいよ。えぇ、はぁい」
「下手くそなマークに長さもまるでダメ。これ編んだ奴はどうしようもない馬鹿野郎ね」

カティヤさんの言葉に再び沈黙が舞い降りた。

「あの、先生、今日ってレポートだけ出せば帰っていいんですよね?」
「えぇ良いですよ。この授業はあなた方だけですし」

この場にいるのがどうしようも無く辛くなって来た。
多分、ここからはカティヤさんのダメだしの嵐が始まった挙句にマフラーを引き裂かれる展開だ。

「なんで、なんで、真夏にマフラーなのよ。本当、なに、嫌がらせなの……」
「ぅ、うぅ、せ、先生、あのレポート出します」
「長過ぎるし……なんであたしなんかに……」

掠れた声でそう言って、カティヤさんはマフラーに顔をうずめて泣き始めてしまった。

えぇ、嘘でしょ。
泣く事ないじゃん。
ごめん、イジメじゃないんだよ、マジで。

「なんでぇ、ぅぅ……どうして、こんな……」
「先生、はいこれレポートです。さよなら」

素早くレポートを教卓提出して教室を退出する。

あぁ、ダメだ。
完全に失敗した。

普段はあれほど強気なカティヤさんが泣き出してしまうほどのショック。

「何やってんだろ、俺……」

後悔と自責の念を胸にひとり廊下を歩く。
通り過ぎる教室からはプレゼントを楽しそうに開ける学生たちの姿が見えた。
お互いに欲しいものを交換しあってうまくプレゼントを活用してくれるみたいだ。

「はぁ……クソッ!」

これで「真夏のサンタクロース作戦」は終わり。
きっとレトレシアの多くの学生は満足してくれた事だろう。

だけどさ、だけどダメなんだよ。
俺が喜んで欲しかった人に喜んでもらえなかった。
俺は、俺は最低だ。

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