記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第84話 殺人の習慣


自分の内側に芽生えた妙な感覚を噛み締める。
不可思議な慣れの記憶。

どこから来たのかはわからない。
だが、たしかに俺は知っている、命を大量に奪う事を、どこかで。

手首を軽く回し体をぐっと伸ばす。
自分がもう引き返せない場所に来てしまった事に僅かながらの恐怖を抱きながら、懐に手を突っ込む。

ーーカチッ

時刻は14時37分。

カカテストファミリーのアジト襲撃を開始してから、約4時間が経過した。

現在俺は27ヶ所目の拠点のカカテスト構成員200人前後、全員に手傷を負わせて、うち10を殺害し制圧を完了したところだ。

「ひぃぁ、ぁ......あ、あ」

俺がアビゲイルに貰ったカカテストファミリーの拠点の場所は大小合わせて全部で25ヶ所。

そのうち重要拠点と思われる場所が3ヶ所。

俺は初めにリサラの囚われていた路地裏の拠点を襲った後、アビゲイルの情報に従って重要拠点から順に潰していった。

そして知った。
拠点内にあった資料なりマフィア構成員を拷問して聞き出した情報によると、どうやら拠点は25ヶ所どころではないらしいと。

「ここも違うなぁ」
「ひ、ひぃぁ……」

血みどろの死体が倒れ伏す部屋を見渡す。

俺が最初に襲ったカカテストファミリーの重要拠点と思われた3ヶ所は、どれも重要拠点ではあったらしいのだが、カカテストの本丸というわけではなかった。
組織の下っ端たちを拷問しても、聞き出せたのはどれもマフィアの事務所の情報ばかり。

偉そうな奴を拷問しても、俺の拷問のやり方が下手だったのか、マフィアのボスがよっぽどカリスマ性を持っているのか、
どいつもこいつ口を割らずになんらかの魔道具を飲み込んで自殺していっただけだった。

見上げた忠誠心である。
この組織のリーダーには相当うまく部下を惹きつける力を持っているらしい。

「ひ、ひぃ! やめてくれ!」

ーーグシャッ

「ひぃ!」
「俺はデモン。噂を広めろ。次は無いぞ」
「は、はいぃぃ!」

事務所のボスを殺されて、腰を抜かしていた最後のマフィアを脅し逃走させる。

「ふぅ」

緊張のせいで凝りかたまった肩を回してほぐす。

別に戦いにおいて苦戦しているわけじゃない。
カカテストファミリーの構成員たちなんて殆ど戦闘能力なんてあって無いようなものだ。

これは予想通りだ。

以前に吸血姫リサラ・ストガル・ヴァンパイアロードを助けた時に、マフィアとは戦っていたので大体の構成員の戦闘力はこんなもんだろうとは思っていたからな。

ーーチャプ、チャプ、チャプ、チャプ

床一面に広がる血溜まりの上を歩く。

「はぁ」

なんだが疲れてしまったな。

おおごとになる予感はしていたが、まさかこれほど大規模なものになるとは。

当初はあのリサラの捕らえられていたアジトにいた、デブのボスみたいな奴を探して殺すことが出来ればそれでお終いになる可能性だってあると思っていた。

だがあのデブの話を聞くと、どうやらアーカム・アルドレアを殺せというのはもっと上のボスからの命令らしいし、あいつ自体はただ虐待趣味を持つクズなだけだった。

現在、カカテストファミリーはその組織構成員5000人の総力を挙げて、魔術と体術の両方を収めたかつての襲撃者のことを探しているらしい。

そうして候補に上がった人物の中に俺の名前があったわけだ。きっとまだ犯人が俺だとまでは断定できていないんだろう。

もちろん彼らが探してるのは俺のことだろうが。

ちょっとアジトを襲撃して、吸血鬼のお姫様を救い出しただけなのに大げさボスだよな、本当。
向こうがそんな本気やって来るのなら、俺だって本気で対処しなければならない。

ゆえに俺は当初は気持ち的にぶっ潰す、と言っていた悪党狩りを文字通りの意味で、本当に組織を潰さなくてはいけなくなってしまった。
俺がマフィアという組織を潰す手段として思いついたのは、最初は構成員を全員ぶっ殺しまくる事くらいだった。

組織の頭だけ殺したところで、デカい組織なんてのはすぐに次のリーダーが現れて組織全体の崩壊まではいかないものだからだ。ハリウッド映画で見た。

構成員を減らし物理的に力を削ぐ必要があった。

だが、カカテストの拠点全ての人間を殺すのは骨が折れるし、道徳的にも自分が殺人狂になってしまいそうで怖い。

と、いうことでちょっと作戦を変えた。

俺が考えたカカテスト崩壊のシナリオは、各拠点ごとに一定数だけ残酷に殺すことで、
奴らの士気を下げ、拠点の襲撃者の存在「デモン」という名前を広めさせることだった。

この恐怖のペストマスクを被った狂人デモンは、カカテストファミリーに恨みを持ってもり、カカテストファミリーの構成員でいるうちは、
全員このデモンの標的であるというおぞましいフェイスストーリーをそれぞれの拠点に持ち帰って貰うのだ。

生きて逃す構成員にはトラウマをより顕著に植え付けるために、殺した構成員の血をわざとかけたり、内容物をぶつけたりして恐怖心を煽った。

俺自身かなりヤバイことしている自覚はあるのだが、これは奴らがマフィアなんていう生き方を選んだ事が悪いのだと割り切って、俺は無心で悪逆非道な残虐な行為を実行していった。

「えぇと、これで22本目か」

事務所の構成員が持っていた杖を回収する。
何十箇所も襲っているうちに没収した杖もすごい量になってしまった。
今は事務所内にあった適当なカバンを使って、杖を入れまくっているところだ。

「流石にこの量を持って行ったら、オズワールに質問攻めされるかな」

マントに着いた血を払いながら俺は次の拠点へと向かう。

もう組織の規模を維持できないくらいには構成員は殺した事だし、そろそろボスを殺してチェックメイトしたいところだな。



ーーカチッ

時刻は18時25分。

路地裏で≪みず≫の魔法で血みどろになったレザーコートの血を軽く洗い汚れを落とす。

傍らの建物に手を添えて空を見上げる。
この高く立派な建物で52箇所目の拠点のはずだ。

「ここで間違いないのか?」
「は、はい! ここが普段ボスのいらっしゃるアジトです!」
「そうか。ご苦労。二度と面見せんな。行け」
「は、はいぃぃ!」

拠点を襲撃した際に連れてきた忠誠心の低い幹部を、しっかり脅してから逃す。

奴には部下の中身をたくさん投げつけてやったので、多分もうマフィアなんてやらずにこれからはカタギとして生きていく事だろう。

「さてと」
「″…….″」

5階建の大きな建物を見上げる。
こんな堂々とアジト構えやがって。
俺の≪激流葬げきりゅうそう≫で焼き払ってやってもいいな。

立派な彫刻の彫られた石像の守る門を備えた、カカテストファミリーアジトを睨みつける。

「いいや」

流石にまずいか。
街中であんなの使ったら俺は無差別大量殺人鬼だ。

今日は訳ありで大量に人を殺してしまっているけど、俺は別に殺人に快楽を覚えているわけじゃない。

まぁ俺は快楽殺人者ではなかったが、同時に殺人を忌避するタイプの人間でもなかったらしい、というのは少し驚いたが。

今日だけでこの瞬間までにおよそ何十人も人間を俺は殺した。しかし、俺の心情には大きな波は立たなかった。
まだテゴラックスを殺した時の方がいろいろ考えたくらいだ。

「″アーカム、大丈夫……?″」

視界の片隅で銀髪の少女はひどく怯えた様子でこちらを伺っていた。
先程から霊体として出てきては、こちらを眺めていたのだが話しかけて来ることはなかったのに。

彼女がマフィア掃討を始めてから初めて声をかけてきた事に俺は気がついた。
銀髪アーカムは俺の行動に思うところがあるのかもしれない。

「″なんだか、変だよ……アーカムはこんな簡単に、人間を……″」

客観的に言われて見れば……やはり俺はおかしいのか?

「俺、大丈夫かな?」
「″大丈夫じゃないよ! こんなのおかしいよ!″」

いつも一緒にいる相棒に心配された途端、急に自分自身が怖くなってきた。

足元の地面が崩れ去っていくような感覚。
自身の信じていたものが間違っている可能性を、信じていた者に示唆される。
それゆえの不安。

俺、本当に理性的に行動してのか?
殺人を楽しんでないか?

嬉々として奴らの内臓をマフィアたちに投げつけてこなかったか?
あれ? なんでだ?
俺なんでこんな落ち着いてるんだろう……?

「″アーカム、今日はもう帰らない? 一旦冷静になって考えよ? ほらクールにクレバーに行こうよ! 昨日の今日で焦って行動し過ぎたんだよ、だからーー″」
「いや、やろう。俺は冷静だ」
「″アーカム!″」

銀髪のアーカムはは涙を瞳にためて震えていた。
きっと怖いのだ、この俺が。
だけど、なんだろうか。
俺は冷静、なんだと思う。

何かがおかしい、順序が逆なのか?
そうかもしかして逆なのか?

なのか?
この人殺しする感覚。
今日、午前中からずっとマフィアを殺してきた。

思えば、俺はマフィアを殺す時が一番冷静でいられた気がする。
自分自身でもとても初めての経験だなんて思えない。
この冷静さは、ある種のから来るものだ。

「″あ、アーカムぅ……お願い……″」

自分の手の平をなんとなしに凝視する。
ここまでで何度この手は血に塗れたか。

数えきれない。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
別に楽しかったとか言うわけではない。

嫌な感じはしなかった、よくだったと言うべきだろうか?

野球部のバッターが投擲されたボールを完璧に捉えた時、バスケットボール選手がシュートを打った瞬間に入ると直感する時のような感覚。

陸上選手がシューズの紐をきつく締めていざ練習を始めようという時のような、日頃から行っている習慣にピタッとなにかがハマる感覚。

自分が長く積んできた経験を焼き直しする作業とでもいうべきか。

野球部選手もバスケプレイヤーもランナーも、彼らが慣れ親しんだ動きを実行する事に、冷静でいられない奴はいないだろう。

俺は直感している。

俺、アーカム・アルドレアは
いや、もっと言おう。
、と。

血みどろの景観も、血塗れの手の平も、転がる人の死体にも俺はどこか懐かしささえ感じる。
そんなもの経験した事など無い……はずなのに。

少なくともクルクマで生まれてから、昨日までに殺した自覚があるのは、エレアラントの森で戦った軍人くらいだ。

それ以外は人を殺した記憶なんて無い。
だとしたらこの懐かしさはどこからくるんだ?

いいや、違う、わかっているはずだ。
俺は薄々感づき始めてはいた。
俺が殺人の慣れを得たのは異世界ここじゃない。

「元の世界……俺は一体何をしたんだ?」
「″あ、アーカム?″」

間違いない。
本能が告げて来る。
俺は元の世界できっと人殺しを経験している。

それも大量に。

今までは元の世界のことなんて忘れて、楽しく過ごせればそれで良いと思ってきたが、ここに来てどうしようもなく自分の前世の記憶が気になり出した。

傍に浮遊する銀髪少女へ視線を向ける。

「アーカム、お前って元の世界の俺の記憶共有してたよな?」

半透明の少女肩に手を置いて冷静に尋ねた。

「″うぇ? ぇ、ま、まぁ一心同体だったからね″」

アーカムは怯えながらも答えてくれる。

「俺って伊介 天成って、18歳、だったよな?」

少女は瞑目して深く考えるように腕を組んだ。

「″アーカムが覚えてないことは、私にもわからないよ″」
「そうか……だよな」
「″ごめん″」

そりゃそうだ。
俺が思い出せない記憶をアーカムが知っているわけがない。
そんなの当たり前だ。

「ツケが回ってきたわけ、か」

前世のことに大した関心を持ってこなかった分のツケが今になって回ってきた。

「″うーん″」
「うーん」

どうすれば前世の記憶の手掛かりを手に入れることが出来るか考える。
しかし、あまりにも何をすれば良いのかわからない。

「飛び降りて頭打ってみるとか?」
「″やめてよ!″」
「冗談だ」
「″もう!″」

何か、何か手はないものか。

恐らくチャンスはあったんだ。
半年前のエレアラント森林。
あの軍人が鍵だったんだ。

奴と出会う前に聞こえた、謎の奇怪音。
あれは間違いなく前世の記憶に関係していたはずなんだ。

それなのに、俺は≪激流葬げきりゅうそう≫で全部焼き払ってしまった。
シヴァを殺された怒りのせいでだ。

あの時、もしあの時、もうすこし冷静になって、何かしらの手段を考えていればよかったんだ。

例えば、師匠に軍人の相手をしてもらってる間、俺は宇宙船を調べるとか、
俺が頑張って軍人の英語っぽい言語を話してみるとか何かしら手はあった気がする。

「うーん、だが、仕方ない、か」

が、今更悔やんだって仕方の無いことなのも事実。

現状、俺たちが記憶を取り戻すために出来ることは何もない。
あの軍人みたいな、およそ元の世界から来たと思われる存在でも現れない限り、記憶の回復は困難だ。

ただ、ただ今日ひとつだけわかったことがあるとすれば、俺は記憶を忘れてはいるが、完全に忘れきっているわけではないという事。

前世やっていた慣習などに対しては、デジャブ的な感覚を覚えることが出来るということだ。

この事を知れたのは、俺が、俺たちが記憶を取り戻す上でなかなか大きな進歩ではないだろうか?
手段はゼロではない、という事なのだから。

「″アーカム!″」

ーーペシッ

「痛っ!? なん、なにすんだよ!?」

思考にふけっているところへ、半透明の少女のビンタに襲われた。意識が現実に戻ってくる。

「″ひとりで考えないでよ! 私と相談して!″」
「ぁ、うん……」
「″私たちは2人でひとりだって言ってるでしょ! 勝手に思考の海に旅立たないでよ! ぐぬぬぅ、この!″」

銀髪の少女は涙目になりながら、だだをこねてチョークスリーパーを掛けてくる。

「悪かったよ、気をつける」

背中に張り付いた少女の半透明髪の毛を優しく撫でる。
精神世界で撫でる時でさえきめ細かく柔らかいのに、霊体になっていると、
それはもう柔らかすぎてアーカムの頭が凹んでないか心配になるくらいに心地よい撫で心地だ。

「″そ、そうやってナデナデすれば、全部解決すると思ってぇ! ぇ、ぅぅ、思ってー!″」
「よーしよしよし」
「″うぅん、ふぁぁあ″」

やはり不機嫌な子供は頭を撫でてやるに限るな。

アーカムが落ち着いたところで、背中から彼女を持ち上げて抱っこしてあげる。

「よしよし」
「″も、もぉ……許す″」
「はは、ありがとな」

霊体の少女は不機嫌なのかご機嫌なのかよくわからない表情でそっぽを向いてしまった。
でも、お許しを頂けたってことは多分機嫌を直してくれたんだろう。

再度、眼前のそびえ立つ悪の居城を見上げる。

「″アーカム、私はアーカムに変わって欲しくないんだよ″」

胸元に顔を埋めながら震える少女は言外に「行かないで」と懇願してくるようだった。
これ以上、俺に変わって欲しくないーーと。

「ありがとな、お前の気持ちは嬉しいよ。本当に、本当に嬉しい」
「″それ、後で意見ひっくり返るやつじゃん……″」
「あぁそうだよ。アーカムの気持ちは嬉しいけど、やっぱりここまでやったら今更引くわけにはいかないよ」

優しい言葉を選びつつアーカムを説得する。

現実的な話、ここまでマフィアに喧嘩を売っておいて、今更トドメを刺さずに日常へは戻れない。

必ず報復がくるだろう。
その報復の矛先はきっと俺じゃない、俺の周りの人間へ向かうに違いないのだ。

だから、今更なんて引けない。
やるなら徹底的に、刃向かう気力を失わせる。

それに、俺は本当の俺を知りたい。
元の世界でどんな人間だったのか、俺が俺を知らないなんておかしな話だ。

俺は本当の俺に蓋をして、元の世界の事を見て見ぬ振りする生き方は、もう出来ないんだ。
もしマフィアを殺すことで記憶の欠片を取り戻せるなら、こんな悪党どもなんて幾らでも殺そう。

いや、幾らでもはちょっと言い過ぎかもしれない。
ほどほどに殺そう。

「″ぅぅうぅ″」
「ごめんな。でも安心してくれ、俺は変わらないから」

抱っこしたアーカムの背中を優しく撫でる。
銀髪少女は顔をうつむけたままで、こっちを向いてくれそうにない。

「″ぅぁぁぅう″」

俺は変わらない。
どちらかって言うと、たぶん戻るんだ。
いや、これは屁理屈だろうか。

俺は抱っこした銀髪アーカムを抱き込むようにして精神世界へと押し込んだ。

「″はぅうぅぅ″」」

結局最後まで、銀髪の少女はうつむいていて俺を見てはくれなかった。

俺だけに聞こえる、大切な相棒の泣き声がやんだ。
残るのは静かでジメジメした静かな路地裏だけ。

ーーカチッ

時刻は19時7分。

日はすでに沈み始めており、通りには仕事から帰宅する人々で溢れている。

「そろそろ、やるか」

俺は懐中時計をポケットにしまい込み、路地裏から大通りへ出る。

そして俺は本日最後の襲撃を仕掛けるべく、カカテストファミリー本丸へと乗り込んだ。

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