記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第54話 城出姫



暗く湿っぽい血の匂いの充満する地下室。

たくさんの黒服が守っていたこのヤクザの拠点のような場所には、およそ拷問をするために作られたと思われる部屋があった。

今その地下の拷問部屋には2人の人間がいる。
いや、気絶してるやつも含めれば2人か?
うんん、やっぱ人間は2人か。
だって1人は吸血鬼なんだもの。

「ぅぅぁ」
「あ、あの……」

ピクピクと痙攣する俺に少女は申し訳なさそうな顔を近づけて話しかけて来ていた。
少しは悪いと思ってくれてるのか。仕方ない奴め。

少女の咆哮のような泣き声を聞いたせいで俺の脳が揺れてしまったようだった。うまく立てないのだ。

頭痛がする。

めっちゃ耳が痛い。

側頭部に震える手を当ててみると血がべっとりとついた。

どうやら耳から出血しているらしい。

鼓膜でも破れたか?

その割には大して痛みは感じないな。

別に鼓膜って破れても痛くないのかな?

俺は平衡感覚を失った、安定しない体をステッキで支えながら何とか立ち上がる。

「う、うう、あ」

「ぁああ! 大丈夫、ですか?」

倒れそうになったところを少女に支えてもらう。

「ぁ、ああ、大丈夫だよ。たぶん」

実際は全然まったくもって大丈夫ではない。

目眩はするし、頭痛はひどいし、耳から出血してるし、ひとりで立つことすら出来ない。
こんなの絶対に大丈夫なんて言えないだろ。

だが、だんだんと平衡感覚は戻りつつある。

「ぅ、ぁあ、うーん」

ぐるぐる回っていた視界も安定してくる。

完全に感覚が安定してきたところで、少女に支えられていた体を自立させる。

「ふう。もう大丈夫ありがとう」
「ぇ、いえ……」

少女は消え入りそうな声で返事をした。

まず彼女の体の傷について処置をしたほうがいいだろう、が、本人に確かめておきたいことがある。

「君、吸血鬼……だよね?」
「……違います」

ん、少女は自分が吸血鬼だと認めてくれない。

「……吸血鬼、だよね?」
「違います」

こちらはアディや師匠から吸血鬼の見分け方を教えてもらっているので、この少女は絶対吸血鬼だと断言することが出来る。

鋭い犬歯に真っ赤な瞳、さらに爪は黒くとがっている。
人間のような丸みをおびた形状の爪ではない。

そして女性吸血鬼は皆んな美しい容姿をしているとアディから聞いたことがある。

アディ武勇伝の第5話、かつてハーフの女性吸血鬼に求婚し、顔を思いっきり引っかかれたエピソードだ。

この少女は吸血鬼を見分けるための項目全てに満点で合格してしまっているので、俺の本能もあわせて考えると、まず間違いなく純吸血鬼だ。

「君は吸血鬼じゃないの?」
「うん」

よくもまぁ、そんな鋭い犬歯をがっつりはみ出させて嘘がつけるものだな。

「本当に?」
「うん、違うよ」
「そっか」

やはり吸血鬼だと認める気はないらしい。

「ぁ、えっと……」
「うーん」

まぁいいか。
とりあえず今は、この痛々しい姿をどうにかしてやりたい。

「ん、ところで傷、治せないの?」

「……なんでか塞がらなくって、すごく痛いの」

少女の体の傷はまったく塞がる気配を見せないことがまず最初に俺が疑問を抱いた点だ。

話に聞く純吸血鬼ならば半身を吹き飛ばしても死なす、すぐに再生するらしいので、この程度の切り傷一瞬で治ると思うのだが……。

「ちょっと待っててね」
「うん」

檻からはなれていかめしい道具の並ぶ机を調べる。

「あった」

そこで俺は師匠から聞いていた吸血鬼を苦しめるための道具を複数見つけることが出来た。

その中のひとつが「水銀注射」だ。

水銀注射は一度気絶に追い込んだ吸血鬼に使用する拷問器具である。

吸血鬼たちは水銀を体内に打ち込まれることによって血式魔術けっしきまじゅつの使用が困難になったり、使用不可能の状態に陥らせることが可能だとわかっている。

自然治癒力も血の魔法による恩恵ゆえに、おそらく少女は水銀を体内に打ち込まれているのだと推測できる。

「ふむ、どうするかな」

迷いが生じた。
本当に吸血鬼の少女を狩人候補たる俺が助けていいものなのか?

普通に考えてみるんだ。
いいわけがないだろ。

俺は狩人候補として師匠から吸血鬼の詳しい生態を聞かされているので、吸血鬼についてはある程度専門的な知識を持っている。

吸血鬼は強力な存在だ。

さきほどの泣き声だけで俺がダウンさせられたことも考えると、子供の状態でも恐ろしい力を持っていることがわかる。

だが今の少女はどうだ?

血式魔術けっしきまじゅつの再生能力をを使えない吸血鬼。

それも純吸血鬼だ。

もう10年か20年してこの子が立派な成人吸血鬼になったらきっと悪夢のような強さで人間を殺しまくるだろう。

吸血鬼は人間の血を飲まなければ生きていけない。

「……」
「……?」

少女のあられもない小さい体をみる。

推定年齢、5歳か6歳ってところか。
師匠から聞いた吸血鬼の情報を思い出す。

協会の調べでは吸血鬼は最低でも2ヶ月に一度は平均的な成人男性の血1人分吸血しなければ絶命するらしい。

吸血鬼は魔力から血を生み出す手段を持っているらしいのが、生きるためには生きた人間の血を摂取する必要があるんだと。

これはとある純吸血鬼を使った調査結果だそうだ。

調査方法は……まぁいいか。

少女が5歳だと想定しよう。

最低でも年に6人、5年で30人。

この情報に個人差があると加味して考えても、この少女は間違いなくこれまでに30人近くの人間を食べている。

「どう、したの?」

自然とステッキを握る手に力が入ってしまう。

のかアーカム?
きっと師匠喜ぶぞ。
自分の弟子が純吸血鬼を討ち取ったなんて知ったら。

「ねぇ、君、名前はなんていうの?」
「ぇ……名前、ですか?」

本当にるのか?
こんな小さい少女を?
ボロボロでずっと苦しんで、ようやく来た助けにあれほど泣いて喜んだ子供を?
一旦喜ばせておいて裏切って殺すのか?

「……リサラ。リサラ・ストガル、です」
「リサラ・ストガル、か」

殺さなくちゃいけない。
師匠だって言ってたじゃないか。
吸血鬼の子供を見つけたら躊躇なく殺せって。
まだ十分に力を発揮できない内に殺しておくんだって。

後々絶対に後悔することになるんだ!
だから、殺さないと......ッ!

リサラの傍らまで歩いていき目線の高さを合わせる。その真っ赤瞳の内側に俺はどう映っているのだろうか。それを知るすべを俺は持たない。

「俺の名前はアーカム・アルドレア。吸血鬼だよ」
「強き者……え!?」

リサラは名前を覚えるより先に俺が吸血鬼であることに驚いたようだ。

「本当に吸血鬼なのッ!?」
「あぁ吸血鬼だよ。8分の1だけだけどね」
「8分の……ぇぇと……」

リサラは指を使って数字を数え始めた。

「僕のひいおじいちゃんが純粋な吸血鬼。お父さんは4分の1吸血鬼」

「ぁ、あ! そっか! そっか!」

本当にわかってるのかは疑問だが、納得がいったという顔でリサラは愛らしい笑顔を見せてくれた。
全身傷だらけの血だらけなので、狂気的な絵面なのだが。

やはりとにかく水銀を体から抜いたり服を着せてやったほうがいい気がする。

「ちょっと待っててね、今、布を当ててあげるから」
「あ、待って、待って! アーカム、さん!」
「ん?」

リサラは血まみれも手で静止を呼びかけてくる。

「そのね……リサラ、嘘ついたの」

何事かとあらえれもない姿のリサラのを黙って見つめてしまう。
はたから見たら世間体のよろしくない光景だ。

「実は! 私も吸血鬼なんです、パパもママも吸血鬼なんです!」
「あー」

リサラは勇気を振り絞って自分の正体を明かしてくれた。
こんなに勇気を振り絞って言ってくれたのに「うん、だと思った」なんて言う、すげない返しは天が許しても俺は許せない。

「えー、吸血鬼だったんだー」

演技派狩人候補としての実力をいかんなく発揮し完璧に、驚いた人物Aの演技をやりとおす。

「そう! 私たちは仲間なの!」

リサラは明るい元気な顔で満足げな声をだした。
先ほどまでの暗く恐怖におびえた表情が演技だったのではないかと疑ってしまうような変わりようだ。

こいつも演技派か?
まぁそんな事はいいか。
リサラの笑顔を見て安心した。
やっぱり殺さなくて正解だった。
もし殺していたら俺はきっと後悔したに違いない。
そうさ、これでよかったんだ。

「仲間! 仲間!」

自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。

だってまだ俺は狩人じゃないんだ。
それにこの子が人を殺したとは、限らない。

少なくとも俺は自分の目でこの子が人を殺すところを見ていない。
そうさ今のうちからいい子に育てれば、将来はきっと悪さをしないはずだ。

よしいいぞ! 正当な理由だ出来てきた!

俺はこれがハッキリといけないことだとわかっていても、自分を必死に騙した。そして俺はそんな吸血鬼少女を安全な場所へ連れて行ってあげることにした。



吸血鬼の少女リサラ・ストガルをつれて地上へ戻ってきた。

リサラの体内の水銀の大部分はすでに体外へ除去したしたので体の傷は全て塞がっている。
一見すると金髪に紅色の瞳の、鋭い犬歯と黒い尖った爪をもったふっつうーの美少女だ。普通のな。

水銀には吸血鬼ならではの取り出し方がある。

吸血鬼は基本的に心臓を弱点としているため、わざと心臓の近くを触ってやることで彼らの本能を刺激する事ができる。
そのため心臓付近を触ってやると驚いてしまった体が血の流れを促進することで、人為的に彼らの体を戦闘態勢へ移行させる事ができると狩人には知られている。

あとは出血に任せて、血中の水銀が無くなるまで、あるいは効果が無くなるまで濃度が薄くなれば、水銀の除去は完了だ。

一時的には大量に出血してしまうが、水銀を手早く取り除くにはこの方法しかない。

無くなった血は血式魔術けっしきまじゅつで勝手に補充するだろうからリサラには少しの間、痛みに耐えてもらった。

「傷、大丈夫そう?」
「うん! リサラ、もう全然平気!」
「そう、ならいいんだけど」

俺の腰くらいの高さの身長しかない小さな女の子を見下ろす。

「……? どうしたの? アーカムさん?」

やっぱりリサラの格好は目立つ。
今は地下にいた黒い魔術師のローブを追い剥ぎして着させているためそれほど目立たないだろうが、
もし私服なんて着せたら知識のある者には一発で吸血鬼だとばれてしまうだろう。

それに現在はあまりにもサイズの合っていないぶかぶかのローブのせいで、逆に目立ってしまっている。

幸いにも地上の路地裏には人っ子一人いなかったのでここからはリサラを抱えて行くことにしよう。

俺は自分でつけていた仮面をリサラに被せる事にした。

「っと、その前にリサラ」
「ん? なーに?」

ぶかぶかの布に包まったリサラを抱っこする。

「お父さんとか、お母さんはいないのか?」

まずは吸血鬼の親の所在を聞いておこう。
よくよく考えてみればこんな小さい吸血鬼が1人で、人間の支配領域である街中にいることはおかしい。

さらに言えば本来、人攫い程度には吸血鬼を捕獲する能力はないはずなのに捕まっていたこともおかしい。

「もう呼んだの、すぐ来てくれると思う!」
「ぁ、そっか、やっぱり吸血鬼なんだね」

リサラは笑って言いながら、先ほど綺麗に拭いてあげた可愛らしい顔をごしごし、とこちら胸元に擦り付けて来た。腕の中でもぞもぞ動いていて可愛い。

吸血鬼には特殊な能力が備わっていることは有名な話だ。
おそらくリサラが使ったのは吸血鬼のもつ基本的な能力「思念」だろう。

同族間、しかも親しい固体どうしの間で使える限定的な意思疎通能力であるが、その有効距離はえらく遠い場所でも使えるという原理不明の魔法だ。
師匠から聞いた話によると昔に狩人協会の大規模な調査が行われれ、大きな被害を出しながらこの能力の記録をとったらしい。

「お父さんたちはなんて?」
「今すぐ行くから、安全な場所にいろって言ってるよ! 今ちょっと別の国にいるらしいから時間かかるってさ!」

え、ここに来るの?

「うーん、王都に来ちゃうのはまずいんじゃ……ん?別の国? というか、なんでそんな遠くにリサラのご両親はいるの?」

これから親に引き渡す流れなのはわかったが、そもそもなぜ1人でいたのかがわかっていない。

吸血鬼は唯一子供の時期が弱いので、子は親に大切に育てられるも、と師匠からは聞いていたのだが。

「ふふん、私ね家を抜け出してきたんだ!」
「あー家出、ね」

なるほど。
自分から親元を離れてきたらしい。
これは両親もめちゃ心配しているに違いないな。

「どうして家出を?」

路地裏から出て曇り空の下、露店が立ちならぶ通りを歩く。

「だって皆んなにお願いしても、お城の外に連れて行ってくれないんだもん!」
「うんうん、それは辛いよな。俺もそういう時期があったからわかるよ」
「パパは監視役にドルマン付けてね、ずっと私のこと見張らせてるの! 酷いでしょおー? 本当に信じられないわ!」
「ふーん、ん、お城?」

リサラの口からとんでもない単語が飛び出してきた。
この吸血鬼の少女はもしやお城に住んでいるとでも言うのだろうか?

ということは、もしかして吸血鬼の王族?
それって流石にやばすぎなんじゃない?

リサラを抱える腕が自然と震えだす。

「あのさ、リサラ。リサラってさもしかしてお姫様だったりする?」

恐る恐る禁断の質問を投げかける。

「えぇー! すごい! なんでわかったの!?」

アーカムさんは「違うよ!」といってほしかったよ。
どうしよう。
仮にも狩人を志す身でありながら吸血鬼のお姫様を助けてしまっている。
こんな現場を狩人に見つかったら一瞬で殺されてしまうよ。
この街には俺の兄弟子がいる事がわかってるんだ。
絶対にこの子の事はバレてはいけない。

「実には秘密にしてたんだけど、私の本名はね、リサラ・ストガル・ヴァンパイアロードって言うーー」
「ダアー! シャラップゥッ!!」

見つかったら殺されるいってんのに、なぜそんな誰でも吸血鬼だとわかってしまうようなことを口走るのだろうか。
慌てて口を塞ぎ鬼の形相で保身する。

「んんんッ!」
「ちょっーと静かにしててねッ!」

リサラを完全にローブでぐるぐる巻きにして人攫いスタイルで運ぶことにした。

幸いにも先ほどのおぞましい自己紹介は誰にも聞かれていなかったようだ。

とにかく一刻も早くトチクルイ荘に戻って状況整理をしよう。

心臓が爆発しそうなほど緊張しながら、黒い布に包まれた吸血鬼のお姫様を抱えて通りを行く。

空を見上げれば、灰色の雲の隙間からは日差しが見え始めていた。

真っ黒の空から光の線が地上へ差し込む幻想的な風景は、リサラの窮地脱出を天が祝福しているように見えた。ファンタスティックだ。

「んんんーッ!」
「こらっ! しー! しー! 静かにするんだ、リサラ!」
「ぷはっ! いい匂いがする! アーカムさん! あれ買って!」
「わかった! わかった! とにかく今はその顔を外に出さないでくれ!」

はぁ本当に心臓に悪い。
天よ、ちょっとは俺のことも祝福してくれないか。

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