記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第50話 冒険者ギルド第四本部
オズワールに杖の製作を依頼してから3日後。
まだ日が昇っていないうっすら霧が立ち込める朝のレトレシア区を外套の前を閉じながら歩いていく。
家族がこの3日間泊まっていた宿へと到着した。
今日、彼らはクルクマの町に帰る。
これから俺は前期の授業が終わるまでアルドレア邸に帰ることは出来ないだろう。
いや、もしかしたら夏休みも王都で過ごすことになるかもしれない。
そう思うと途端に寂しい気持ちになってくる。
異世界という、ある種の夢のような世界でわけもわからずはしゃいでここまでやってきたが、俺が能天気に今まで生活してこれたのは全てエヴァやアディーーつまりアルドレア家があったからだ。
別世界から来て孤独だった俺は8年間あの場所にいたから、何も考えず安心して生きてこれたのだ。
あの温かい場所があったから……いつでも帰ったら家族がいてくたから、異世界における無条件での絶対的な味方がいてくれたから。
絶対的な味方はいつまでも側にはいてくれない。
これからは独り立ちしなければいけないのだ。
宿の前で家族が出てくるのを待つ。
「はぁ」
自然とため息が出てきた。
早朝の冷えた空気に吐かれた吐息は白く、それは未だに冬の寒さが残っていることを視覚で教えてきた。
本来はこんな朝早くに集合する予定ではないのだが、なぜか俺は早くに宿屋の前で待ちたかった。
残りわずかとなった家族と過ごせる時間を少しでも増やしたかったのかもしれない。
ボーっと人通りのない通りを眺めてしばらく。
30分?
あるいは1時間くらい待っただろうか?
はるか向こうに見える王都外壁から太陽が昇ってくるのが見える。
乾燥した肌に陽の光がささりわずかな温もりを与えてくれた。
そんな太陽の光が出始めて通りを歩く人の数が増えたような気がし始めた時ーー宿屋の扉が開いた。
中から出てきたのはアルドレアの面々とその犬だ。
「早いなアーク。ずっと待ってたのか?」
いち早くアディがこちらの存在に気がついた。
「いえ、今着いたところですよ」
「あ! にぃにぃだ!」
「にぃにぃ冷たーい!」
宿屋から出てきた双子がすり寄って来る。
あぁなんて可愛いんだ。
こんなぷにぷにの柔らかくて温かい天使がこの世に存在していいんだろうか。
きっとこの双子は天から落ちて来たに違いない。
本当、アディ似の俺と違って可愛すぎる。
「なんか今俺に失礼ことを……」
「ふふ、アークは照れ屋さんね」
「わふわふっ!」
天使を産んだ女神までいらっしゃるじゃないか。
本当にうちの母親は可愛すぎて美人過ぎる。
なんでアディなんかと結婚したんだろう。
「やっぱり、なんか俺に失礼な……」
「荷物運びますよ、母さん」
ーー家族の荷物が積み終わり、いよいよ別れの時は来た。
「よし、アーク、それじゃあお父さんたちはクルクマに帰るわけだが……アークはあまりにもしっかりし過ぎてるから、正直言ってお父さんもお母さんも心配はしてない。信用はしてるけど」
アディの言葉を黙って聞く。
「それにサテラインちゃんやゲンゼディーフくんもすぐに来てくれるんだ。寂しがることはないさ。アークなら絶対うまくやれる」
アディは言葉を一旦区切り、最後の言葉を紡ぐ。
「まぁ……気楽にやれよ?」
アディは俺の肩をポンポン叩き手を乗せた。
「それじゃ、お前のやりたいことをやってこい」
「……はい!」
そう言うとアディは満足そうに微笑み、馬車の準備を始めた。
もう言い残すことはないとばかりだ。
「アーク、私から言いたいことは1つだけよ、とにかくなんでも自分のやりたいことをやってみなさい!」
エヴァはニコリと女神の笑顔でそう言うとぎゅっと抱きしめて来た。
こちらもぎゅっと抱きしめ返す。
「にぃにぃ……また会える?」
「ぅぅ、うぅぅ」
エヴァの後ろに控えていた双子は涙目でこちらを見つめて来ている。
アレクに関しては既に泣いてしまっている。
「大丈夫だよエラ、アレク。にぃにぃはちょっと家を出るだけだから、すぐに会えるよ」
涙目の双子たちの柔らかい髪の毛をそっと撫でる。
銀色に輝く髪の毛は朝日を反射して黄金に煌めき、きめ細かく触っていてとても心地よい。
「にぃにぃ〜」
「ぅぅああ!」
「ぁ、ぁれ、泣き出した……」
いつもならこの頭ナデナデが効くはずなのに。
エラとアレクが飛び込んで来る。
受け止め抱きしめながら狼狽。
うーん、困った。
「エラ、アレク! お兄ちゃん困っちゃうでしょ」
俺に抱きついて来ていたエラとアレクをひょいとエヴァが摘み上げた。
「にぃにぃぃ!」
「ぅわぁぁ!」
もはや双子は号泣だ。
こうなったら俺の手にはもう負えない。
あとはエヴァの手腕に任せるとしよう。
エヴァに抱えられ双子は馬車へ乗せられていく。
「わふわふっ!」
「っと最後はお前だな」
頭上から柴犬スマイルを送ってくる傍の愛犬の頭を撫でる。
今では俺もだいぶ身長が伸びて150センチくらいはあろうというところまで来ている。
だが未だにシヴァの視線の位置の方がやや高い。
「小さくなってもこれだからなぁ……次会った時は同じくらいの高さになってるかな? お前も大きくなるのか? 一生追いつけないってことないよな……?」
「わふわふっ!」
ノドをかいかいしてやりながら頭を撫でるという、二段攻めを行いながらシヴァと別れの挨拶をする。
8年間連れ添った相棒。
毎日テニールハウスに送り届けてくれた。
勤勉に務めを果たしてくれてきたシヴァは今日をもって、俺専用車両の任を解かれるのだ。
「これからはエラやアレクを乗せてやるんだぞ? 俺みたいに『剣気圧』使えないからゆっくりとした運行を心掛けるように!」
「わふ! わふ!」
今後のタクシーの利用者層が変わることに関しての注意を運転手に呼びかけておく。
振り落としちゃったら目も当てられないからな。
「しばらくは会えなくなるけど、元気でな相棒」
「わふっ、わふっ!」
大きな体をぎゅっと抱きしめてラストもふもふ。
ここでふと思った事があった。
「シヴァ、お前……」
今思えば今回の引越しでシヴァが俺と走りたがったのは、しばらく会えない事を考慮してのことだったのかもしれない。
俺と最後に走っておきたかったのか?
「わふわふ!」
「はは、いや、ないか」
シヴァは賢いがそこまで思慮深くはないだろう。
あの能天気な柴犬スマイルを見ればわかる。
きっとこの後の朝ごはんが何か気になっているんだろな。
「よし、それじゃな! アーク! 元気でやれよ!」
「アーク、あんまり女の子をたぶらかしちゃダメだからね! 必ず1人にしておきなさい! 女の子の恨みは怖いのよ!」
「にぃにぃぃ!」
「ぅぅぁぁあ!」
「わふわふっ!」
アディは手綱を操って馬車を動かし始める。
シヴァは動き出した馬車に追従しながら、こちらへスマイルを送ってくれている。
どんどん小さくなっていく馬車を、俺はただ黙って手を振りながら見送ることしか出来ない。
エラとアレクが馬車の後ろ窓から、いつまでもいつまでも手を振っているのを見届け、こちらも馬車が見えなくまるまで手を振り続けた。
宿屋の前、ひとりたたずみ朝日を浴びる。
しばらくして俺は目的もなく歩き始めた。
自分がどこを歩いているか分からないが、とりあえずトチクルイ荘がある方角だけは把握しておこう。
「はぁ」
ついにひとりになってしまった。
もう家族を乗せた馬車は王都を出ただろうか?
もしかしたらまだ王都内にいて、今から全力で追いかければ追いつくのではないだろうか?
「はは、なんて……ね」
自然と乾いた笑い声が出てしまう。
俺は家族と離れたくなかったのだろうか。
魔法を勉強したい、魔術大学にも行ってみたい。
前世では出来なかったひとり暮らしだってしてみたかった。
なのに、何故だろうか。
こんなにもモヤモヤした気持ちになるのは。
考えても答えは見つからない。
今はちょっと家族と別れて寂しい気持ちになっているだけだろうか?
まだ朝早いため通りの人影は多くない。
もしかしたらこの閑散とした人の少なさと、朝の寒気にただいまの家族との別れが合わさった相乗効果でこんな気持ちになっているのかもしれない。
「そうだな。きっとそうだ。あー、そう考えたらどうってことなくなってきたなー」
自分に言い聞かせるように呟く。
ーーグゥゥ
「はは、腹が減ってんのも相乗効果に加わってるかな」
未だに朝ごはんを食べていなかったことをお腹が教えてくれた。
体は正直者である。
外套のポケットに手を突っ込んで大通りをいく。
ー
朝食屋「ベリベリファスト」での腹ごしらえ。
なかなか美味しいメニューだった。
これからお世話になりそうである。
エヴァいわくこのレトレシア区とその周辺はレトレシア魔術大学、またそこに通う生徒ため、教師のために最適化されている。
手頃な価格で朝食屋などが営業しているのもきっとその関係なのだろう。
当たり前のことだが、レトレシア魔術大学はこの国にとってかなり特別な存在だ。
魔法王国の魔術師を育成する主要機関なのだ。
今日は2月2日。
レトレシア魔術大学の入学式は3月1日。
実際に俺が学校に通うまでにはまだしばらく猶予がある。
サティとゲンゼは入学2週間前に王都に到着する予定と言っていたので、彼らと会えるのは約2週間後くらいだろう。
トチクルイ荘の住所はもう伝えてあるので彼らが王都に着いたら勝手に訪ねて来てくれるはずだ。
今後の予定として、入学式前にやらなければいけない事がいくつかあるので整理してみよう。
まず1つ目は2週間後からレトレシア校舎で販売されるローブと教科書、その他学用品を購入する事。
教科書は授業を受けるために必要であり、ローブはレトレシア魔術大学の制服だ。
魔術師としての伝統的な装束というのもあるが、何よりも端的に身分を証明する意味合いが強い。
自分はレトレシアの学生である、と。
エヴァによると制服のローブさえ着ていれば、中は何を着ていても怒られないのだそうだ。
だが、かつて全裸の上にローブだけ着て登校した勇者が秒速で捕まって、死ぬほど怒られていたらしいので流石に何かしらは着てないとダメらしい。
そして2つ目は、師匠から紹介された俺に修行をつけてくれる兄弟子に接触することだ。
この街を拠点にし現役の狩人らしい。
現役なのに修行なんか付き合ってくれるのか、と疑問に思ったのだが、師匠は「とりあえず会え」しか言ってくれなかったのでとりあえず会うことする。
その人物は王都に住んでいるらしいのだが、師匠は住所を教えてくれなかった。
いや、師匠も知らないって言ってたっけ?
狩人はその徹底した秘密主義でお互いに個人情報については把握しないようにしているらしい。
知性ある「怪物」たちからの報復を受けないように普段の生活と、狩人としての姿は分けるのが普通なんだとか。
師匠も若い頃はそうしていたらしい。
仲のいい友人ならともかく、基本は互いの事は深く知らないようしつつ一緒に仕事をするんだそうだ。
全員の情報を知っているのは上層組織のごくごく僅かな人間だけだ、と。
そのため師匠にすらその弟子の現在の居場所はわからないと言う。
と言っても、最後に会ったのがもう15年も前だったらしいので仕方のないことではある。
一応、本名だけは師匠に教えてもらった。
が、狩人の本名を聞いて回るような愚かな探し方は絶対にしてはいけないと釘を刺された。
もう本当に何度も何度もだ。
もし仮にそんな探し方をしたらほぼ間違いなく、ぶっ殺される、とも。
まったく物騒な世界に関わってしまったものだ。
ー
「おぉ、これはデカイねぇ」
眼前の巨大な建物を見上げ、呟く。
視界を覆い尽くすのは巨大な魔物は大顎で作られた入り口を持つ、これまた巨大な何かの骨で装飾された和風建築っぽい建物だ。
建物の前は混沌としている。
人が多いのだ、とてつもなく。
建物に入って行く者、出て行く者でごっちゃごちゃになって人間の川が出来上がってしまうほどだ。
皆、剣だの槍だの斧だの、あるいは弓矢に大杖に巨大な盾などを装備して「いかにも」な感じを演出して来ている。
「どいつもこいつもマッチョにマッチョに、ボインな美人に……猫耳にゃんにゃん……? あれ亜人か?」
少し離れたところから人混みのなかに、ネコの耳の様なものが見えたり見えなかったりしている。
本物の「にゃんにゃんネコミミ娘」がいるとでも?
是非とも会いたい。モフりたい。
触らせてほしい衝動に駆られる。
が、今はそういうことをしている時ではない。
それに度胸も持ち合わせてはいない。
俺は邪な考えを捨てて巨大建築物の中へ、人波に乗って入って行った。
ここは王都ローレシア「冒険者ギルド第四本部」
この国で最も大きい冒険者ギルドの拠点である。
ー
冒険者ギルド第四本部。
それは各国の行政首都に設置された支部とは比較にならないほど巨大な冒険者ギルドの牙城、広大な敷地内には訓練所や酒場、宿泊施設、魔物の研究機関、武器販売を行う店などなどーー。
その他多数のギルドの活動を支える施設があり建物も支部とは比較にならない程大きい。
まさにギルドの本部と呼ぶにふさわしい我ら人間が誇る組織の力の象徴である。
実際のところは冒険者ギルド第一本部が本当の意味では「本部」ということになる。
しかし、それぞれ国の首都に置かれるギルドの名称に「支部」と入っていると、第一本部の置かれている大国ヨルプウィストがその他の国を侮っているとも取れてしまう。
そのために、やむ終えなく国ごとに最大のギルドには、第〜本部という名称を名乗る権利を与える事になっているのだそうだ。
「へぇ〜それで本部なんですねぇ〜」
「そーなんです! ちなみにもう1つの付け加えると、この王都ローレシア冒険者ギルド本部は世界で1番大きい建物のギルド本部なので、ここが全冒険者ギルドで1番すっごーい拠点と言っても過言ではないのですー!」
なるほど、なるほど。
第一本部を差し置いて1番と言ってしまうか。
やはりギルド本部同士には「うちが本当だ! いや! うちが!」って感じのホンモノ争いみたいなことをやっているに違いないぞ。ちょっと面白い。
この可愛い受付嬢も目をキラキラさせて、自信たっぷりに自分の職場をアピールしてくるあたり、職員たちは職場に誇りを持っている事が伺える。
「それでは! 良い冒険を!」
受付嬢に冒険者ギルドの歴史やら施設紹介をされた後、ようやく自由の身となった。
まったく信じられん。
人波に乗って流されながら建物に入ったところ、いきなり受付カウンターに弾き出されてしまい、そのまま受付嬢との会話イベントが始まってしまったのだ。
このイベントにはどうやらスキップ機能が正しく働かなかったようで、歴史とかそんな興味なかったのにも関わらず、可愛い受付嬢のせいで無意味にお喋りしたくなってしまった。
そのままズルズルと会話が長引いてしまった結果が大きな時間ロスだ。
さて、では受付嬢に元気をもらったところでさっそく目的の場所に向かおうではないか。
階段を上がり、ギルド本部2階へ。
「えーと、掲示板の反対にあるソファ、向かって右側の置き時計をかくかくしかじかーー」
ーー15分後。
「おわった。まったくわからねぇ」
ふかふかのソファに腰掛けて絶望する。
手にはくしゃくしゃに折りたたまれた指示書フロム師匠を握っている。
この指示書には間接的に師匠の弟子と交信するための手順が書かれているのだが、その指示内容の第1項目の時点でもう訳がわからない。
項目は全部で10あるのに、最初の項目でつまづいてしまった。
これでは俺の兄弟子に会うことができない。
「だいたいなに、この書き方。分かりにくすぎだろ」
師匠の書いた指示書を破り捨てようとして思いとどまる。
「ふぅ……待てよ、落ち着くんだ」
そうさ、こういう時こそ落ち着いていこう。
俺はクールでクレバーな男。
千里の道の一歩からつまづいたくらいで取り乱す男ではないのさ。
「ふむ、よし」
ふふ、いいぞ余裕が戻ってきた。
さてそれじゃ改めて指示書を見てみようか。
「えーと、このソファの向かって右側の置き時計の縁に、その日ごとの更新文章が挟まっているから、数字の書かれた紙を持ってかくかくしかじかーー」
ーー15分後。
俺は冒険者ギルド第四本部を出て街を歩いていた。
ギルド内では大きな暖炉が焚かれていてぬくぬくと温かかったため、外のひんやりとした空気を吸い込むと新鮮な気持ちになれて心地いい。
「ふぅ、スッキリした!」
頭をたくさん使った後はこういうのでリフレッシュしないとな。
え、指示書は解読できたのかって?
出来るわけないじゃないか。
だってまず置き時計ないんだもん。
無い物の縁には更新文章なんてはさまりません。
「ひとりでもいっかなぁ……修行」
うん、別にひとりでも出来ない事はないんだ。
そもそも今回修行を頼んだのは俺ひとりだと「部活動の法則」でだらけてしまう心配があったから。
いや、もちろんそんな法則は無いのだが、とにかく1人だとなんかサボってしまいそうで不安だった。
だが、俺もいずれはひとりで鍛えて戦ってということをしなくてはいけない時がくるはずなんだ。
そんな時に備えて今からでもひとりで修行できる癖をつけておいた方がいいんじゃないだろうか?
「そうだよ! そうじゃないか!」
真っ黒背景に稲妻が走りピカッと光る。
そうさ、今思えば俺はこれから大学に毎日通う。
実際に剣の修行をする時間は減っても仕方ない。
俺は現役の働き盛りで、とっても忙しい狩人さんの手をそんなわずかな時間のために煩わせてもいいものだろうか?
良いわけがない。
ダメに決まってるじゃないか。
そうだ、俺は兄弟子に迷惑はかけたくない。
「完璧に正論だな」
半ば無理矢理にでも自分を正当化し身を守る。
ただ、案外間違っているとは思えないので、もう兄弟子探し打ち切りの流れは俺1人で止められない。
師匠の案を丸ごとゴミ箱に投げ捨てる。
結局、俺は兄弟子探しを諦めてひとりで修行する事にした。
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