記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第35話 現界からの使者




ーーポツポツポツポツ

…………。

ーーポツポツポツポツ

…………。

ーーポツポツポツポツ

……ぅ……う……?

ーーポツポツポツポツ

ん? うんん……?

真っ暗な思考が再起動を始める。

ーーポツポツポツポツ

体に伝わる不規則な刺激。
これは……これは……雨だ。

ーーポツポツポツポツ

どうやら俺は雨ざらしになってるらしい。

ーーポツポツポツポツ

うっとおしい雨だ。
こんな雨に気を紛わされて、思考がまとまらない。

ーーポツポツポツポツ

だが、今はこの雨だけが自身の存在証明となってくれているのだから、なんとも皮肉なものだ。

この雨が途絶えてしまえば……きっと俺は自分を認識できなくなる。

それは嫌だ、怖い。

ーーポツポツポツポツ

次第に今何が起こっているのか事態を究明しようという余裕が出てきて、意識が覚醒しだした。

耳鳴りがひどい。
頭が割れそうなひどい頭痛もする。

鈍重な動作で首をもたげ、目を開こうとする。
まぶたが動かない。

ひどくだるいのだ。
こんなまぶた一つ動かす動作さえ凄くだるいのだ。

気合と根性で重たいまぶたをどうにかして開く。

待て待て、こりゃなんだよ。
視界がどろどろだ。

ぐるぐるぐるぐる回る視界。
平衡感覚を失ってるのか?

とにかく俺がまともな状態に無いことはわかった。

何があったのか次第に記憶が蘇り始める。

「あ、あ、そ、うか……」

極まった混乱状態から奇跡の復帰。
先ほどの出来事の記憶がだんだんと蘇ってきた。

視界を通じて目に映るのは地獄。
木々は焼け焦げ、あたり一帯が炭と化した地獄だ。

視界の下方は真っ白になって地面は灰になっている所もちらほら見受けられる。

ーーポツポツポツポツ

その炎を鎮火しようとでもいうのか、空は小ぶりな雨を地上へ降り注いでいる最中だった。

肺が焼けるような高温の空気の中、小雨だけがこの耐えがたい熱さを癒すための恵みだ。

「あ、うぅ……」

地面に手をついて鉛のように重たい体を動かす。

「……なん、だ?」

目の前に大きな炭の塊がある。
待てよ……たしか気絶する前に何かが視界にーー。

「ッ! シヴぁぁぁぁぁ!」

黒い炭の塊。
それがなんなのか俺にはすぐにわかった。

体積こそいくらか小さくなってしまっているが、
俺の倒れていた側に背を向けてのおよそ首だと思われる部分に、真っ黒に焦げて炭化した犬の首輪がついているのだ。

シヴァは俺を守るためにその身を盾にしたのだ。
俺が一瞬で気を失ったあの激痛の中、体を炭に変えながらもシヴァはここに立ち続けてくれたのだ。

「あああぁぁぁぁァァァァアッ!」

8年間ずっと一緒にいた愛犬。

いつも傍に居続けてくれた彼女は俺が無能なばかりに、その偉大な魂を地獄の業火に焼かれて死んだしまったのだ。

来るべきじゃなかった。
俺が馬鹿みたいにここに引き寄せられたからだ。

「ぅぅぁぁああ……」

もうふわふわな毛並みを楽しむことも出来ない、決して吠えてくれない……もう二度とあのスマイルで笑いかけてくれないのだ。

最後の瞬間ーーその大きな体格に合わない気の抜けた鳴き声を上げたシヴァの姿を覚えている。

「ごめんな、ごめんなァァアあああ!」

シヴァは決してこんな無残な死に方をしていい犬ではない。

「クソォ! クソォオッ!」

いつしか哀しみの海を越えて、俺の心には憤怒の炎が燃え上がっていた。

「ふざけやがってェ! あの野郎ォオ!」

殺してやる。
ぶっ殺してやる。
生皮剥いで皮膚を切り刻んで、テメェの筋肉を直接炙ってやる。
炎で焼いて身体中の水分を蒸発させてやる。
内臓まで全部テゴラックスのエサにしてやる。

いきなり現れて人に不幸ばら撒きやがって!
せいぜいシロクマに焼肉として食われて罪を償え!
殺す、ぶっ殺す、殺して殺す!

俺には出来るんだ!
極限状態から蘇った感覚が、あるいは記憶が、教えてくれた!

この感覚……今の俺ならきっとあの力を……ッ。

「クソ野朗! どこだ!」

いろいろ考えなくてはいけないことがある。
情報を整理しなければいけない。
だが今はそんなこと放って置いていいだろう。
とにかく今は、とにかくーー、

まずはあのゴミを掃除しなければ。

「しィィィしヨョオォォぉぉぉ! づえをオォぉぉッ!」

甲高い金属音が聞こえる方向へ大声で叫ぶ。
凄まじい痛みが体を駆け巡る。

声を出すために震わせた声帯が、喉が、口内が、唇から一気に血が溢れ出て来ている。
めちゃめちゃ痛え……それもこれもあのクソのせいだ!

「しィィしョォォオォォオ!」

焼けただれ裂けてしまっている喉で、唾液が全て蒸発してしまった血の味が広がる口で、水分を失ったひび割れた唇で血反吐を撒き散らしながらも叫ぶ続ける。

とりあえずあのクソをぶっ殺さなくちゃいけない。
殺すためのは師匠が持っている。

とりあえず殺す、今すぐ殺す。
全てはそれからだ。


ーーテニール視点ーー


凄まじい「鎧圧がいあつ」だ、と元狩人テニールは相手を切り裂きながら思っていた。
かつてこれほどの剣気圧を誇る人間が他にいたか、と。

「ハッ」
「fu!」

金属同士がぶつかり合うような重く高い音がエレアラントの森に響き渡る。

剣の刃に沿って部分集中させた剣圧けんあつを持ってしてもテニールの攻撃力では軍人の防御力を突破しきれない。

さらに男の空中浮遊の能力が加われば、
もはやテニールの剣撃によるダメージは軍人にほとんど与えられてはいなかった。

テニールは考える。

ここはアーカムを逃すべきか、と。

テニールは次世代の狩人であるアーカムに強敵との戦いを学んで欲しいと思っていたがそんな余裕はないかもしれないと思い始めていたのだ。

剣撃を加える度にある1つの結果へ至る可能性がだんだんと大きくなってくる。

(攻撃力が足りず、スタミナ負け……かねぇ)

ダメージを与えられなければ必然の結果である。

(協会へ報告し、討伐隊を組む必要があるかな?)

「haッ!」

ーーヒュンッ

テニールは軍人の電撃走るコンバットナイフでの攻撃を首をひねって軽くよける。

まだテニールは諦めていない。

殺しきれないと決まったわけではないからだ。
彼にはまだいくつかの奥義と、秘策、それを実行するだけの体力と思考力が残っている。

そのため老狩人は頭の片隅で、腰に差してあるもう一本の魔力短剣ーー最後の手段「マリオン・ルイジ」をいつ抜くかのタイミングを計り始める事にした。

だが、彼は勝負を急がない。

テニール・レザージャックという男はとても慎重な狩人である。
現役時代から彼は必殺のカードを切るのは敵の手札を見てからにする癖があった。

だからこそ勝負を急がないのだ。

「フッ!」
「dajッ!」

もう1つ、テニールが勝負を急がない理由がある。

それは彼が、膨大な剣気圧を纏う軍人の評価を、戦闘中にも関わらず何段階もからだ。

ここまでの戦闘でテニールはこの男自体の危険性は剣気圧の割に大したことはないと考えていた。

軍人の存在は歴戦の狩人テニールの戦闘力の前では危険……といよりかは、ただ殺すのが難しいというだけの存在と変わりつつあるのだ。

軍人の使うコンバットナイフを使った武器術も格闘術のレベルも非常に低く狩人には決して届かない。
さらに魔法攻撃も使って来ないとくれば、彼にとってはただの丈夫なサンドバックだ。

軍人の初手で使った未知の武器である銃でさえ老狩人は、若干の危険性しにか感じていなかった。

連続で使える物ではなく、かつアーカムの「鎧圧」で防げるレベルの攻撃だとわかったためテニールは異世界の兵器に低い評価を下していたのだ。

(さて、もう少し斬り合ってから……一旦引くとするかねぇ)

「ッ!」
「ハァッ!」

もう何度目になるかわからない。
テニールの剣撃が軍人の鎧圧を削る耳障りな金属音が打ち鳴らす。

彼は戦いながら、殺し切れない現実を残念に思うと同時に、男の潜在能力の高さを危険視し始める。

(この男、肉体の性能を扱い切れていないのかねぇ。知性はあっても戦いに慣れていないのか……? これだけのポテンシャルがありながら勿体ことだ)

「ファッ!」
「uuッ!!」

老狩人は渾身の「精研斬り」を完璧に繰り出す。

大上段から空気を切り裂きながら進む致死ちし銀閃ぎんせん

そのあまりの速さに大気は押しつぶされ、テニールのもつ劔の剣身にはプラズマが生じかける。

まるで雷撃をまとっているかのような剣閃。

これこそが数々の「怪物」たちを葬ってきたテニール・レザージャック の目にも留まらぬ神速の刃ーー「雷電らいでん」だ。

打ち込まれたひかりが軍人の肩口を直撃する。

ーーガギャァァァンッ!

「ッッッ!!」

落雷を思わす轟音がひびき軍人は剣撃のインパクトではるか後方へ吹き飛ぶんでいく。

(完璧に捉えたが……ん?)

「hua!!」

今まで軍人は剣撃を受けても浮遊能力で吹き飛ばされない様に体制を維持しつつ、テニールに向かってきていたの……だが、今度の軍人の対応は違った。

軍人は弾き飛ばされた勢いそのままに、浮遊能力でさらに後方へ加速しだしたのだ。

(距離を取る気かな?)

テニールは思惑を潰し距離詰めるべく「縮地しゅくち」を行う。

老狩人の足元が大爆発を起こし森を揺らす。
大地は彼の体を一瞬で最高速に加速させ打ち出した……と、同時にテニールに備わった鈍い「魔感覚」が軍人の魔法攻撃を彼に知らせる。

(ん、魔法も使えるのかい……これは、もう少し観察する必要があるかもねぇ)

テニールは相手の技を見るために、重心を落として「縮地」の軌道を修正。
そして再度直角に「縮地」行うことで、大きく横っ跳びに魔法攻撃の射線上から離脱した。

テニールは今までに杖を使わないで魔法を行使する者など見た事がなかった。

だからこそよく観察し見極めなければ、とテニールは慎重に……そう、とても慎重に立ち回ったのだ。

だからこそ彼は失敗したわけだがーー。

「ッ!」

気づいた時には既に事態は最悪の状態だった。

テニールが幾千分の何秒かの刹那を呑気に魔法の発動を待ち眺めていると、その幾百分の数秒後に魔法攻撃の射線上にアーカムがいる事を思い出したのだ。

だがテニールが気がついたその時には、既に軍人の両手には途方もない魔力が収束されていた。

老いた狩人はコマ送りの時間の中思うーー。

甘かった。
おごっていた。
歳をとったせいで耄碌したのか、テニール・レザージャック……と自身に対しての失望。

若かった頃ならこんなミスはしなかった筈だ。
歳をとったんだから仕方ない。
周りに気を配る余裕はなかった……と自分の心を守るために言い訳を並べる己に対する憤り。

この歳になってまだ私は失敗するのか。
何度失えば気が済むんだ。
愚かなお前のせいでお前を師匠と慕ってくれた優秀な弟子は命を落とす……と他ならぬ自分への糾弾。

もっと早く離脱させていれば。
戦う前でも良かった。
強大な剣気圧を感じたあの時になぜ逃がさなかった?

彼の後悔は止まらなかった。

かつてのテニール・レザージャックならば不可能を可能にする力があった。

だが、老いた彼には奇跡を起こす力はもう無い。

どれだけ後悔しようと……もう遅いのである。

「アーク、逃げるんだっ!」

遅すぎる撤退命令。
次の瞬間、エレアラント森林は圧倒的な熱量にさらされ蹂躙されていた。



炎獄空間の出現から数分が経過。

想定より遥かに大規模な魔法攻撃をテニールは危機一髪退け、彼は再び軍人との戦闘に入っていた。

「フルァッ!」
「ha ……ッ!」

テニールはアーカムの生存確認をしなかった。

逃走を図る軍人を逃がさないためだ。
テニール自身も想定外の破壊範囲に驚愕し、自分の事だけで精一杯だったというのもある。

巨木に隠れ、地盤を踏み抜き、簡易防空壕を瞬間的に作成して中に入ってからの鎧圧全開の防御。
なんとかやり過ごした……だが、それでもテニールは甚大ダメージを受けてしまっていた。

旧式狩人のレザーコートは焼け焦げ、半身を重く火傷し至る所から出血していた。
シワの多い顔に宿る眼光もひとつ失われてしまった。

常人ならとても戦える状態ではない。
誰の目から見てもそれは明らかだった。

ではなぜテニールはそんなにボロボロになりながらも、倒し切れないと思った相手を追ってまで戦いを挑んでるのか不思議に思うだろう。

理由はどれも至極単純なものだ。

ボロボロでも戦うのは彼が狩人だから。
軍人を逃がさないのは彼が勝てると考えたから。

(剣気圧は先ほどの大規模な魔法攻撃以降、目に見えて小さくなっている、逃す手は無い)

先ほどとは比べ物にならないほど、現在の軍人の鎧圧は脆くなっていたのだ。

剣撃が入るたびに出血し、威力を殺し切れず、数十メートルは吹き飛んでは巨木に体を打ち付ける……さっきとは攻撃のいなし方に雲泥の差がある。

ーーギィィィンッ

「aaaaahッ!!」

しばらくの攻防の後に軍人の鎧圧が遭遇時と同じレベルにまで戻り、テニールはダメージが入れる事が出来なくなった。

だが、テニールは確かな感触を得ていた。

大量に出血し鎧圧を維持出来ないとくれば、恐らく男の限界も近いはずだ、と。

(ここで一旦逃して、もしまたあの大規模魔法攻撃を使われたら、今度は多くの人間が死ぬ)

故にここで決着を着けるとテニールは結論を打ち出したのだ。

「フルァアッ!」

体格で勝る軍人の剛腕をいなし老狩人は懐に飛び込む。
すかず軍人の両肩を抑えると、テニールは地を破る踏み入りで強烈すぎる膝蹴りを水月に打ち込んだ。

腹部の溝を完璧とらえた攻撃は大柄な軍人の体を、数百メートル上空まで一気に打ち上げる、

「アァッ!」

老狩人は垂直に縮地を行い、一瞬で上空の軍人に追いついた。

「shiッ!?」
「ウラァッ!!」

ーーガゴンッッ!

ふわりと300メートル上空を舞っていた軍人は、強烈な衝撃を味わった刹那の後に、地上への帰還を果たす。

「……a……uh」

一瞬の垂直往復運動の招待は高度を利用したかかと落としーー「メテオストライク」だ。

レザー流の技ではないが、かつてテニールが若く現役だったころ使いまくっていた技ではある。

上空から傷だらけの老狩人が鮮やかに着地し舞い降りる。

「はぁ……はぁ、衰えたねぇ……っ」

額に玉の汗をにじませるテニール。
肩で息をし、とても辛そうだ。

「aa……dsjs」

軍人は地上に出来上がった巨大なクレーターから血まみれで這い上がってきた。

「ッ、これでもダメかねぇ……ふぅ、まいった……」

自分の得意技で仕留められなかったことに苛立つが、テニールはこんなところでは諦めない。

「ハァァァァァッ!」

戦闘が三度始まり、軍人にスコールの様な高速の剣撃を浴びせまくる元狩人。

軍人は吹き飛ぶ事も許されずに全身滅多斬りにされ、剣を凌ぐ数の鋭い蹴りを打ち込まれ続ける。

加えられる攻撃量に鎧圧が綻び突破され出血し……再び鎧圧を展開して攻撃を凌ぐといったワンサイドバトルが繰り広げられた。

軍人の限界は近いのだろう。
そのことを見破った老狩人の目つきが変わった。

「daaaッ!!」
「クァッ!」

高速の剣撃を行っている最中に、テニールは左手に持つ長剣をごくごくで手放した。

軍人は右腕を振り上げてひねりを加えながらの右フックでテニールの側頭部を狙う。

強大な剣圧で強化された軍人の右拳が横合いから完全にテニールの顔面に命中。

「haa!!」

軍人は拳を命中させた瞬間、誰が見てもわかるくらいのニヤけ顔をしほくそ笑んだ。

だが、それも仕方のないことだろう。

今までの攻防で軍人は先の魔法攻撃を除いて、ただの一度もテニールに攻撃を当てられていなかったのだから。

だがそれ故に、また軍人は違和感も覚えていた。
このジジイにこんな簡単にパンチを食らってもらえるものか、とーー。

男の違和感は一瞬の後に正しかったと証明されることになる。

「whッ!!」
「クァ!」

軍人の右フックを顔面に受けたテニールは殴られた勢いのまま1回転しーー腰を深く落とし構えたのだ。

構が作られた時には先ほど剣を手放した左手は既に何者も貫くになっていた。

テニールは軍人を葬るために選んだ武器ーー盾を破り臓腑ぞうふへ届かすための致命の「貫手」である。

操力鎧圧波そうりきがいあつは」で誘導された軍人の衝撃とテニール自身の渾身の「剣圧」も加わった無双の一突き。

「ッ!!」
「フルァッ!」

引き絞られた致命の一撃が軍人の心臓へ放たれる。

ーーバギャィィッ

「hhuaaaaッ!!」

絶対的な防御力を誇った鎧圧は突破された。
狩人テニール・レザージャック の手によって。
だが、それでも軍人を絶命させるには一歩届かない。

「aaa, aaッ!!」
「目がいいねぇ」

テニールの素直な賞賛。

軍人の右腕はすでに肩口か根こそぎえぐられ、鈍重な音と共に体から切り離されている。

軍人はテニールの必殺の左手の下段貫手が来る瞬間に、フックをかました右腕を戻しガードしていた。
彼は最後まで回避を諦めていなかったのだ。

結果、老狩人の致命の「貫手」は軍人の太い右腕一本落とし、側面から胴体に傷を作るだけにとどまったのだ。

「guaaaッ!!」
「痛いだろう。もう終わらせてあげよう」

だが、この軍人がどれほど素晴らしい反射速度で「貫手」を凌いだとしても、腕を吹き飛ばされ、肩口から体内を蹂躙されたダメージはあまりにも大きい。

先ほどの絶命の一撃を凌いだのは確かにテニールに驚きを与えたが、それでも勝負はもう着いている。

軍人の鎧圧は未だに超硬度を誇っているがそれでも、生物である以上大量出血での死はまぬがれない。

「aaa……aaaa……aa……ッ」

軍人はよろめきながらも、まだ戦う意志をテニールに見せる。

テニールはそんな男をただ静観。
老狩人は彼の姿に嘆息し、先ほど落とした長剣を足ですくい上げ再び握りこむ。

「わかった」
「aa……aaa……」

テニールは軍人に止めを刺すべく近づく。
だが、今まさにトドメを刺そうという時、ふとテニールの「剣知覚」がか弱い人間の気配を捉えた。

「む、これは……アーカム?」

「wha.t..the……sh……it」

(まさか生きていたのか? あの威力の魔法に耐えた? いいや……だとしたら、なぜ?)

テニールは疑問を抱き軍人から距離を取る。

集中力を欠いた状態での戦闘は危険だと、自身の経験から自然に体がそうさせたのだ。

軍人はテニールを追わない。
当然だろう。
軍人としては少しでも息を整えておきたい所だ。

「aa……aa……」

軍人にとっての最善手はとにかく撤退する事。

一度消えたはずの少年の反応が再び現れたことには軍人も気になっているようだが、彼にとって今はそれどころではないのだろう。

何とか隙を作って一気に離脱しようーー。

軍人はただ離脱することのみを考え隙を伺っていた。


ーーアーカム視点ーー


剣知覚を頼りに師匠とクソのもとへ向かう。
足を引きずりながら師匠のもとまでようやく辿り着いた。

「あっ」

師匠とクソはてっきり戦闘していると思っていたため、なぜずっと一箇所にとどまってるのか不思議に思っていたのだが……現場についてみてその理由が俺にもわかった。

「おやおやアーカム、やはり生きていたんだねぇ。安心したよ」
「えぇ、シヴァが……シヴァが助けてくれたんです」
「そうかい……その件は、アーカム、本当にすままなかった」
「……? 別に師匠があやまることは」

攻撃を避けられなかったのは俺だ。
攻撃を放ったのはそこに転がってるクソ野朗だ。

何も師匠が謝ることなんてないだろうに。
足元で丸くなっている軍人を見下ろす。

「師匠これは?」
「あー、それがねーー」

師匠は俺が気絶している間に何があったのか教えてくれた。
俺が寝てる間にかなり激しい戦闘があったようだ。

要約すると、逃げようとする軍人へ師匠が攻撃を再開し腕を切り落として致命傷を与えたらしい。

流石うちの師匠だ。
あのとてつもなく分厚い鎧圧を攻略するなんてこれはもう流石としか言いようがない。

「なるほど、それでこの状態ですか」
「そうさ。これがどうしようもなくて参ってしまってねぇ」

師匠は顎に手を当て、困った顔で言った。

足元でアルマジロのように体を丸めた軍人。
この野朗はふざけてるわけじゃなさそうだ。

致命傷を負って逃げることもできないと判断したのか、体を丸めて防御だけにてっすることにしたのか。

防御に全ての力を注いだ軍人の鎧圧は、師匠でもどうにもできないほど堅牢という事だろう。

そのため師匠はただひたすらに下段「精研突き」を繰り返して軍人のリソースを削る作戦に徹してたようだ。

「それじゃあ、アーカムとりあえずこの男を交代で殴り続けよう。いつか必ず限界は来る。頑張ろうねぇ」
「結構えげつないこと考えますね」
「……oh」

軍人の体がぷるりと震えたように見えたが、多分気のせいだ。この男に遠慮などいらないのだ。

「それじゃ、私から殴るからとりあえずこのポーションをーー」
「僕にやらせてください。あ、あとポーションはもらいます」
「ん? アーカムから殴りたいのかい?」

師匠からポーションを受け取りぐびっと、一気に飲み干す。
既に焼けたのどを再び焼き尽くさんお痺れる痛みが走り……腹のそこへ消えていく。

効果はすぐに現れた。
全身の火傷がわずかに緩和され、だるさも幾分か和らいだように感じる。

これがポーションの力。
実に素晴らしい。

巨木への「貫手」の修行で使用したポーション壺の方よりずっとすくない量なのに、効果はなかなかだ。

「これはほんの応急処置だ。私たちは本格的に家に帰って壷を使う必要があるねぇ」

かくゆう師匠もとても軽いとは言えないダメージが肉体に蓄積している。
早急に治療しなければお互いに命に関わる重症だ。

少なくとも時間交代で軍人をぶった叩いていい状態じゃない。
やはりここは俺がこの軍人を……シヴァのかたきを灰に変えてやるべきだ。

「師匠、僕にいい考えがあります。を貸してください」
「おや、杖で何をする気なんだい?」
「まぁまぁ、とにかく任せておいてください、たぶん出来るはずです」

師匠は弟子の頭がおかしくなってる可能性を模索するするような怪訝な表情で、腰から杖を引き抜き手渡してくれた。

黒い枯れ枝のようなその杖を受け取った瞬間、俺の中に確信が芽生える。

この杖は力を解放するための放出口であるのだと本能で理解できるのだ。
そしてこれがなんだと、ともすぐにわかった。

とても言葉では言い表せない……これが、この感覚こそが饒舌じょうぜつに尽くしがたい感覚か。

今になってまさか魔術師になれるとは。
本当に人生わからないものだな……タングじいさん。

「師匠……多分危ないですから下がってください」

シヴァ見ててくれ。

「魔法を使います! とびっきりのやつです!」
「ふぅむ、魔法をね。まぁお手並み拝見といこうじゃないか」

師匠は後方へ大きく跳躍し、巨木の根っこの陰に身を隠してくれた。

「ふぅ」

これで後顧の憂いなし。
全ての意識を集中することができる。

体の中を未知の力が動き回っているのを今ならば繊細に感じ取れる。
これが魔力の流れというやつなのだろうか。

死の淵から蘇った事で得た新たなる俺の感覚。
つまりこれこそが「魔感覚」ーー魔法を使う上で欠かせない絶対条件のひとつだ。

幼少期に魔法の勉強をしたときには全く感じられなかったのだ。この感覚を掴まなければ魔法は使えないというのだから、当時の俺が魔法を発動できなかったわけが今ならよくわかるというものだ。

「よし」

魔力の流れる感じは大体わかった。

ここからは覚醒した魔法の感覚を頼りに魔法を放つことにする。

目覚めた感覚……それは一言で言えば魔力量の調整はを捻るようなものだということ。

大きな大きなひねりを想像する。

巨大なタンクの蛇口を開放するようなイメージ。
きっと中身が一気に溢れ出してくるだろう。

普通そんな事をしたら危険だ。
だが、全くもってそれで良いのだ。

「すぅーはぁー」

蛇口は開放したら閉じようとしてはいけない。
閉じようとすればバルブはいとも容易く壊れてしまうだろう。

一度開けたらには全放出する。
それが俺が感覚だ。

「すぅーはぁー……さて」

断片的によみがえった記憶と感覚と知識を総動員して、俺の最大を今こそ解き放とう。

魔法の蛇口ひねって一気に全開放し、全ての魔力量を師匠の杖を発射口として解き放とうではないか。

「うん、イメージは完璧だ。よし。じゃ行かせてもらうぜ……覚悟しろテメェ」

軍人からわずかに距離を空ける。

「いくぞ、いくぞ、さんッはいッ! 蛇口をひねってッ、全開放してッ! 魔力をこうやってぉぉうぅぅぅぁぁぁぁああーーッ!?」

ーーギュルルルルルルゥゥゥゥッ

あ、まずい、これは、ミスった。

「うわぁぁぁあっ!」

明らかに想定を上回る、魔力量だ。

だが、だからといって途中で止めるが一番ダメだ!
そんな事をしてしまったらすべてが壊れてしまう。

ーーグウォォォォォッ

「ぁぁぁぁぁあああッ!」

膨大すぎる魔力のうねりを何とか正面方向に誘導し、かろうじで指向性を与える。

「フアァァァ、クッ、クッ!」

やんわりブレーキを掛けていた蛇口を全力で全開放。

「オラァァァァァッ!」
「ーーこれこれーー今ーー出たーー危ーーよーー」
「ーーッーーッ」

師匠が誰かと喋っている気がしたが、今はそんなことを考えている余裕は無い。

魔力の奔流を一気に軍人、というかこんなもの制御なんてできないのでそこら辺に向かって適当に解き放つ。

フラストレーションのダムが解き放たれた。

ーーグウゥゥォォォオオオッ

どこまでも続く深い青と鮮やかな紫色に水色。
次々に移り変わりながらきらめく寒色、純粋魔力の激流は先ほど起こったばかりの灼熱地獄を大規模森林破壊をもたらしうねり動く。

とぐろを巻いた魔力の奔流が巨大な螺旋を描きながら大洪水のごとく森に広がっていくかわかった。

意識が遠のいてゆく。
絶対これ気絶すんじゃん。
はぁ今日はよく気を失うな。

体の中から全てを解き放った喪失感に苛まれ、俺は抗えない視界のブラックアウトを受け入れる。

「ーーッーーッ」

近くでする誰かが騒ぐ音。
そちらに顔を向けてやりたいが動かない。

ダメだ。
もう意識を保てない。

めちゃめちゃだるい。

眠たい……。


あ、なんか柴犬みたいなのが見えるな。


そっか……俺……死ん……だ……か……。


シヴァ、今、そっちに、行くよ。


アーカム・アルドレアは最後に愛犬の姿を幻視……しながら意識を失った。

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